18 第2王子がやってきた
第2王子殿下が来た。
会うのは3年ぶり?
「何の用?」
王子殿下には良い思い出が無いので挨拶もそっけない。
「豪馬が欲しい。」
「嫌。」
「即答するな。」
「考えても答えは同じだ。」
「・・・・。」
豪馬は全て俺の管理下にある。
他国の密偵や商人が盗みだした事はあるが、全ての豪馬にマーキングしているからすぐに取り戻せたし、係わった者は全員街の広場で首を刎ねた。
まだ繁殖が始まったばかりで数も少ないし、馬丁達の経験値も少なすぎる。
馬以上に賢いので豪馬の信用を失えば今までの苦労が水泡に帰する。
「陛下に献上すれば領地の評判が上がるぞ。」
「領地の評判が悪いのか?」
「いや、そういうわけでは無い。」
「なら問題は無い。」
「いや、そうじゃなくて。・・・」
「俺は忙しい、厩舎にハグちゃんがいるからお茶を飲んだらすぐに帰れ。」
殿下の後ろで護衛の騎士達が固まっている。
一人の騎士が1歩前に出た。
「恐れながら、閣下の豪馬は王都でも評判となっております。1頭で大型馬車を牽けるのか、馬よりも早く走れるのか、魔獣を弾き飛ばすというのは本当かなど色々と言われております。王子殿下はその真偽を確かめるために参られました。」
「街から来たのなら重い木材を積んだ豪馬車を見た筈だ。通信係りを乗せて馬よりも早く走っている豪馬も見た筈だ。魔獣を弾き飛ばすかどうかは見せられないが、王子殿下を弾き飛ばすくらいなら見せられる。見るか?」
「俺を弾き飛ばすな。俺より頑丈なのは見ただけで判る。」
「だったら問題は解決した。茶を飲んで帰れ。」
「・・・とりあえずハグに挨拶してくる。」
殿下達が厩舎に向かった。
1時間ほどして殿下達が戻って来た、ハグちゃんも一緒だ。
「マヤ様、殿下と護衛の騎士を豪馬に乗せてあげて下さい。」
「うん。」
馬場に顔を向ける。
「4頭!」
大声を出しながら念話で4頭の豪馬を呼んだ。
殿下達が驚いている。
「数が判るのか?」
「俺が言えばね。歩け、走れ、早く、遅く、止まれ、右、左は教えてある。声に出せばそのように動くから試してみればいい。」
見習い馬丁達に鞍を着けさせて調教用の馬場に行った。
「ここなら思い切り走らせてもいいぞ。」
「手綱はないのか?」
「豪馬が嫌がる。落ちるのが嫌なら鞍に付いているベルトを巻いておけ。」
馬より一回り大きいので乗るのが難しいが殿下も騎士達も軽々と跨った。
4人に悪意を感じなかったので乗る許可を与えたが、豪馬達も嫌がらずに乗せてくれた。
まだ詳しくは判っていないが、豪馬は人間の悪意に敏感で、悪意を持つ人間は乗せない。
一部の人間には知られているようで、以前盗まれた時は睡眠魔法で眠らされていた。
「歩け。」
「走れ。」
それぞれが命令を口にすると豪馬がその通りに動く。
あっという間に遥か彼方まで走って行った。
「ごめんなさいね。」
「ハグちゃんなら何でも許す。」
「まあ、嬉しい。」
馬場の柵に持たれながらハグちゃんの腰に手を回して豪馬たちを眺める。
うん、幸せだ。
ハグちゃんのお腹には二人目の子供が宿っている。
この子の為にも頑張らなくっちゃ。
もう一度気合を入れ直す俺の前を豪馬が走り抜ける。
殿下が鞍にしがみ付きながら「早く、早く」と叫んでいる。
冷えるといけないのでハグちゃんは厩舎に返した。
1時間もしないうちに殿下達が戻って来た。
無茶な動きをしていたので息が上がっている、殿下達の。
豪馬は何もなかったように平然としている。
「お疲れ。」
声を掛けて豪馬達をねぎらってやる。
殿下達? どうでもいい。
馬丁見習いが鞍を外し、桶に入ったリンゴを与えると喜んでいた。
殿下が近寄って来る。
「凄いな。」
「凄いだろ。」
「王国騎士団に欲しい。」
「俺の騎士団が先だ。」
「騎士団を作るのか?」
「俺の領地は3か国に接している。準備を怠る事は出来ん。」
「確かにそうだな。神獣様が居られるから防備の事を忘れていた。」
「俺の領地を抜かれたら王都までほぼ無抵抗で行軍出来る。」
「・・・、その通りだ。」
「俺は15人の騎士と200人の兵で7つの街と広い領地を護っている。レキュン公爵は120騎の騎士団と領軍1万に国軍1個師団の2万だった。俺が新年の儀でさえ日帰りで行かざるを得ないことが判っているか? 俺が10日いなければ領地は敵の手に落ちる。後はここで軍を整えて王都に向かえば良いだけだ。騎士殿はどう思う?」
「・・・、閣下のおっしゃる通りです。」
「王都でのうのうと遊んでいる奴らが、俺が命がけで育てている兵力を只で奪い取ろうとやって来た。歓迎されるとでも思っていたのか? この3年間、王国の予算は随分節約できた筈だ。レキュウ公爵領には1万の兵を王国の予算で駐屯させていたのに俺の領地には一人として兵を送っていないからな。その代わりにレキュウ公爵からは一切取らなかった税を俺は毎年納めさせられている。キリシが減免の申請をしても全く認めて貰えないそうだ。浮いた予算と俺の税は誰がどのように使っている?」
「申し訳ない。さっそく調査させる。」
「だったらとっとと帰れ。」
「失礼する。」
殿下達が帰って行った。
ハグちゃんが来た。
王子殿下達から見えない所で聞いていてくれたのは知っている。
「上手に出来ましたね。」
ハグちゃんがよしよししてくれる。
「上手く言えたかな。」
「はい、とっても上手でした。」
ハグちゃんの笑顔で安心した。
「ハグちゃんが直してくれたお陰だよ。」
「マヤさんが頑張って練習してくれたからですわ。」
キリシから王子殿下が来ると連絡を受けてキリシの書いた台本を3日も練習したのだ。
ハグちゃんに褒められて素直に嬉しかった。
うん、良かった。
暫くしてキリシから税の免除と一時金の支給、財務大臣と軍務長官の首が物理的に飛んだという連絡が来た。
レキュウ王国が潰れた。
王と重臣が金と宝石を持って国外逃亡を図ったが兵達に発見されて惨殺された。
国土は殆どが荒野と化しているので周辺国が占拠する恐れは無く良い緩衝地帯になった。
国境を面する国が2か国に減ったが、安心できる状況ではないと王宮に伝えた。
と、キリシから連絡が来た。
まあ攻めてきたら敵の王都を潰すだけ。
俺は豪馬を護る。
新年の儀が終わって帰ろうとしたらお義父上から声を掛けられた。
お義父上に連れられて控室に行くと陛下と王太子がいた。
「無用。」
跪いて挨拶しようとしたが止められた。
「苦労を掛けた。第2王子から話を聞いて初めて知ったが、すべては余の責任、許せ。」
「私も王子殿下から聞いて驚いた。財務大臣と軍務長官から十分な兵と資金を送っていると報告を受けておったが、調査してみると数人の貴族で全て着服していた。娘からの嘆願は財務大臣が握り潰していた。宰相として謝る、すまなかった。」
お義父上にも謝られた。
「いえ、もう済んだ事ですので。」
俺はキリシの台本通りにしただけで、領地の財政や軍事の事は嫁達に丸投げで全く判らない。
謝られても困るだけ。
「豪馬と言うのは凄いそうだな。」
「いずれは陛下に献上しようと思っていますが、まだまだ判らない事ばかり。飼育や繁殖についてはいまだに暗中模索です。」
「大陸1の馬丁であるその方が苦労しておるのであるから難しいのであろう。豪馬を見るのを楽しみに待つとしよう。励めよ。」
「有り難きお言葉、感謝いたします。」
陛下が退出した。
「婿殿、本当に済まなかった。娘はあの通り堅いのでわしに直接願い出るのは公私混同と控えておったそうだ。宰相たるものがどこを見ていたのだと叱られたわい。」
「キリシは怒ると怖いですからね。でもいつもは凄く優しくて思いやりがある大陸1の嫁です。育てて頂いたお義父様、お義母様にはいつも感謝しています。」
「そう言って貰えると有り難い。何か困ったことがあればいつでも相談に乗る。キリシを頼むぞ。」
「はい。」
王宮から馬丁が5人、騎士が4人来た。
キリシから1年間の研修で成果を認められれば豪馬2頭を王家に献上するよう連絡があった。
豪馬の世話は馬以上に手間が掛かる。
ナーバスだし人間の言葉がある程度理解出来るので悪口は厳禁、きちんと働いた時は豪馬の納得する褒美がいる。
鞭や拍車は厳禁、心を通わせて指示を出せば言う事を聞くが、上から目線の命令には反発する。
かといって甘やかせばつけあがる。
今は領地の馬丁や馬好きを100人以上雇っているが、これまでに200人以上を首にした。
まあそこそこ出来るというのが3年経っても僅か40人程しかいない。
さてどこまで出来るかと不安に思っていたが、5人とも王都の厩舎で俺と一緒に働いた優秀な馬丁だった。
騎士の2人は知らない顔だが、年齢や風格からかなりの偉いさん。
残りの2人は殿下の護衛に来ていた騎士だが、こちらもかなりの偉いさん。
偉いさんの相手をするのは嫌い。
弟子の馬丁に任せた。
1年後、騎乗試験の結果、騎士の3人は合格、一人には豪馬への騎乗を禁止した。
上から目線で豪馬に指示を出すので豪馬に嫌われたのだ。
俺が直接教えていた5人の馬丁は全員合格。
9人は豪馬が牽く大型馬車2台で王都に帰って行った。
王都に着くと大門横の厩舎で埃を落とし、派手な飾りを付けて貰った豪馬は威風堂々と王都の通りを歩いたそうだ。
豪馬は派手好きだから嬉しかったのだろう。
初めて見る6本脚の巨大な豪馬、王都の住民は驚きと歓声で迎えた。
と、キリシから聞いた。
ちなみに、合格したのは第2騎士団長と第3、第4騎士団の副団長。
不合格になったのは第1騎士団長だったとキリシが笑っていた。
第1騎士団長が1年間も王都を留守にして良かったの?




