7 馬丁爵
学位年末試験も無事にクリア、進級が決まった3人は侯爵様達と一緒に領地へと向かった。
「マヤは本当に馬丁で良いのか? 貴族を目指すことも出来るぞ。」
馬車の中で侯爵様が声を掛けてくれた。
「馬丁が良いのです。その為に厩舎で使える魔法を学んだのですから。卒業したら父と一緒に侯爵様に喜んで貰えるような名馬を育てます。」
「そうか、それも良いな。」
「マヤは争うことが嫌いだから馬丁の道を究める方が良いと思います。後世に残る名馬丁となるに違いありません。」
アタゴ様も支援してくれた。
「名馬の生産地として我が領地の評価が上がりそうだな。」
「マヤなら絶対に出来ます。」
「うむ、父を超えられるよう頑張るが良い。」
「ありがとうございます。頑張ります。」
頑張れば将来の心配はなさそう。
俺の人生は順風満帆。
領地に戻ってからは只管馬の健康診断。
一見元気そうでも詳細探査で調べると、血流が滞っていたり、寄生虫がいたり、関節の変形があったりと思っていた以上に悪い所が見つかった。
魔糸を使って血栓を取り除いたり、虫下しを飲ませたり、変形を治したりとまるで獣医になったようだ。
今日は馬神様の日。
この日に合わせて神座の周囲は樹木を伐採し、草も刈られているから馬車からでも山頂がはっきりと見えている。
侯爵様と父が供え物を持って神殿に入ろうとした時、街の方から歓声が聞こえた。
振り返って見ると街の上を白馬が飛んでいる。
「「馬神様だ!」」
侯爵様と父が同時に叫んだ。
馬神様はゆっくりと街の上を回ると、こちらに向かって飛んで来る。
馬神様は神殿の上空で旋回すると、神座に降り立った。
侯爵様と父が神殿横の小道を駆け上がる。
護衛の騎士達と神官様が慌てて追いかける。
俺も追いかけて山道を駆け上がった。
ようやく山頂にたどり着くと、山頂の平らな岩に馬神様が立っていた。
侯爵様と父が馬神様の前に供え物を置き、跪いて祈っている。
俺も跪く。
馬神様が神座を降りて俺の方に歩いてきた。
「マヤであるか?」
ビックリした。
馬神様は念話では無く人語を話したのだ。
「は、はい。」
「この地の馬は我の血筋。そなたの働き嬉しく思うぞ。」
「あ、有難うございます。」
「これからも励め。」
馬神様は神座に戻った。
「供え物、大儀である。」
神座の前に置かれた台の上から供え物が消え、馬神様は空に舞い上がって行った。
皆が空を見上げたまま暫く呆然としていた。
やはり一番先に復活したのは侯爵様。
「供え物を受け取って頂けた。我が領地は益々栄えるであろう。」
「「「おおっ!」」」
騎士達が一斉に声を上げる。
「マヤ、馬神様のお言葉、決して忘れるで無いぞ。」
「はい!」
山道を降りて神殿に戻ると大騒ぎになっていた。
馬神様を見ようと群衆が神殿に押しかけていたのだ。
神殿の奥は立ち入り禁止なので神殿の庭に跪いて山頂を見上げ、飛び去る馬神様に祈り捧げていた。
飛び去る瞬間を目にしたものはその場で跪いたので街から神殿までの道に多くの人が跪いているらしい。
侯爵様が街の代表に山頂で起こった事を、説明する。
神話で語られるだけだった馬神様が煌々しいお姿を顕現させたこと。
神座を降り、自ら歩いてマヤに近づき、お言葉を掛けられたこと。
人間の言葉で話しかけられたこと。
領地の馬は馬神様の血筋であること。
供え物を受け取って頂けたこと。
侯爵から説明を聞いた代表たちは街や村に向かって脱兎のごとく走り出した。
俺達は例年同様に儀式の後片付けをして領都に戻っていく。
誰も彼もが喜びで顔を綻ばせていた。
領都の大門前には住民の代表達が待っていた。
お屋敷から運んできたらしいパレード用の馬車も華やかに飾り付けられて待機している。
天蓋の無いパレード用の馬車、前世の天皇即位か何かの映像で見た事がある馬車によく似ている。
侯爵様は毎年この馬車で領都をパレードする。
嫌な予感がした。
案の定、馬神様にお言葉を頂いたからと俺もパレード用の馬車に乗せられた。
・・・、恥ずかしい。
前世も含めてこんなに恥ずかしい思いをしたのは初めて。
「皆に手を振ってやれ。」
父さんに言われて小さく手を振る。
笑顔? 無茶を言うな。
祭りの最中なので、領都は人で溢れている。
大歓声の中、大門から街をぐるっと1周してお屋敷に戻った時にはもう夕刻だった。
疲れた。
どれ程無茶な仕事でも、これほど疲れたことは無い。
厩舎に戻ってゆっくり休みたかったが、お祝いのパーティーに出席させられた。
「マヤが馬神様からお言葉を賜った。領内の馬は馬神様のお血筋であり、お血筋の世話をしているマヤの働きを喜んで下さったのだ。厩舎長も馬房長も同席していたのにわざわざマヤの所に足を運んで下さった。神獣様の召喚にも驚かされたが、馬神様のお言葉でマヤがこの地を益々繫栄させてくれると確信した。本日をもってマヤを騎士爵に叙し、馬神様の神殿長を命じる。」
騎士爵は陛下が任ずる正式な貴族ではないが、上位貴族が功績などに応じて陛下から叙爵権を賜ったもので、陪臣では有るが王国の貴族として遇される。
侯爵様が祝いに駆け付けた大勢の客人の前で公言したことを断る事は出来ない。
「有り難き幸せで御座います。ですが、騎士爵は恐れ多き事、馬丁爵とお呼び下さい。」
「馬丁爵か、面白い。陛下に掛け合って正式な爵位にして頂こう。」
ちょっと待った。陛下に掛け合うの?
俺は領軍の騎士団長と同じ爵位が恐れ多かっただけなんだけど。
馬神様の神殿は年に一度、馬神様の日の前後に神殿と神座の整備をするだけ。
実質は近くの村人達がやってくれるので神殿長と言っても仕事は無い。
まあいいか。
夏休みが終わって王都に戻ると大騒ぎになっていた。
大陸には様々な神を祀る沢山の神殿がある。
だが実際に神が降臨し、言葉を掛けたというのは神話に書かれているだけ。
大勢の前で神が人間の言葉を発したという記述は無い。
今回は街の上空を優雅に飛ぶ馬神様の姿を大勢の住人が目撃している。
神が言葉を発したのも大勢の人間の前だ。
「神の声を聞いた。」
夢の中や頭の中で“神の声を聞いた”と称する神官や巫女は大勢いるが、本人の言葉以外でそれが証明されたことは無い。
神殿の中には唯一神と称して他の神殿を認めないものもある。
宗教界は蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。
「ん?」
“バリア”
“麻痺”
カン、カン。
バリアに毒矢が当たる。
ドサッ、ドサッ。
矢を放った者が2人木の上から落ちて来た。
警備兵がすぐに縛り上げてどこかに連行していった。
今月に入って4回目。
俺の事が気に入らない神殿派閥が次々と暗殺者を送り込んで来ているらしい。




