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第81話 広まる魔法煙草

「フェン! お前いつの間にそんなに強くなったんだ!?」


「Aクラスの奴らもほとんどあのダンジョンをクリアできなかったんだろ? お前やばいな!」


「来週からAクラスに行くんでしょ!? すごいじゃん!」


 定期試験が終わって、フェンがCクラスに戻ると、フェンの元にクラスメイトが殺到していた。

 まるで世界を救ったのではないかと思うくらい、生徒達の熱狂的な興奮で溢れている。


 こんなに反響があるなんて……

 周囲からこれほど注目を浴びるのは初めての経験であり、内心複雑な心境に揺れていた。

 嬉しい気持ちはもちろんあるが、困惑の方が強いというか————慣れてなさすぎて、なんだかくすぐったい気持ちになる。


「すっかり有名人だな」


「うるさい」


 後ろから聞こえるショーイの冗談めいた言葉に、フェンはキッと睨んで黙らせる。


 有名になりたくて、定期試験をクリアしたわけじゃない。

 全てはカナを救うためだ。


 だが、周囲に認められるというのは、こんなにも気持ちがいいものなのだと、フェンは今初めて知った。

 こんなチャンスがなければ、永遠に知り得なかったことかもしれない。


 クラスメイトに質問攻めにされる中、一人の男子生徒からこんな問いを投げかけられる。


「長期休み明けでいきなり強くなるなんて————どんな鍛錬をしたんだ? もし良ければ、俺にも魔法のコツを教えてくれないか!?」


 鍛錬? 魔法のコツ?

 そんなもの、魔法煙草を使って底上げしているだけなので、答えようがない。


 適当に誤魔化そうとした瞬間、フェンは閃いた。


 そういえば、商人との魔法煙草の劣化品を売る約束をまだ果たしていない。

 これからも魔法煙草を使うためには、やはり金が必要だ。


 もしかして————これはビジネスをするチャンスなのではないか?


 その考えに至った瞬間、フェンの唇には、狡猾で悪戯っぽい笑みが浮かぶ。

 人差し指を口に当て、クラスメイトに秘密めかして提案した。



「実は————簡単に魔法が強くなるいい方法があるんだ。ただし、この方法は内緒だぜ?」




 *




 それ以降、フェンの生活は少し変わった。


 まず、Aクラスに昇格した。

 この学校にいる者であれば誰もが憧れるであろう、学校最強のクラス。


 フェン自身にそんなミーハーな気持ちはないけれど、Aクラスに上がることで一つ恩恵があった。

 Aクラス配属の特典として全ての授業料が免除になったのだ。

 優等生の特権である。


 その浮いた授業料をカナの入院費に当てられたのは、Aクラス昇格の恩恵をすっかり忘れていたフェンにとっては僥倖だった。


 そして————



「うわっ……にがっ……!」


「お前、それくらいは我慢しろよ〜、玄人は肺に入れるんだぜ肺に」


 魔法学校の使われていない教室。

 埃っぽい空気が静かに漂うその教室には、先生達もほとんど訪れない。

 そこに、CクラスとDクラスの生徒達が集まっていた。


 生徒達は————全員、魔法煙草を握っていた。


「フェン! これを吸った後に魔法を使ってみればいいのか?」


「ああ、試してみてくれ。教室は壊すなよ」


「どれどれ————うおっ!? あっぶねえ! 窓を吹き飛ばすところだった!」


 魔法の威力は明らかに変貌を遂げていた。

 生徒達は互いの魔法を比較し、驚くべき成長に興奮を隠せない。

 教室の所々で歓喜の声や笑いが起こり、魔法を使えることの喜びを感じている。


 フェンの持っている煙草の10分の1の劣化品でも、目に見える効果があってよかったというものだ。


 魔法煙草の噂が、主に序列の低い生徒を中心に広まり、魔法煙草を買いに来る生徒が続出している。

 ここにいる50人ほどの生徒達は、皆、顧客だ。


 連続使用が前提の魔法煙草の特性上、リピーター客も少なくない。

 たとえ劣化品でも、すぐに売り切れてしまうほどだ。

 フェンは商人に課せられていた当初のノルマを遥かに超える儲けを出していた。


 これで、新たな魔法煙草を買う余裕もできている。

 完全にいい流れが出来上がっていた。


「ねえ、フェン。マジやばい……」


 すると、教室の後ろの方で同じく魔法煙草を試していたエリナが、フェンに話しかける。

 魔法を発動しているようで、生み出した強酸の塊を浮遊させていた。


「この魔法ね。私が5年以上ずっとできなかった魔法なの。うちの家に伝わる高等魔法なんだけど————それが、今出来るようになった……!」


 頬を紅潮させ、興奮した様子でフェンに喋りかける。


「私の努力を……この魔法煙草が掬い上げてくれたみたいで……マジ嬉しい————ありがとうね。フェン……!」


「そうか……よかった」


 エリナは瞳を潤わせて、感謝と喜びを溢れさせていた。


 ダンジョン攻略の時に、フェンを助けてくれた。

 そんな友人であり、恩人が喜んでくれるのは、こちらとしても嬉しい。


 金策のために始めた商売だが、やってよかったと思える。


 エリナと話していると、教室の後ろの扉が開き、誰かが入ってきた。


「フェン先輩! 魔法煙草、売ってくれませんか?」


 下級生の女子生徒がフェンを見つけるや否や、突撃するような勢いででフェンに近づいてくる。


 魔法煙草の顧客は、下級生も少なくなかった。

 フェンの名声は、もはや学校全体にまで響き渡っていたのだ。

 そして、フェンが行っている()()の話も、着々とその輪を広げていた。


「いいのか? あまり安いものじゃないぞ」


「構いません! 高い教科書や道具を買うよりも、こっちの方が確実に力をつけられますから!」


 フェンは女子生徒から1万ノリスを受け取ると、代わりに魔法煙草を差し出す。

 彼女は満足そうに、それを懐へとしまった。


 そして改めて、熱い眼差しをフェンに向け直す。


「先輩!  私————憧れてます!  ただでさえクラス昇格が難しいこの学校で、CクラスからAクラスに上がるなんて、前代未聞ですよ!」


 女生徒が興奮しながら前のめりになっている。

 それに、フェンは戸惑いながら後頭部を掻いた。


 この商売を始めて意外だったのは、魔法煙草を使用しているフェンを批判する者がいなかったことだ。

 魔法煙草というズルを使ってAクラス昇格を果たした。

 いわば不正行為を行っていたにも関わらず、それを咎めたり、学校側に報告しようとする者は、今の所いない。


 皆、力に飢えているのだ。

 序列の低いクラスだけに噂を流しているだけあって、このチャンスを逃すまいと、魔法煙草という存在を黙認している者が多かった。


「すごいなぁ〜、かっこいいなぁ〜、私のクラスからも先輩のファンがいっぱいいるんですよ!」


「いやそんな————僕は大したことしてないよ……」


 女生徒の褒めに、フェンは思わず否定する。

 だが、彼女のキラキラした目は止まらなかった。


「そんなことないです————私、先輩のことが————」


「はいはい————商品を買ったら、とっとと帰んなよ。フェン————行くよ!」


 ちょうどそこで、エリナが間に入ってきた。

 フェンの手を引いて、教室の外に連れて行かれる。

 教室には、「せんぱ〜〜い」と響く声が残された。


「おいエリナ……もういいって」


 フェンはエリナの引っ張る手を止めさせる。


 正直助かった。

 あの女子に押されっぱなしで、どうしていいか分からなくなっていたところだったから。


「すっかり人気者ね」


「……お前までそれを言うのか。ちやほやされたくてやってるわけじゃないんだって」


 からかってくるエリナに、反論する。

 フェンの何にも(なび)かず、ただ実妹のことだけを考えるという固い意志を見て、エリナは少し複雑そうな表情を浮かべた。


「そうね、カナちゃんを助けないとだもんね」


 エリナ、それにショーイには、フェンが『ロード・オブ・ウィザード』を目指す理由をすでに話してある。

 秘密の共有者、自分の夢を話せる友人がいるというのは、心が楽になるものだった。


 フェンは仲間に恵まれていたということを改めて実感した。


「早く『ロード・オブ・ウィザード』になって、報奨金をもらって、カナちゃんの病気を助けてあげるんでしょ?」


 エリナは優しい笑顔でフェンを見つめている。


 その言葉にフェンは気が引き締まる思いだった。

 全てが順調に進んではいるが、フェンは『ロード・オブ・ウィザード』になったわけではない。

 Aクラスになって、ようやく挑戦権を得たというくらいだ。


 本当の勝負は、ここからなのだ。


「具体的に、どうやって『ロード・オブ・ウィザード』を目指すとか、考えはあるの?」


「順当に考えれば、前回のような定期試験でアイスクラッドよりいい成績をとるか————あるいは決闘するかだな」


 決闘という単語が出て、エリナの表情も真剣なものになった。


 決闘————魔法使い同士の実力をぶつけ合って、雌雄を決するもの。

 勝敗によって、はっきりと実力差が分かる。


 勝者の序列の方が、敗者のものよりも低い場合、勝者は敗者の序列となり、その生徒を追い抜くことができる。

 その逆の場合、敗者に対してペナルティが課せられる。


 決闘をして勝つのが最も手っ取り早いが、それ以上のリスクがあった。


「それに————あの『ロード・オブ・ウィザード』に挑むことも、きっとそう簡単にはできない」


「え?」


 フェンは表情を曇らせる。


 物事には順序がある。

 あの『ロード・オブ・ウィザード』に挑むために、最も障害となるのは————


 フェンが思考を巡らせていたその時————



「大変だ!」



 誰かがフェン達の方に大声で叫ぶ。

 息を切らして、こちらに走ってきたのは、Cクラスの元クラスメイトだった。



「ショーイの奴が決闘をやるらしいぞ!  相手は————Aクラスの第三位だ!」



 その元クラスメイトの報告に、フェンの顔が歪む。

 嫌な予感が的中した。


『ロード・オブ・ウィザード』を目指す上で、最も手強いのはきっと————『ロード・オブ・ウィザード』じゃない。



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