第8話 再び牢獄へ
ガシャンッと金属音が鳴り響く。
すると黒いローブを身に纏った者達が鉄格子の扉を開け、誰かがその空間に乱暴に入れられた。
「兄上————ラムエリア兄上! これは一体どういうことですか!?」
牢屋に入れられた魔女が、鉄格子の柵から訴える。
彼女が訴える鉄格子の先で、男が笑いながら返答した。
「どういうことも何も、お前がその賊を招き入れたのだろう。格式高いこのアストラ家の屋敷に薄汚い人間が入り込むなどあってはならないことだ」
「お待ちください! この見ず知らずの人間達とは、今日初めて会いました! わざわざ外からこの屋敷に連れてくるなどあり得ない! そもそもそんなことをする理由がないでしょう!」
彼女は証拠がないと、激情と共に捲し立てる。
しかし、この男————魔女の兄は聞く耳を持つ様子がなかった。
「外はジンの蜘蛛によって常に見張られているが、侵入の形跡がない。だったら、お前の転移魔法でしかこの屋敷には入れないはずだ」
「侵入の形跡がない……!? そんなバカな……!」
予想外の情報をぶつけられ、思考が停止する。
それ以上、魔女は男に食い下がることができなかった。
「————処遇はお母様が帰ってきてから決めるとしよう。それまでお前はここで反省しておけ」
「ちょっと! お待ちください兄上!」
男は身を翻し、足早に牢屋を出て行く。
その後ろ姿を見て、魔女はガックリと項垂れた。
薄暗い牢獄に、静寂が訪れる。
その牢屋には魔女と、先に入れられて、魔女の様子を伺っていたリル、そして————
「なんでてめえが先に入ってんだよ、アイス」
あの時、通路で別れたアイスがリルよりも先にこの牢屋に入れられていた。
この牢屋の闇を取り込んだかのような黒い格好とサングラスが、ニヒルな笑みを際立たせている。
オールバックの髪はまだセットが乱れていない。
そんな余裕のある様子が、先ほどすぐ追いつくと啖呵を切っておいて追いつかず、いとも簡単に捕まっている今の状況とあべこべで何だかおかしかった。
「カッコつけて別れた割になんだよそのざまは」
「……乳のでけえメイドに捕まっちまってよ、ありゃすげえぜ」
「コスプレする女がタイプだったのか? 意外だな」
お互いに両手を手錠で拘束されたまま、軽口を交わし合う。
相も変わらず、牢獄は暗くじめじめとしていた。
壁は灰色の石が無慈悲なまでに広がり、光を吸い込むような無機質な存在感を漂わせている。
格子の隙間からは、壁掛け松明のわずかな光が差し込み、作り出す影がゆらゆらと踊っているようであった。
先ほどと違うのは、『賢者の扉』がないことだけである。
「なんだってまた、こんな気分の悪い場所に放りこまれなきゃなんねえんだよ」
「そう言うな、命あるだけ儲けもんだ————他のメンツは死んだか?」
「ああ……あいつらが命懸けで戦ってくれたから、あたしの命がある」
「そうか」
ジョージ、マックス、ミルド、そしてグレイス。
今よりも若い時から付き合いのある仲間の死。
それでも二人ともあまり動じずにいるのは、死というものがあまりに身近になってしまっているからだ。
ギャングとの抗争は仕事の度に起こる。
ロサンゼルスの裏社会の中で名を挙げたといえども、一度、抗争が起これば仲間が死ぬ。
今まで、何人もの仲間を見送ってきた。
今回だけ特別などということはない。
「……貴様らは、一体何なんだ?」
すると、魔女がこちらに話しかけてきた。
とんがり帽子の下の表情は窺えないが、その声音からとてつもない怒りを感じる。
「言っておくが、人間がこの屋敷で生きる場所はない……貴様らはこの後、蜘蛛か蛇の餌にされるか、魔法の実験に使われるか、いずれにせよ凄惨な死を遂げることになる……!」
「おっかねえ、ちびりそうだ」
静かに怒りを燃やす魔女に対し、アイスはおどけたように返した。
それが余計に魔女に燃料を投下する。
「貴様らはどうやってこの屋敷に入った! なんのために!?」
魔女は非常な剣幕でアイス達に疑問をぶつけた。
彼女からすれば、アイス達は急に屋敷に現れた柄の悪い人間達。
本来なら淘汰されるはずの弱い存在が、屋敷の化け蜘蛛を退け、こうして魔女の前にいる。
魔女にとってアイス達は、得体の知れない何かだった。
「……答えは簡単だぜ、魔法使い」
人間の上位の存在である魔女がここまで怒りを露わにしているにもかかわらず、アイスは不適な笑みを浮かべていた。
そして、パチンと指を鳴らして、魔女の問いに答える。
「俺達は大賢者。つまりはこの世界の英雄ってやつさ」
アイスの言葉の後、空間に一気に静けさが広がる。
その数秒間は、まるで時が止まったかのように感じられ、何もかもが静寂に包まれた。
そして————魔女は左側の鉄格子の柵を思いっきり殴った。
「ふざけるのも大概にしろ、貴様らが大賢者なわけないだろう! 賢者は魔法使いの始祖だ。貴様らのような魔力も知性も少しも感じないただの人間が賢者な訳がないんだよ!」
金属音が響き渡り、柵が大きく揺れる。
どうやら怒髪天を衝く様に感情が爆発しているようだ。
だが、そんな様子を意に介さず、アイス達は笑う。
「ま、普通はこうだよな」
「あのガキの頭がおかしかっただけってことだ。こっからが詐欺師の腕の見せ所だぜ」
腕が縛られているから、催眠術の腕は見せられないがな。
アイスは本気か冗談か分からないようなことを付け加える。
「貴様ら、いい加減に————」
「落ち着けよ、テイク・イット・イージーだぜ」
アイスはそう言って、熱の入っている魔女のことを宥めた。
こうして言葉が通じるのだ。
言葉が通じるということは説得も理解もできる。
路地裏のチンピラどもの喧嘩だろうが、国家間の戦争だろうが、対話さえできればなにもかも丸く収めることができるのだ。
そして————対話ができるということは、騙すことも可能だということだ。
「俺達がどこから湧いて出たのか————屋敷の外も中も化け物どもが見張っている、ただの人間が何の痕跡もなく、中に入ることなどできない。かと言ってあんたが招き入れたわけでもない」
密室トリックのようなものだ。
実質外から入れないにもかかわらず、中にいる。
だが、今回はそれを実現する簡単な答えがあった。
「つまり、俺達はこの屋敷の中から現れた、あの扉、『賢者の扉』を通ってな」
理路整然と述べられ、魔女は反論が遅れる。
これに関しては、アイスの方に嘘も偽りもない。
アイス達は確かに『賢者の扉』を通り、この世界に来た。
ただ、事実を述べているだけであった。
「しかし魔力が————」
「魔力やらなんやらがないと決めつけたが、俺達はそれを隠しているだけかもしれない。隠す必要が、のっぴきならない事情があるのかもしれない」
相手に考える隙を与えない。
魔女に対し、あらゆる可能性を示唆した。
「それにお前も何となく気づいているんじゃないか? 俺達がお前達の常識からはどこか外れていると————」
リルと戦った時に何を感じたか。
戦闘の中で何か不可解なことが、自分の知り得ない現象があったのではないか。
アイスは魔女に問いかける。
頭を冷やさせ、脳を刺激し、考えさせる。
選択肢を散らし、最もアイス達の都合のいい結論に誘導する。
これが、アイス達詐欺師の常套手段であった。
しばらくの間、牢屋に沈黙が続く。
先程までぷりぷりと怒っていた魔女はどこかに消え、随分と静かになっていた。
時間を忘れ、自分の内なる葛藤と対話している。
数十秒ほどの時が立ち————魔女が大きく溜息を吐いた。
「……分かった」
「おお、分かってくれたか」
すると、魔女はキッとこちらを睨みつけ、指を差す。
「勘違いするな。貴様らのことを全面的に信じるものか。話を聞くくらいの価値があると判断しただけだ」
「そうかい、そいつは上等だな」
魔女は鉄格子の柵から離れ、アイス達の前に座る。
その座り方、一つ一つの所作からは、育ちの良さが感じられた。
そして、ゆっくりととんがり帽子を取る。
帽子の下からは、まるで宝石でできているかのように見事に整った赤髪が現れた。
海を閉じ込めたかのような青い目がこちらをまっすぐと見据える。
突如としてそこに現れた少女は、自身の名を名乗った。
「私は、セラフィリア・アストラ————魔女だ」
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