第79話 初めて見た正面の表情
「————最後の階層まで行くぞ!」
気づけば、フェンはそう宣言していた。
ショーイとエリナは、フェンの突然の決意表明に面食らう。
「おいおい、ふざけんな! 既に俺はこんな怪我してんだぞ? こっから下なんて無理だって!」
「いいや、行くさ。ここでリタイアなんてしてたら、僕達は一生負け犬だ」
負け犬など死んでもごめんだ。
あの男にできることは、僕にだってできる。
なぜなら、同じ魔法煙草を使っているからだ。
一刻でも早く————あいつに追いつかなきゃいかないんだ。
ショーイは眉を顰め、フェンの今までとは異なる様子に不安を覚える。
「お前……最近おかしいぞ。何ムキになってんだよ……?」
フェンは突然、二人の視線を感じて顔を上げる。
ショーイとエリナは、心配と戸惑いが入り混じった眼差しでフェンを見つめていた。
まるで知らない人間を見るかのような目で————
「ここで下の階層に行くってことが無謀なことは、私達の誰よりも利口なあんたなら分かるでしょ————もしかして……何か隠してるの?」
エリナの鋭い視線に、フェンは逃げ場を失う。
彼らは、最近のフェンの変化に気づいていた。
友人としての純粋な心配が、その視線には溢れていた。
打ち明けるべきだろうか。
魔法煙草のこと————そして、僕が『ロード・オブ・ウィザード』を目指していること。
だが、打ち明けたところで、二人が僕を認めてくれるとは到底思えない。
はっきり言って、ショーイとエリナは不良生徒だ。
きっと僕の野望を打ち明けたところで、鼻で笑われて、馬鹿にされるだけ。
こんなことに熱くなっている自分の中身を知られたくない。
中身を知られて、彼らに失望したくない————
フェンは顔を背けようとしたが、ショーイがそれをさせなかった。
「————なあ、俺達、ダチだろう? 一緒に馬鹿やってきた仲じゃねえか。今更遠慮するんじゃねえよ」
ショーイの熱い眼差しが、フェンに向けられる。
二人は、フェンが逃げようとするのを許してはくれなかった。
————これ以上、隠し通すのは、無理か……?
フェンは観念————あるいは決意を胸に、ローブの懐に手を入れる。
そして、魔法煙草をショーイとエリナの二人に見せた。
「な、なんだこれ?」
「お菓子……じゃないよね?」
初めて目にするその謎のアイテムに、二人は怪訝な表情を浮かべる。
「これは魔法煙草————使用者の魔法を強化することができる最強の魔道具だ」
僕はこれを使用していたから、前の実習で竜のテイムに成功したんだ。
フェンは真実を告白する。
驚きに凍りついたショーイとエリナの表情。
点と点がつながり、フェンの違和感の理由を悟ったのだ。
「そんな夢みたいなもんが、この世にあんのか……?」
「今の『ロード・オブ・ウィザード』もこれを使っているんだ。でなきゃ、四大魔女を差し置いて首席になんてなれるはずがない。だったら、僕もこれを使えば、そこに辿り着ける————どうしても『ロード・オブ・ウィザード』にならなきゃいけないんだ……!」
二人は固まったまま、フェンの決意に圧倒されていた。
不真面目で、時折授業をサボろうとしていたフェンしか、二人は知らない。
こんなに魔法学校の首席に固執していたなんて、夢にも思わなかっただろう。
「上を目指すことに、何の意味があるんだよ……お前はそんなに何を焦ってるんだ?」
ショーイはフェンのその変貌ぶりに戸惑いを隠せない。
無理もない。ショーイもエリナも僕の事情を知らないのだから。
けど、二人にだったら話してもいい。
フェンは深い溜め息とともに、これまで誰にも話さなかったフェンの奥底の願いを明かし始める。
「……妹の具合が悪いんだ。ずっと病気のあいつを治すには、もっといい病院が必要で————そのためには金がいる」
「あ、あんた……妹なんていたんだ……!」
「お前らには言ってなかったけどな……僕は約束したんだ。必ず『ロード・オブ・ウィザード』になって、報酬金を貰って、妹————カナを病気から救ってやるって」
静寂が三人を包み込む。
誰かと、こんなに真正面から話し合ったことが、今まであっただろうか。
家族とだって、面と向かって真剣に話したことなんてないのに。
「————俺たちダチなのに、そういえばお互いのこと何も知らなかったんだな」
ショーイが切なげに呟く。
そうだ————カナを救うためには、進み続けるしかない。
しかし、魔法煙草もあと僅かだ。ここから先、結果を残すチャンスが来るとは限らない。
だから、この残りの本数を使い切るとしたら————きっと今だ。
フェンは魔法煙草を握り締め、二人に背を向けた。
「二人を危険に巻き込むわけにはいかない。この先は僕だけで行くよ」
魔法煙草を使えば、一人だってできるはずだ。
フェンは第三階層の階段に向かって歩み出した。
その時————ローブの後ろの襟を引っ張られる。
「ちょいちょいちょい————待てよ相棒。いくらそれがあっても、一人じゃ危険だろうが」
さっきだってぼうっとして俺に助けられてただろう?
ショーイは痛いところを突く。
デビルアントにも、本気を出してなんとか倒したようなものだった。
ではどうするか。
その答えは、ショーイが親指で指を差す先にあった。
「俺にも、その魔法煙草を使わせろ。それで、俺もお前についていく」
「!」
ショーイは頼もしげな笑みを浮かべ、その表情は普段の軽薄さを払拭した。
彼の本気が伝わり、心が揺さぶられる。
「待ちなよ。あんたも怪我してるでしょ————二人をサポートできるのはあたしくらいしかいないでしょ」
エリナも前に進み、ショーイに並ぶ。
「あたしもそれ、使うわ」
「エリナ……!」
ショーイとエリナのこんな顔、初めて見た気がした。
二人は、不真面目で弱い奴を馬鹿にするような悪い奴らに見えていたが、その奥底には、仲間を想う深い友情が隠されていたのだ。
表面上の冗談や皮肉の下に、本当の絆が存在していることを、フェンは今、肌で感じていた。
「さあ、どうするんだ?」
ショーイは改めて、フェンに力強く手を差し伸べる。
ここから先、これまで以上に危険で厳しいダンジョン。
一人の力では、すぐに限界に達してしまうことは明白だった。
このダンジョンを制覇するには、二人に頼むしかない。
「この試験で結果を残したい。でも、僕の力だけじゃ、さっきのモンスターをなんとか倒せるくらいだ————1人じゃ、この先の攻略は厳しい……」
一人でダメでも、仲間がいれば————
この三人なら、きっとダンジョンを攻略できる。
フェンは魔法煙草を差し出し、二人に懇願した。
「————僕と一緒にこの魔法煙草を使って、下の階層に挑戦してくれないか?」
しばしの重い沈黙。
普段なら恥ずかしくて口にできないような懇願。
でも、もはやそんなプライドは問題ではなくなっていた。
ショーイがフェンの方に手を伸ばし、魔法煙草を受け取る。
「いいぜ————お前はダチだ。困ってたら助けてやんのがダチってやつだろ」
「……!」
いつもの調子で話す言葉の下に、いつもとは違う暖かいものが宿っていた気がした。
エリナも近づき、皮肉混じりの笑顔で言う。
「金が欲しいならもっと早く相談すればいいのに〜、あんた、妹思いのいい男じゃない」
見直したよ、と肩を軽く小突くエリナ。
2人ともフェンの提案に乗ってくれる。
希望の光が、暗いダンジョンの中にわずかに差し込んだ。
「ありがとう……! これから2人に、こいつの使い方を教える。最初はつらいけど、ちゃんと強くなれるから————ついてきてくれ!」
「おうよ!」
「うん!」
フェンのパーティは一致団結し、未知の第三階層へと続く階段を、静かに、しかし揺るぎない決意とともに降りていった。
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