11 逃走です
学年末試験を乗り切って卒業が決まった。
卒業式が終わるや否や俺は脱走した。
後のことはルタカに頼んでおいたから安心。
まだ長距離の転移魔法は使えないので屋敷で飼っていた馬を学園の外に用意して制服のまま王都を脱出。馬を飛ばせば翌日には着けるが、のんびり乗馬を楽しんで三日後に侯爵領に入った。
厩舎で父に卒業の報告をするとすぐに放牧場に向かう。
馬房掃除の時間なので殆どの馬が放牧場でのんびりしている筈。
・・・なんでこうなった。
放牧場では神龍様が昼寝、馬場ではキンちゃんが馬神様に乗って走っている。
「・・・・。」
混乱して思考が付いてこない。
「遅かったね。」
お前らが速すぎだろ。
って、何で馬神様までいるんだ?
「天馬は暇そうだったから呼んであげた。」
「・・・・。」
「馬神様の日はまだまだだから一緒に遊ぼうって誘った。」
周りを見ると馬丁達が跪いて祈っている。
「皆の者、仕事に戻るが良い。」
馬神様の一言で皆は仕事に戻った、ちらちらと神獣様達を見ながらだが。
「はぁ。」
さてどうしよう、考える間もなく屋敷の方が騒がしくなった。
「いたぞ!」
「やはりここだったな。」
大勢が騒ぎながら走って来る。
「アキ様、お出かけの時は行き先をお伝え下さい。」
護衛隊長に怒られた。
あんたに伝えたら脱出不可能になるのは確定でしょうが。
護衛部隊の後ろから第2王子殿下を先頭にドレス姿のお嬢様方が歩いて来る。
「???」
従者や侍女たちが大きな荷物を運んでいる。
ボ~ッと見ていたら、放牧場の柵の前に丸いテーブルが2つ並べられた。
そのうちの一つに俺は座らされている。
目の前には3人のお嬢様。
なんなのこれ?
何かの罰ゲーム?
みんな綺麗なドレスを着ているけど、俺は馬丁のツナギだよ。
「先日はお礼も申し上げず、失礼致しました。コンゴ公爵家の二女、キリシで御座います。」
正面のお嬢様が声を掛けて来た。
結石のお嬢様だ。
指先に触れた柔らかな毛の感覚を思い出して顔が熱くなる。
「お、お加減は・・い、いかがかや?」
自分でも何を言っているのか判らない。
「お陰様ですっかり元気になりました。」
「私は△×伯爵の3女×××で御座います。お茶会でご一緒させて頂きました。」
そう言えば見た事があるような無いような。
「ど、どうもその節は・・。」
「私は×〇侯爵の長女、△△△で御座います。叙爵パーティーでダンスのお相手をさせて頂きました。」
「ど、どうも・・。」
知らないよ。ステップだけで一杯一杯だったんだから。
で、何の用なんだ?
「卒業パーティーにエスコートして頂こうとお待ちしておりましたのに、急なご用事でこちらに帰られたと聞いてがっかりしておりましたのよ。」
「王子殿下が侯爵領にいらっしゃると言う事でご一緒させて頂きました。」
「今夜のパーティーでは是非ダンスをご一緒させて下さいね。」
3人でリレー説明? なんのゲームだ?
今夜のパーティー? 聞いてねえよ。
隣のテーブルを睨みつけた。
王子殿下とアタゴ様がシンちゃん、キンちゃん、馬神様とお菓子を摘まみながら盛り上がってている?
神獣様達はお菓子に集中していて殿下とアタゴ様の話なんて聞いてないぞ。
「神獣様がお3方、さすがはマヤ様ですわ。」
「馬神様には初めてお目に掛れました。真っ白で気品のある方ですね。」
お菓子の入った桶に顔を突っ込んでムシャムシャ食ってる姿のどこに気品が?
「神龍様はさすがに威厳がありますわね。」
両手でお菓子を大量に掴んで大きな口に放り込むのが威厳か?
従者たちがお菓子の補充で忙しそうにしているぞ。
もっと味わって食え。
「お狐様は本当にかわいらしいですね。」
性格は1番悪いぞ。
何度も騙された俺が言うんだから間違いない。
そんなことを思っていたら、柵の所に馬が近づいて来た。
しきりに首を振っている。
「ちょっとごめんね。」
精密探査を掛けてみると耳の中に虫が入り込んでいる。
「よしよし、すぐに取ってあげるからおとなしくするんだよ。」
ウェストポーチから竹で作ったピンセットを出して、馬の頭を下げさせる。
虫の位置を探査してピンセットで掴んだ。
「ほらもう終わった。良く我慢したね、偉い偉い。」
馬の頭を撫ぜていると次の馬がやって来る。
「どうしたの?」
“鞍ずれが出来た”
腹を覗き込んでみると皮が破れてうっすらと血が滲んでいる。
鞍がずれた儘調教したのだろう。
「ヒール。」
治癒魔法を掛けて再度確認する。
「大丈夫。綺麗に治ったよ。迷惑かけてごめんね。」
馬を撫ぜてやる。
「この馬の担当は誰?」
俺の診察が始まると、手の空いている馬丁は近くで観察するようになった。
声を掛けたらすぐに近づいて来た。
「私です。」
「鞍が緩んで鞍ずれを起こしたんだと思う。鞍を付ける時に注意してあげてね。」
「はい。ありがとうございます。」
もう次の馬が来ている。
“体に力が入らない”
首筋に手を当ててみると熱がある。
精密探査してみるが特に問題は無い。
「誰の担当?」
馬丁が手を上げて近づいて来た。
「特に異常は無いけど熱がある。多分普通の風邪だと思うけど、念の為に隔離して様子を見てね。食欲が落ちると思うから出来るだけ好物を上げて。」
「はい。ありがとうございます。」
久しぶりの診察だったので結構忙しかった。
1段落した頃には殿下もお嬢様達もいなかった。
パーティーがあると聞いていたので逃走しようとしたら警護隊長に捕まった。
3神獣様は脱出に成功したらしい。
侯爵屋敷に連行されると侍女のハグちゃんが待っていた。
「ハグちゃんも来たんだ。」
「マヤを素敵な貴族様にしなくちゃいけないからね。」
ハグちゃんの顔を見て少し気が楽になった。
大勢のメイド達に囲まれて着替えをするのは緊張してしまう。
ハグちゃんなら着替えや髪のセットも全部やってくれるから肩が凝らない。
風呂に入り、ハグちゃんに衣装を整えて貰った。
控室に入ると結石のお嬢様がいた。
ちらっとハグちゃんに目配せしたのは気のせい?
「本日のエスコートをお願いします。」
お嬢様が顔を赤くして挨拶をする。
「え、エスコートですか?」
「私ではいけませんでしょうか。」
「とんでもないです。ただ女性をエスコートした経験が無いし、内輪の夜会は初めてで段取りも何もまるで判らないのです。」
正直に言った。
お嬢様が驚いている。
「アタゴ様と夜会に参加されていたと伺いましたが。」
「護衛の仕事で行っただけで、ずっと護衛の控室にいました。」
「叙爵後はどうなさっていたのですか?」
「お茶会には参加しましたが、ダンスがダメなので夜会には行ったことがありません。」
「まあ。ではエスコートは初めてですか?」
「はい。」
「・・・・、マヤ様の初めて・・・。私がお相手させて頂いても宜しいですか。」
上目遣いで股間に響くような事を言わないで。
「よ、よろしくお願いします。」
内輪の夜会と言う事で主催は侯爵様ではなくアタゴ様、主賓は第2王子殿下。
殿下のご学友であるアタゴ様が殿下を接待する形式らしい。
招待者の殆どが地元の有力者とその家族。
アタゴ様が入場したらしい声がした。
「入場は格式順じゃないの?」
「はい。侯爵家子息は伯爵格ですが、馬丁爵様も伯爵格。同じ伯爵格なので当主であるマヤ様が格上なので後のご入場となります。」
オケケ・・違った、結石令嬢は貴族の作法に詳しいようだ。
今日は結石令嬢に任せよう。
「マヤ馬丁爵殿、コンゴ公爵令嬢キリシ様のご到着。」
執事っぽいおっさんが入り口で声を張り上げる。
キリシ嬢に腕を掴まれたまま大広間に入った。
奥まで進み、アタゴ様にご挨拶。
「お招きに預かり光栄です。」
立ったまま軽く頷く。
「お目に掛れて嬉しく思います。」
アタゴ様は右手の拳を胸に当てる。
どちらが上位者であるかを示す貴族同士の挨拶だ。
言葉も礼もさっきキリシ嬢に教えて貰ったばかりだけど。
王子殿下が入場した。
王族相手でも私的な夜会なので跪く礼はしない。
殿下は先程の俺と同じ挨拶をした。
アタゴも俺に対した時と同じ。
うん、キリシ嬢の言う通りだ。
歓談時間もキリシ嬢に助けられながら何とか乗り切った。
楽団がダンスの音楽を奏で始める。
俺はキリシ嬢の前に跪く。
「お相手をお願い出来ますでしょうか。」
キリシ嬢を見上げて右手を差し出す。
「はい、喜んで。」
キリシ嬢が俺の手に左手を重ねてくれた。
これもさっきキリシ嬢に教えて貰った。
俺は立ち上がり、広間の中央にキリシ嬢をエスコートした。
うん、教えて貰った通りに出来た。
やった~、一度も足を踏まずにダンスを終えた。
キリシ嬢が上手く避けてくれたからだけど。
キリシ嬢に感謝。
その後昼間のご令嬢達とダンスをしたが、うん、やっぱり足を踏んだ。
控室に戻るとハグちゃんがお茶を入れてくれた。
ホッとした。
「本日はありがとうございました。」
「とんでもない、私こそキリシ様のお陰で助かりました。本当にお世話になりました。」
「これからもパーティーに出席されるときはキリシ様にお願いしてはいかがですか?」
ハグちゃんに助言された。
「もしも断れないパーティーの時はお願いしてもよろしいですか?」
「喜んでご一緒させて頂きますわ。」
よかった。
まあ出来るだけ断るけど、王子殿下は悪だから万が一もある。




