乙女ゲームの転生ヒロインはヒーロー攻略よりもラスボス攻略に夢中
今世はちゃんとしよう。それが生まれ変わった事に気付いた時に私が思った事だった。
まずはエナドリを減らして、十二時までに寝よう。後は親孝行。
そう決めてたけど、一歳くらいに風向きが変わった。両親にヤバい死亡フラグがたっていた事に気付いたからだ。しかも普通なら回避不可のやつ。死亡フラグと言うよりも死神だ。
死神の名前は闇竜ドレイク。『聖女と破滅の竜』と呼ばれる乙女ゲームのラスボスだ。
強くしすぎた結果、ゲーマーに目をつけられフルボッコにされていたかわいそうな竜だ。
まだ調べ切れていないのではっきりとは言い切れないが、私はそのゲームの世界でヒロインのエレイン・ラックに転生したようだった。
庶民の生まれだが、光の魔法に目覚めイケメンと一緒にドレイクを倒す聖女様。
王道っちゃ、王道な人生。開幕三十秒で両親が死亡するのを除けば。
……そう。私が親孝行をするにはプロローグでドレイクを倒さないといけない。
普通なら躊躇してしまうが、私もドレイクで遊んでいたゲーマーの一人なので、もちろんヒロイン単騎クリアは経験済み。経験値テーブル、使用アイテム、取得技に攻略キャラのスタータスと選択肢の記憶はバッチリ残っている。ならやるしかない。
そう決めてからはあっという間だった。
光の魔法はその辺のレベルアップアイテムを拾い食いしたら使えるようになったし、それからは家の近くのチュートリアルダンジョンでレベル上げが出来るようになった。
なので今のレベルは多分三十八くらい。
だいたいなのはゲームとは違いステータスなんて便利なものが見られないからだ。
現在の討伐数(スライム八百十三体、ゴブリン二百二十九体、オーク五体)を経験値テーブルから算出した。
レベルと言う概念があるかわからないが、最初の頃に比べて効率良く魔物を倒せるようになったので多分ある。なら一年後の十六才の誕生日までにはレベル七十まであげる。こっちは問題なし。
問題があったのは協力者だ。問題がありすぎて昨日諦めた。
私は昨日まで魔法防衛団長の息子メルリン・アンブロシスを狙っていた。もちろん性能一位のぶっこわれキャラだ。
普通はゲームが始まる前に攻略は無理だが、それでもいけそうな理由があった。
メルリンの弟リアヌスもプロローグでドレイクに殺されるからだ。光属性の魔法使いだからだと何かで聞いたことがある。
なので家族に死亡フラグが立っている者同士共闘をすれば良い。と最初は簡単に思っていたが、一般庶民と魔衛団。やっぱり接点なんてなくて、出会いすらない。ヒロイン補正で都合良くとかもなかった。
ゲームでの出会いも両親が死んで、魔衛団に引き取られてだったからな。これ以上足掻くよりも一匹でも多くスライムを倒す方が確実。やはり信じられるのはおのれの筋肉。
そう切り替えられたから、今日はとても晴れやかな気分だ。
心なしか体も軽い。だからかいつもよりも早く動ける。そのままのテンションでダンジョンに入ると、駆け足で魔物を倒していく。あっ。あの岩の陰にスライムが隠れている。
僅かに見えるスライムへ光の矢を放つ。スライムは小さな爆発音と共に消えた。
「よしっ」
「ないす。相変わらずのエイム力だよね」
「ありがとう」
スライムを倒すと後ろから少し低い男の人の声が聞こえた。振り向き声の主へ視線を送るとふわふわと笑う黒髪の青年が視界に入る。
黒目に黒眼鏡。身長は私よりも高い。顔立ちは整っていて綺麗だが、多分モブ。彼のロシュと言う名前も記憶にはないので、フラグには関わっていないと思う。ただの大事な友達だ。
駆け出し魔法使いらしく、二年くらい前にこのダンジョンに出会った。それから一緒にレベル上げをしている。
この世界の事はロシュの口車に乗せられて洗いざらい吐かされてしまったので、ロシュも知っている。
良くいえば隠し事もしなくて良い気楽な関係だ。最近は開き直ってメルリンの愚痴を聞いて貰っている。
「エレイン。今日はいつもより早いね。メルリンを探しに行かなかったの?」
そして観察眼が鋭い。メルリンを探さずにダンジョンに来たのはロシュにはお見通しのようだ。
「もう諦めました。やっぱり庶民が魔法防衛団長の息子さんに会うのは思い上がり過ぎていたんです」
「へぇー。いつもの君の言動のせいか、嫌みにしか聞こえないよ。で、メルリンを諦めたなら、これからどうするの」
「ヒロイン単騎ですよ。耐久プレイでしたことがあるので、フローは頭に入っています。運ゲー部分もありますが、一番楽です」
「ふーん。ってことは他の誰も落とさないの?」
相変わらずロシュの言い方は厳しいな。落とさないってずっと言っているのに。
「元々誰も落とさないですよ。協力を仰ぐんです」
「心を操る記憶を持っているんでしょ。簡単じゃない?」
だからだ。自分に知識があるから、正直攻略キャラと恋愛はあまりしたくない。
キャラの性格云々ではなく、なんか自分がずるをしているような気分になるから。
多分私が攻略対象達が喜んでくれる行動をして、良い台詞を選べば彼らは落ちてくれる。
だけどこの世界では私と同じ心を持った人間。落とすとかそんな風に考えるのは悪いことをしているように感じる。
「簡単じゃないですよ。落とすとか落とさないとか嫌ですよ」
「メルリンは良いのかい?」
「リアヌスを助けます。それで手打ちにして貰います」
「メルリンが大事な弟を助けてくれた恩人に惚れるとは」
「思わないですよ。メルリンは自分に利のないことしか、しない人らしいので。それに最悪選択肢を逆に選べば冷めてくれます」
恋などしないリアリスト。メルリンはそんなキャッチコピーだった気がする。甘い選択肢が出てきたのも二十個目で他キャラに比べて遅い。
なら他のキャラに比べて恋愛に発展しない可能性もある。……メルリンを逃がしたのは大きかったな。ってだめだ。忘れよう。
「なら、メルリンが聖女が欲しいって言ったらどうするの? 君の話を聞いている限り、メルリンは聖女を欲しがりそうな気がするよ。ドレイクを倒した聖女様。これ以上良い伴侶はいないでしょ」
「それくらいでしたら問題ないですよ」
聖女何て格好良い呼び方だが、ようは強い光属性の魔法使いの事だ。
強い聖女と言われてもよくわからないけど、カンストすればきっとメルリンのアクセサリーにはなれるだろう。
「落とすのはダメでも、愛のない結婚なら良いんだ? それで君は幸せになれるの?」
愛のない結婚。メルリンと結婚は引け目を感じるが、そっちのが気が楽かもしれない。私は誰の心も操らなかった。うん、そう考えると良いな。
「良いですね。ドレイクがいなくて、私は親孝行が出来る。攻略キャラは私に落とされない。理想ですよ」
「君って人の事を駒のように考えている割にちゃんと人の事を考えているんだね」
「ん? ドレイクを倒すって意味なら私も駒ですよ」
「君もなのかい?」
「はい。一番優秀な駒ですよ。我慢すればなんだって出来ますからね」
ヒロイン単騎を考えている時点で私も私の大事な駒なのは間違いない。
自分の思った通りに動いてくれるし、レベルが足りないなら上げれば良い。一番便利な駒だ。
「君は簡単にキングを出しすぎだよ。他の駒を作るべきだよ」
「嫌ですよ。弱みにつけ込んで手に入れる駒なんて」
「そうしたら僕が駒になってあげる」
ロシュが? どうやって? ぼんやりとロシュを見ているとロシュの黒い髪が輝く。そして髪も少し伸びてきた。
魔法少女の変身シーンみたいだ。少女……悪役令嬢様なわけないか。
「この駒はどうだい?」
私の視界からロシュが消え、代わりに別の男の人が現れた。
金髪と銀髪の中間のようなふわふわの髪は邪魔にならないように軽く結われている。キラキラとした灰色の瞳。チャームポイントの目元の黒子がなんともいえない色気を醸し出していた。
この綺麗な顔立ちは覚えている。メルリン・アンブロシス。私が探していた協力者だ。
「メ、メメ、メルリン!?」
「うん。メルリン・アンブロシスだよ。よろしくね。僕の聖女様」
「僕の聖女?」
「君の事だよ。僕も聖女を味方にしたいけど、心の隙間につけこんで来るような子は困るからね。その点利害一致で動く君はわかりやすい」
やっぱり恋などしないリアリストだ。これくらいはっきりと言ってくれる方が安心する。ロシュがメルリンだったのか。びっくりしたけど、ロシュならあり得るかもしれない。そんな図太さを持っていたからな。
「そうですよね。やっぱりロシュはわかってる」
思わずいつもよりも大きな声が出てしまった。誤魔化すように笑うと、メルリンも私に続いて笑う。そこもロシュと被って、なんとなく安心した。
「そこは普通同意する所じゃないでしょ。まっ、君らしいってことにしておくよ。自己紹介は……と言っても、ある程度は解説で知っていそうだし、君の聞きたいコトを答えようか」
意地悪そうな笑みだった。何か考えていそうだな。
「聞きたい事?」
「気になっている事全部聞いて良いよ。何で隠していたの~とか、何でこのダンジョンに来ていたの? とかさ」
そう言えば、メルリンは知っていてロシュとして私の所に来た。良く考えればおかしい。
「もしかして最初から私の事を知っていたんですか?」
「そうだよ。ギネヴィアの独り言を盗み聞いて知ったんだ。リアヌスがドレイクに殺害される事と君が稀代の聖女になる事をね。で、君の言っていた選択肢? だっけ。そんなので心を盗まれたら嫌でしょ。けれどアンブロシス家としては次代当主を失うのは痛い。だから君をどうにか出来ないか見ていたの。まさかダンジョンでスライムを殲滅している聖女とは思わなかったけどね」
ギネヴィアから聞いた。聞いた? ギネヴィアから? もしかしてギネヴィアも転生者?
それは面倒な事になりそうだ。
ギネヴィア・メリアード。彼女は所謂悪役令嬢だ。転生悪役令嬢と言えば、ヒロインにざまぁをするのが定番だ。誰ともエンディングを迎える予定はないが、私の敵が増えたかもしれないな。これは厄介だな。
「どうしたの?」
「ギネヴィアに記憶があると言う事は適当な理由をつけて私を島流しに」
「しないでしょ。ギネヴィアの方が君に対しておびえていたよ。あの子。君に関わると碌な目に遭わないみたいだからね」
ギネヴィアもストーリー通りに進めば私に婚約者候補を奪われたり、ドレイクに殺されたりしていたな。
メルリンルートの時は……空気だったな。ならこれ以上何もおこさず、ギネヴィアと関わらないのがお互いのためになるのかもしれない。
私は恋愛ゲームをする予定はないし、ドレイクを倒したら、親子三人慎ましく暮らす予定だし、大丈夫だろう。
それにしてもメルリンは私よりも詳しくはないか? 実はメルリンも転生者だったりするのだろうか。
「そう、ですね。ドレイク討伐くらいなら見逃してくれそうですね。それにしても詳しいですね。メルリンも転生したんですか?」
「していないよ。前世の記憶だなんて羨ましいばかりさ。僕はギネヴィアの行動を見て、君から聞いた情報から導き出しただけ」
情報だけでここまでたどり着いた。ロシュと話していたときも感じていたが、やっぱりかなり頭が良い。
性能しか見ていなかったが、凄い味方を手に入れてしまったな。なんか今更ながらタダ働きして貰うの悪いな。
「どうしたの?」
「報酬は必ず用意します」
「ん? 報酬をくれるの?」
メルリンが私をじっとみた。結構な金額が欲しいのかな。金策もあるし、頑張ればいけるか。
「はい。持ち合わせがないので、金策をしてからで」
「お金? それは受け取れないよ。ドレイクを倒すのは元々魔衛団の仕事だし、うちの次代当主も助かる。普通は僕が君に報酬を渡す方だからね」
「そっか」
確かに共闘だしな。ただやっぱりギネヴィアの動向を知れたのは助かるし、何かお礼を渡したいな。けどメルリンなら欲しいものは簡単に手に入れられそうだしな。
「そしたらお願いがあるかな」
「お願い? えーっと、私に出来る事なら」
「その気持ちは嬉しいけど。もし君に都合の悪い事だったらもちろん断ってくれよ。リアヌスを助けてくれるだけで充分と思わないといけないからね。内容はドレイクを倒した時に話すよ。普通ならそんな簡単に倒せる魔物じゃないからね」
なんだろう。まぁ。ロシュなら私が困ることは言いそうもないし、きっと問題ないだろう。
「はい」
「ふふっ。改めて頼んだよ。エレイン」
そう言いながらメルリンが私に手を差し伸べる。ロシュなら悪いことにはならないだろう。
予定とは違ったけど、希望通りになったのは嬉しい。
***
メルリンが正体を明かしてからはあっという間だった。
リアヌスの命がかかっているからか、アンブロシス家が全面的にバックアップしてくれている。
おかげで私はギネヴィアの目をかいくぐり、効率良くレベル上げが出来た。
レベル九十。カンストは無理だったけど、予定よりも二十高い。メルリンもゴーバイスと言う最強バフ魔法を覚えてくれたので、前世の攻略法通り討伐出来た。
この世界のドレイクも結局はオモチャだったようだ。
ドレイクを討伐してから、メルリンの家に行ってご家族の方に報告をしようと思ったら、メルリンからその前に話がしたいと引き留められた。
なんだろうと思いながらもはいと返事をすると、転移魔法でとても綺麗な部屋に案内された。誰の部屋だ?
「メルリン。この部屋は」
「ここは僕の部屋だよ」
「えっ、あっ。お邪魔してます」
「お構いなく。もっと華やかな場所の方が良かったんだけど、大事なものをドレイクに壊されてしまうわけにもいかないからね」
「大事なもの?」
なんだろうとメルリンを見ているとメルリンはそのまま机に向かい、机の上にあった四角い手のひらに乗るくらいの小さな箱を取った。その箱がどうやら大事な物らしい。
「その箱ですか?」
「ん? ああ。そうだよ。ほら、約束したでしょ」
「約束?」
メルリンが箱を持って私の元に近付くと、私の前で膝をついた。どうしたんだろう。私も目線を合わせるようにしゃがむとメルリンが小さく笑った。
「エレイン。僕に格好つけさせてくれないか?」
どうやらしゃがんじゃいけないようだ。ゆっくりと立ち上がるとメイリンは真剣な表情で見上げた。
今までに見たことのない表情に思わず息をのむ。
そのままメルリンをじっと見ていると持っていた箱を空け、私に向けた。中には宝石がちりばめられた指輪が入っていた。
「指輪?」
「うん。エレイン。僕と結婚してくれませんか?」
「えっ? 私と?」
「ドレイクを倒したら僕の願いを叶えてくれるって言っていたからね。僕の願いは聖女と結婚する事だよ」
「いや、でもリアヌスがいれば充分じゃないの?」
リアヌスがいればアンブロシス家は安泰だ。
メルリンも当主に拘っているわけではなさそうだし、私と結婚する意味があるのかな。
結婚して貰えたら私は未婚と後ろ指を指されずに過ごせるので助かるけど。
「アンブロシス家としてはそれでいいんだけど、弟が光の魔法使いだと僕の肩身がせまいんだ」
「メルリンの?」
「聖女が横にいてくれると僕の体裁を保てる」
「確かに」
「確かにって、相変わらず淡白だね。僕と結婚は嫌かい?」
嫌。嫌ではないな。寧ろ楽だ。なんて思っちゃいけないな。
「そんな事ないです。寧ろメルリンに悪いかなと思って」
「僕に?」
「私がメルリンと婚約すれば誰も落とされないでしょ」
「そう、だね」
「だから私としても助かるなって、それで受けて良いのかなって」
メルリンは私の言葉に一瞬呆気にとられた表情をしたが、すぐに空いている方の手を口元に寄せて大きく笑った。
「良いんだよ。僕も良い思いをするしね。お嫁さんが聖女だと色々便利だしね」
「私が光の魔法使いである以上誰かに利用されますよ。メルリンかそれ以外ですよ。メルリンなら悪いように利用しませんし、良いことずくめなんですよね」
考えれば考えるだけ、私にメリットがありすぎる。うん。メルリンに甘えすぎるのも良くない。と言うかメルリンだって誰かの事を好きになるかもしれないし。
ってかメルリンって好きな人いるのかな
「メ」「なら契約成立ってことで良いかな」
その前にメルリンに言われてしまった。まぁ、良いか。一応拒否出来るってだけ伝えておこう。
「うん。けど合わなかったら無理しなくて良いからね」
「それは君の方だよ。僕は別れるつもりはないからね。君は面白くて飽きないし、聖女でもあるし、僕の伴侶に丁度良いよ」
なんだろう。凄くバカにされている気がする。
「なんですか、それバカにしてますか」
「していないよ。……それよりもどこだっけ金策のダンジョン。落ち着いたら一緒に攻略にいこうか? 金塊を渡して親孝行する予定だったんでしょう」
「え、良いの!?」
「もちろん。僕にとっても未来の両親だしね。後は他にもなんだっけ、行きたいダンジョンに全部連れて行ってあげるよ」
「えっ!」
なんか誤魔化された気がするけど、今更だしな。いっか。ダンジョンのが気になるし。
「ほら。君は新しい冒険に連れて行ってくれる。飽きないだろう」
「そうですが」
「と言うことで改めて、エレイン。僕と結婚してくれませんか?」
「はい。よろしくお願いします」
そう言うとメルリンは立ち上がり私の指にゆっくりと指輪をはめる。
「さて、僕達の話は終わったし、そろそろ家族の所に行こうか。これからの話をしに」
「はい」
そう言いながら差し出すメルリンの手は色んな景色を見せてくれそうな華やかな手で、きっと私もメルリンに飽きることはないんだろうなって思った。