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第90話 燻る厭悪

 魔法学校『ウィンダム』の一等寮。

 最上階は富裕層、あるいは生徒序列上位層しか住むことが許されない場所だ。


 その南側の一室に、生徒序列元第三位、スクロース・サルヴァトールが借りている部屋があった。


「サ、サルヴァトール様! どうか、お願いします!」


 豪奢な調度品に囲まれた広々とした部屋の中心で土下座をしているのは、顔も体もあちこちが傷だらけのBクラスの生徒だった。

 その視線の先には、深紅のビロードの椅子に腰かけたサルヴァトール。

 頬杖をついて苛立ちを表していた。


「またあいつらにやられました! ニルヴァータの手下です! 何もしてないのに突然襲われて、やりたい放題です! なんとかしてください!」


 泣きながら情けなく訴える生徒の声が、部屋の空気を震わせる。

 サルヴァトールの中で燻っていた怒りが一気に噴出した。


「鬱陶しい……今すぐその汚い口を閉じろ」


 冷たい目で、泣きつくBクラスの生徒達を見下す。

 どうしてこんな雑魚の相手をしなければならないのだ。


「連れていけ」


 サルヴァトールは無慈悲に部屋付きに命じた。

 主人の命令に従い、部屋付きの男は土下座している生徒達を乱暴に引き上げ、出口まで引きずっていった。


「お待ちください! 今の『ロード・オブ・ウィザード』は何もしてくれません……あなただけが頼りなんです! どうかお願いします————」


 生徒達は最後まで叫んでいたが、部屋の扉が閉じ、彼らの声は遮断された。


「忌々しい……」


 サルヴァトールの青白い指が、高価な椅子の肘掛けを強く掴む。


 あの無法者達をなんとかして欲しいだと?

 この状況を誰よりも望んでいないのは私自身だ。


 サルヴァトールは頭を抱える。


 どうしてあんなやつに負けた?

 ぽっと出のあんな奴に、この私がなぜ負けなければならないのだ。


 サルヴァトール家は純粋種(ピュア・ウィザード)の名門だぞ。

 相手は亜人種(デミ・ウィザード)のただの一般人だ。


 負ける道理がない。

 それなのに、負けた————



「間違いない……何か卑怯な手を使ったに違いない……!」



 サルヴァトールは爪を噛みながら確信する。


 先日の決闘を思い返すとおかしい部分がいくつかある。


 まず、サルヴァトールの高火力連続魔法に、ニルヴァータの魔法防御は耐えすぎていた。

 並の魔法使いであれば、1分も持たない。

 ニルヴァータの前に戦った()()()()がいい例だ。


 そして、高等魔法『ファントム・フィールド』

 つい数週間前までCクラスだった男が、サルヴァトール自身も使えないような高等魔法を使用できるわけがない。


「魔法の強化————闇の魔道具が関わっているのか……?」


 サルヴァトールはそこで何かを思いつき、部屋付きを呼び出す。


「例の汚れ仕事専門の魔法使いを連れてこい」


 部屋付きが主人の命令を聞いて、外に出ていった数十分後————


 闇から現れたのは、汚れ仕事専門の魔法使い集団『アザール』

 暗い緑のローブに身を包んだ彼らの姿は、まるで夜の帳そのものだ。


 三人チームだったはずが、一人減っている。


「例の市場荒らしの商人はどうなっている?」


 サルヴァトールは単刀直入に、依頼の進捗を尋ねる。

 その問いに対し、『アザール』の魔法使い達は唸り声を上げた。


「……すみません。商人が強力な魔法使いを護衛として雇っているようで……一旦体勢を立て直して、対策を練っているところです」


 言葉を濁し、視線を下にして魔法使い達は報告する。

 その歯切れの悪い言葉に、サルヴァトールはさらに苛立ちを露わにした。


「なんだと? 我々は金を払って貴様らを雇っている。金額に見合う働きをしてもらわねば困るというものだ……」


「申し訳ありません。次こそは必ず仕留めてみせましょう」


 依頼を十分にこなせていない『アザール』の魔法使い達は、頭を下げるほかなかった。

 もう一人の魔法使いが、顔をあげて別の報告をする。


「魔法学校の学生が何人か、その商人と接触している形跡がありました」


「ふん、やはりそうか————学生の一部がその商人と繋がっているのは間違いないようだな」


 おそらくその商人が市場に流した闇の魔道具が、魔法を強化するものだったのではないか?

 サルヴァトールの頭の中で糸が繋がっていく。


 そういえば、商人といえば————


「確か、ニルヴァータの家は魔法商人の家だっただろう。そっちはどうなっている?」


 サルヴァトールは部屋付きに問いかける。

 だが、部屋付きも顔を曇らせてその問いに答えた。


「……別の荒事専門の魔法使いを使って圧力をかけていますが、口を割らないようです。あの様子では、本当に何も知らないのでは……?」


「どいつもこいつも、忌々しい……」


 サルヴァトールはさらに苛立ちを募らせる。

 高価な机の上に置かれた水晶球が、サルヴァトールから滲み出る魔力の波動に反応して、不吉な光を放っていた。


 どうしてこう、うまくいかないのだ。

 どうしてこの私がこのようなことに頭を悩ませねばならないのだ。


 ————まあ、だが、話を整理していて、ニルヴァータと例の闇の商人が繋がっているのはほぼ確定だろう。


「引き続き圧力をかけ続けろ。ニルヴァータの身内を不幸にするだけでも奴へのプレッシャーになるはずだ」


 そうすれば、私の気も少しは清々(せいせい)するというものだ。


 サルヴァトールはその後、『アザール』の魔法使いに向き直る。



「正直に答えよ。今の二人であの商人を殺せるか?」


「……今は難しいですが、必ず体勢を立て直して————」


「————ああ、もうよい。そこにいろ」



 サルヴァトールは魔法使い達の発言を遮った。

 彼の瞳に浮かんだ狂気の色が、部屋の空気を一瞬で凍りつかせる。


 そして、杖を振り、とある呪文を唱えた。

 その詠唱は、不気味な旋律を唱え、空気を歪ませる。


 すると、『アザール』の魔法使い達の体が光り出した。


 次の瞬間、勝手に二人の体が浮遊しだした。

 まるで見えない糸に操られる人形のように、彼らの足が地面から離れていく。


 そして、磁石で惹かれ合うように等速で二人の体が近づき始めた。


「なんだこれは!? やめろ!」


 体が近付くのは、二人の距離が零距離になっても止まらなかった。

 骨を砕きながら、魔法使い達の体は二つから一つになろうとしていた。

 肉が引き裂かれ、骨が軋む音が部屋中に響き渡る。



「や、やめてくれええええええ!!!」



 二人の体が融合し、異様な形に変化を始めていた。


 その残虐な光景を見ながら、サルヴァトールは笑みを浮かべる。

 月光が彼の狂気の表情を浮かび上がらせていた。



「目には目を————相手が闇の魔道具を使うなら、こちらも禁忌の術を使うしかあるまいな」


読んでくださりありがとうございます。



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