第93話 ずるい生き物
熱狂の渦が巻き起こるフェンとセラフィリアの決闘。
観客達は時に声援、時に野次を飛ばしながら、盛り上がりの最高潮に達していた。
その観客席の一番後ろ、薄暗い回廊の影にアイスとリルの二人が佇んでいた。
「なあアイス、どっちが勝つか賭けないか?」
隣でリルが楽しそうに声をかける。
「あたしは仕掛け人のニルヴァータの方に500賭けるぜ。随分、シエラのおもちゃを使ったみたいだしな」
何よりあの攻めっ気は見ていて気持ちがいい、好みの戦闘スタイルだぜ。
リルは、この決闘をだいぶ楽しんで見ているようだった。
アイスは軽く鼻を鳴らす。
「そんなこと言って、てめえはただセリーが負けるところを見たいだけだろ」
「あっはっは! あいつの鼻の高さはもうじきエベレストを超えちまう。ここらで仕掛け人に負けて、どんな顔すんのか見てみてえもんだぜ」
リルは頬杖をつき、愉悦の表情を浮かべている。
確かに、セラフィリアは伝説の魔女として、相当な自尊心を持っている。
あいつがただのビッグヘッドだったとしたら、この決闘もどうなるか分からない。
「で、どうすんだ、アイス?」
「てめえが仕掛け人に賭けるなら、俺はセリーに賭けるしかねえじゃねえか。そうじゃなきゃ賭けにならねえ」
「はん! 賭けに乗った時点で終わりだったのさ」
「乗ったつもりなんてなかったけどな」
軽口を交わし合った後、再び決闘の行方を見つめる。
決闘が始まって、10分が経過しようとしていた。
戦況はかなり一方的————のように見える。
アイスはその状況を見て、ニヤリと口角を上げた。
「まあでも————勝負はもう決まっちまいそうだけどな」
*
魔法を打ち続けて、かなり時間が経った。
魔法と魔法防御がぶつかりあい、結界内は眩い光が絶え間なく明滅している。
フェンは少しずつ焦りを感じ始めていた。
額から汗が滲み出る。
『ファントム・フィールド』は常に展開できるものではない。
この大きさの結界を維持するのにも、相当な魔力を消費している。
それに加えて、この魔法の乱打だ。
魔力の消費が早いのは言わずもがなだろう。
だが、目の前のセラフィリアは一向に音を上げる気配がない。
分身達は激しい魔法を次々と繰り出しているが、セラフィリアは魔法防御でそれを全て弾いている。
やはり、伝説の魔女、魔力の底知れなさだけでも怪物級。
このままこの状況が続けば、確実にこっちの魔力が先に尽きることだろう。
そうなる前に、どこかで仕掛けなければならない————
フェンはそう自分に言い聞かせる。
そこでふと、フェンは思った。
これってもしかして、前回の決闘みたいな展開になっていないか?
前回のフェンがサルヴァトールを圧倒したあの時の状況と同じではないのか?
一見、フェンがセラフィリアに一方的に攻撃しているように見えるが、もしかしてセラフィリアは何か策を講じていて、もうフェンの攻撃から逃れているのではないか————そんな疑念が頭をよぎる。
いや————大丈夫だ。
しかし、首を振ってその不安を振り払う。
『ファントム・フィールド』は出入りした物体の感知をすることも可能だ。
奴がフィールドの外に逃れれば、感知できるはず。
自信を持ち直し、フェンは次の作戦に移る決意を固めた。
波状攻撃に紛れ、ショーイの魔法————一撃必殺の近接戦闘で奇襲を仕掛ければ、相手は絶対に反応できない。
ショーイの魔法が一撃でも当たれば、伝説の魔女といえども無傷では済まないはずだ。
フェンが動こうとした、その瞬間だった————
「あれ……?」
突如、フェンの身に異変が起こる。
膝がガクンと折れ、そのまま前に倒れ込んだ。
体が動かない。
息が苦しく、全身が汗で水浸しになっている。
体の周りに軽い水溜りができるほどだった。
これ、全部僕の汗か……?
どうしてこんなに体が暑いんだ……?
「動かない方がいい。脱水で死ぬぞ」
その時、セラフィリアの冷徹な声が響いた。
彼女は魔法防御を張りながら、ゆっくりとフェンの方に歩み寄る。
「『ファントム・フィールド』は外界の影響を全て遮断する。幻惑魔法を行う上で、重要な特性だ」
幻惑魔法は外部の影響で、魔法の質が変動する。
だからこそ、『ファントム・フィールド』などの結界魔法を利用することで、極力、結界の中と外を隔絶する。
光も音も————そして、熱もだ。
「私はゆっくりと時間をかけて、炎魔法でフィールド内の温度を上昇させていた。貴様は夢中になっていて気づかなかったな」
フェンは驚愕する。
知らぬ間に体力を奪われていたというのか?
フィールドを展開した時点で、僕の負けが決まっていた……?
信じられないという表情を浮かべながら、フェンは闘技場の舞台に顔を埋めている。
「残念ながら、勝負ありだ」
セラフィリアが勝利宣言をした。
嫌だ。
負けたくない……!
その願望を言葉にしたくても、喉から声は出なかった。
セラフィリアの言葉を否定したくても、セラフィリアの策略に抗おうとしても、もう体が言うことを聞かない。
「母が言っていた。魔女とは、ずるい生き物なのだと」
セラフィリアは静かに語りかける。
「貴様の前回の戦闘を見させてもらった。貴様の相手の裏をかき、欺こうとする魔法戦を見ていて、母が言っていたことの意味が少し分かった気がするよ」
やがて、フェンの体力の限界が近づいてきた。
視界は歪み、セラフィリアの声もぼんやりと遠のいていく。
そして、セラフィリアはこの決闘の結末を、この一言で締め括った。
「貴様は、いい魔法使いになるだろう」
フェンの体力が限界を迎え、フィールドが解かれる。
その瞬間、審判が勝敗を告げた。
「勝者、セラフィリア・アストラ!」
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