私には描けないけど、すごいと思う
絵が描ける人ってすごいなあ、と思います。
「なろう」で作品にイラストがついたり、「イラスト企画」のような、お題に対してめいめいがイラストを描く催しを見ていると、同じ言葉からこんなにも違うイメージが生まれるんだなと感心します。色使いや構図、キャラクターの表情一つとっても、作者の個性が表れていて楽しいです。
私は絵が描けません。少なくとも今は描けるとは思っていません。
思い返せば、子供の頃、小学校低学年くらいまでは色々と描いていました。ノートの隅などに自発的に描いていたのですね。子供向けの絵画教室へも行っていました。指導などはほとんどなく、絵の具で汚れてもよい広間で自由に描かせる、という感じでした。そこで描いた絵が何かに入選し、父に連れられ、展示されている自分の絵を見に行ったことがあります。応募すれば展示してくれるようなものだったのでしょうが、父がとても嬉しそうだったことを覚えています。父は若い頃、デザイナーとして絵を描く仕事をしていたので、感慨深いものがあったのでしょう。
私が絵を描かなくなったのは、小学校の3年か4年くらいからです。頭の中にある線と紙の上に描いた線が違うと、すぐ嫌になってしまうんです。図画工作の授業でも、絵の具を丁寧にはみ出さないように塗ることができませんでした。クラスメイトにできることが自分にはできないという苦手意識も生まれました。そんなこともあり、興味を持つこともなく、絵を描くことなく、大人になりました。
大人になってからもそれは変わらなかったのですが、仕事で機械の図面をCADで描いていた時期があります。おかげで、3次元の形状を頭の中でわりと回せるようになりました。そのせいか、イラストを見たときには、それが立体として見えるものと、見えないものが明確に分かれます。3次元のモノの一面を切り取るつもりで描いているのか、最初から2次元として描いているのか、という違いなのでしょうか。
専門的なことはわかりませんが、立体にすると矛盾するような形が魅力的に見えることも多いのは、そこに表現としての余地があるからなのでしょう。現実に存在するものを精緻に描けても、それだけでは写真をトレースするのと同じです。イラスト企画を見ていると、言葉から膨らませたイメージを形にする力、そこに自分なりの解釈や感情を乗せる能力が必要なんだなと感じます。小説と共通点が多いですね。
そう考えると、絵を「描く」ことはできない人にも、絵を「読む」ことはできるのかもしれません。イラストの中に込められた作者の思いを自分なりに解釈する面白さがあります。例えば、同じキャラクターでも、ある人が描くと優しさが強調されていて、別の人が描くと凛々しさが際立っていたり。色の使い方や線の強弱で、まったく違う印象になるのが面白いですね。これは小説を読むときと同じ感覚なのかなと思います。
もしかしたら、描けることそのものではなく、作者の思いや世界観を伝えられることが「すごい」と感じるのかもしれません。イラストは人の心を動かすのですね。
だからやっぱり、絵が描ける人ってすごいなあ、と思うのです!




