アリとキリギリス ーディレクターズカット版ー
1、夏
暑い日差しが地面をじりじりと照りつけます。
初夏の日差しはこたえるものですが、働き者の働きアリは、今日も真面目に働いておりました。
「おーいっ! こっちに、いちごのショートケーキが落っこちてるぞーっ!」
中年の働きアリが食料を発見するやいなや、早速、仲間に呼びかけました。
「分かったっ! 援助を呼んでこようっ!」
近くにいた六匹が叫ぶなり、五匹が中年アリの所へ助けにいき、残る一匹は援助を頼みに走っていきました。
その機敏な行動たるや、強豪校の運動部も顔負けの見事なチームワークです。
程なく、数匹の援助隊がわらわらと集まってきました。
「よーしっ! みんなで力を合わせて巣へ運ぼうーっ!」
「お━━━っ!!」
元気いっぱいに合唱した、その時です。
「君たちは本当におバカさんだな」
一匹のキリギリスが言いました。
アリたちがそちらを向くと、そこには涼しい木陰で、優雅にバイオリンを奏でるキリギリスがいました。
「こんな暑い中、だらだら汗を流して働くなんてバカバカしい。食べ物はたくさんあるんだし、涼んで夏をエンジョイしようじゃないか」
バイオリンの手を休めてアドバイスしてきたキリギリスに、アリたちは揃って溜め息を漏らしました。
「キリギリスくん、そうは言っても、我々は厳しい冬を越せるか心配なんだ。冬は食料がなくなる。今のうちにコツコツと貯めておきたいんだ」
代表で答えた中年アリに、キリギリスは、フフッと鼻で嗤いました。
「今は夏なんだぞ? 冬なんてまだまだ先の話じゃないか」
子供アリが、キリギリスに反論しました。
「そんなことを言っていたら、きっと、あっという間に冬がやってきてしまうよ」
しかし、キリギリスは嗤うだけです。
「今が楽しけりゃいいじゃないか」
そう言って、またもやバイオリンを奏でるキリギリスに、ぼそぼそアリたちは呟きました。
「後で困っても助けてやらないぞ」
「バカなのは自分の方じゃないか」
「先にやっておいて何が悪い」
「後でゆっくり楽しむ方が、よっぽど利口なやり方だ」
「あいつが困っていても無視してやろう」
「そうだそうだ。あんな奴は助けない方が世の中のためさ」
アリたちは汗だくになりながら、ショートケーキを巣へと運びました。
暑い夏の日のことでした。
2、冬
十二月になりました。
冬がとうとうやってきてしまったのです。
外は吹雪で風はうなり、真っ白い雪が、冷たく地上を覆っていました。
アリたちは巣に入り込み、各々、暖かい部屋を確保しながら、ぬくぬくとした生活を送ろうとしていました。
ところが――
「痛い、痛い! お腹が痛いよー!」
突然、子供アリが苦悶の表情を覗かせました。
母親アリは半泣きで、長老アリの所へ子供アリを連れていきました。
「う~む……」
長老アリは低い声を出しながら腕を組みました。
なんだか難しそうな表情です。
心配になって集まってきたアリたちは、揃って長老アリに尋ねました。
「なにがあったんですか!?」
すると、長老アリは、
「……腐ったものを食べさせたじゃろ」
と、困った表情で、ふー……と深い溜め息をつきました。
母親アリは、
「分かりませんっ。でも、さっき食べていたのは、確か、夏の時期に運んだ、いちごのショートケーキだったと思いますっ」
涙声で説明したところ、
「……そうか。そりゃあ、腐っていたわなー」
と答え、弱った弱った……などと嘆いています。
そして、
「となると、夏の時期に貯めた食料はすべて食ってはならん! 腐っている可能性が大じゃ! 誰も食ってはならんぞ!
……それと、困ったことに外は吹雪じゃ。我々では、この吹雪の中をこの子をおぶって病院まで運ぶことは到底できん」
一体どうしたものか……と、アリたち一同が頭を抱えていたところ――
「こんちゃーっ! 元気でやってるかーいっ!?」
お調子者の声が巣内に響き渡りました。
いつか聞いた、あのキリギリスの声です。
「あ、キリギリスくん、元気そうだね。夏に食料を貯めていなかったのに無事だったのかい?」
青年アリが訊ねると、キリギリスは、ふふっ……と余裕の笑みをこぼしました。
「僕が夏の間、無駄にバイオリンを弾いていたとでも思っているのかい?」
キリギリスはおもむろにバイオリンを手に取ると、一気に奏で始めました。
巣内に、素晴らしい音色が響き渡ります。
たった二分間を肩慣らしで弾いたキリギリスでしたが、数匹のアリたちは、
「素晴らしいっ!」
と叫ぶや、
「これ、どんぐりだけど、俺の気持ちだ。受け取ってくれ」
「素晴らしい演奏だわっ。大したキノコじゃないけど、よかったら食べてちょうだいっ」
アリたちはファンになったのか、握手をしてもらったり、サインをもらっている者もいる始末です。
「そんなことをやっている場合ではないのじゃぞっ!」
長老アリがピシャリと言い放つと、アリたちも事の深刻さを思い出したのか、慌ててハイからローへと切り替えたのでした。
異様な事態に気付いたのか、キリギリスが長老アリに尋ねます。
「どうしたのさ?」
「それが、かくかくしかじかで困っとるのじゃ。助けてくれんかの」
長老アリの申し手に、キリギリスは、なるほどと頷きました。
「分かりました。大きなガタイでジャンプ力もあり、スピードもあります。僕が病院へ運びましょう。しかし、一つだけ条件があります」
キリギリスの言葉に、アリたち一同が「え?」という表情をすると、キリギリスは優しい口調で言いました。
「心配しないでください。別に大したことではありません。ただ……」
一拍置いた後、
「バイオリンを弾いていた僕をバカにしたことを、反省してください」
キリギリスの言葉に、アリたち一同は、しーん……と静まり返りました。
その後、アリたちは悔しいながらも謝り、キリギリスに腐っていた食料分を恵んでもらいました。
読んで下さって、ありがとうございました。
評価ポイントくださった方、本当にありがとうございます。
ブックマークしてくださった方、本当にありがとうございます。
いいねをしてくださった方、本当にありがとうございます。