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第7話 魔女

 アイスと別れた後、リル、ジョージ、マックス、ミルドの四人は出口を探して通路を走っていた。


 下は赤い絨毯で、古風に装飾された木製の壁が奥まで続いている。

 さっきまでいた牢獄とは異なり、床も壁も綺麗に整っているが、薄暗くどこかおどろおどろしい雰囲気は変わらなかった。


「ガハハ!! こうなっちまえば余裕だなぁ!」


 天井や壁に大蜘蛛が張り付いていたことが何度かあったが、弱点が分かれば怖くはない。

 ジョージの軍用LEDライトでうまく引き付けることで、各個撃破することができていた。


「いや実に爽快だぁ! ストレス解消になるなぁ!」


「まったくだぜ。こんなに銃を撃ちまくれんのもたまんねえ! 最近、LAでも銃が撃ちづらくなってきてやがるからなぁ」


 ジョージとマックス、ミルドの三人は上機嫌に喋りながら、通路を突き進む。

『ラウェルナ』として鉄火場を幾度もなく超えてきた。

 まだ軽口を交わせるくらいの余裕がある。


 だが、その間もずっと、リルは顔を険しくしていた。


「お前ら、あまり調子に乗るなよ」


 リルは敢えて調子のいい三人に釘を刺しておく。


 なんだか嫌な予感がするのだ。

 こんな予測不可能な状況、次の瞬間にどんなことがあるか分からない。

 蜘蛛を簡単に処理できるようになり浮かれているが、リルはあれ以上の化け物がいるのではないかと神経が逆立っていた。


「チッ……分かってんよリル。確かにこうして走り続けてんのに、いつまで経っても出口に辿り着かねえしな」


 いくら走っても全く景色が変わらない。

 貴族でも住んでそうな廊下が無機質に並んでいるだけ。

 曲がっても引き返しても、まるで迷路のように手応えがなかった。


 こいつは一体……どうなっているんだ?

 もしかして、ここから一生出られないのでは————


 一抹の不安を抱え、一行は曲がり角を曲がった。


「————待て」


 リルは曲がり角の先に何かがいるのを察し、後ろ三人に停止を促す。

 薄暗くて見えづらいが、確かに通路の先に黒い影が見えていた。


 ただ、その影は先ほどまでの蜘蛛のようにそこまで大きいものではなく、自分達と同じくらいの大きさの————人型のようであった。


「なんだ? 化け物じゃなさそうだな」


「はん! 人間だったら何にも怖くねえさ、やっちまおうぜ」


 マックスとミルドは勢いよく曲がり角から飛び出した。

 化け蜘蛛じゃなければ、小細工など使わずとも始末できる。


 二人は、一直線にその人影に向かっていった。


 その時————リルの野生の勘が、一瞬でその存在がヤバいものだと感じ取った。



「待て! そいつはやべえ!!」



 リルの声が届く前に、マックスはナイフを取り出して、手を振り上げていた。

 その後ろからミルドも続いている。


 マックスのナイフが届く寸前、その人影は手に持っていた()()を二人に向けた。



 そして次の瞬間————マックスとミルドが発火した。



「う、うわあああああああっ!!」



「あ、熱い!! たすけ————」



 助けを求める声は、炎に包まれ寸断された。

 火柱が物凄い勢いで舞い上がり、天井のシャンデリアを焦がす。

 空気の流れが無理やり捻じ曲げられたかのように変わり、リルとジョージは吹き飛ばされそうになった。


 周りを圧するほどの強い火力で燃え上がった後————


 その場に残ったのは、黒い炭になった何かだった。



「————一旦、引くぞ!!」



 一瞬で危険だと判断し、リルはジョージに指示を出す。

 二人は通路の角に飛び込むと同時に、さっきまで二人がいた場所が焼き払われた。


「どわあああ、あぶねえ! なんだよあいつ!!」


「……チッ」


 ()()()、マックスとミルドを燃やした火炎でこちらを攻撃してくる。

 酸素が瞬く間に消費され、空気がどんどん薄くなっていくのを感じた。


 リルは敵の攻撃を見極め、なんとか相手の様子を覗き見る。


 地面を引きずるほど長い、ひらひらとした黒い装束。

 頂点がとんがった丸い縁の帽子。

 そして、火が放たれている右手には棒状の何かが握られていた。


 ふと、リルは給仕服の少女、シーナの言葉を思い出す。


『ここは、世にも恐ろしい————魔女の家なのです』


 リルにはまだよく分かっていないが、おそらく奴が生み出しているこの炎は魔法だ。

 そして、あの化け蜘蛛以上のプレッシャー、リルにはそれが分かる。


「あいつが、『魔女』ってやつじゃねえのか? つまりはこの奇妙な世界のラスボス様だ」


 リルの推測を肯定するかのように、火炎放射の勢いが増していく。


 黒いローブにとんがり帽子。そして、魔法の杖。

 あれが伝説の魔女。

 つまりは、あの巨大蜘蛛達の親玉。


 正面から戦っても勝ち目がないことは明白だった。



 奴が近づいていくるのが感じる。

 このままここで待っていても埒が開かない。


「————このっ!」


 一瞬の隙をついて、リルは物陰から飛び出して発砲する。

 弾丸は炎の壁をこじ開けて、魔女のすぐ横を通過した。


 突然の反撃に、魔女の足が止まる。

 一体何をされたのか分からず、動揺しているようにも見えた。


「そうか! あのコスプレ野郎やはり銃を知らねえ!」


 シーナも最初に拳銃を見せた時はピンときていなかった。

 やはり、この魔法の世界には銃という概念が存在しない。


 これを使えば、なんとかなるかもしれない。


「リル! 俺が前に出る! お前は俺の後ろから、あいつに一発かましてやれ!」


 図体のでけえ俺の後ろなら、安全にやつに近づけるはずだ。

 ジョージの口元には笑みが浮かんでいたが、あまり顔色は良くなかった。


 その行為の行き着く先が、なんとなく分かっているからである。


「このまま二人とも燃やされる必要はねえ……どっちが生き延びる可能性が高いかなんてすぐ分かるだろ?」


「……! 分かったよ、ジョージ」


 ジョージは弾丸を銃に込める。

 そして、大きな深呼吸を一回した後、物陰から飛び出した。


「じゃあな、リル!」


 ジョージが銃を乱射しながら突進する。

 その弾丸は敵の黒いローブの横を何発もかすめて行った。

 勢いのあるジョージの特攻に対し、魔女は銃の対処法が分からず、動けない。

 火を放って視界が悪くなることを避けているのだろう、あっちから攻撃は仕掛けてこない。


 だが、動きながらの発砲は格段に営中精度が落ちる。

 十発ほどでジョージは弾を打ち尽くした。

 ジョージは拳銃を投げ捨て、懐からナイフを取り出し、大きく振りかざす。


「はああああああっ!!!」


 しかし————その攻撃が届くことはなかった。


 突如として、ジョージの体から火柱が()()()

 魔女の攻撃によって炎の槍が出現し、貫かれたのだった。


 ジョージの手からナイフが零れ落ちた。



 その瞬間————



「おらああああっ!!」



 ジョージの後ろからリルが現れる。

 体の大きいジョージの後ろに体の小さいリルが隠れ、魔女からは視認できなかったのだ。


 リルは魔女の懐に潜り込み、渾身の力を込めて回し蹴りを放った。


 隙をついた攻撃かに思われたが————魔女の行動は冷静だった。


 左腕を顔の前にかざし、防御されたのである。


「……!」


 魔女が後ろに飛び退き、再びリルとの間に距離が生まれる。

 リルの右隣でジョージの体が崩れ落ちた。


 ジョージを犠牲にしてまで作った、千載一遇の好機を逃してしまった。

 もうリルには、魔女に接近するための手立てがない。


 一転して、絶体絶命になる————はずだった。


「!?」


 魔女は余裕を持って最後の一人を仕留めようと右腕を上げる。

 しかし、その手に杖は握られていなかった。


「探し物はこれか?」


 リルはペン回しの要領で、杖をクルクルと回している。

 先ほどの接触の際、回し蹴りは囮だった。

 派手な動きの攻撃でカモフラージュして、魔女の右手からスルリと、杖を奪い取っていたのである。


「貴様……返せ」


「なんだ、口がきけるじゃねえか」


 魔女は初めて人の言葉を話し、明確に怒りを露わにする。

 それに対し、リルの口調には余裕が生まれ、魔女に対し軽口で答えていた。


 両者の視線がぶつかり、ばちばちと火花が散っている。

 怒りの表情の魔女に、挑発するように笑みを浮かべるリル。

 一触即発の空気の中————先に仕掛けたのは魔女の方であった。


「薄汚い賊が……私の杖に触るな!」


 すると、魔女は両手を正面に(かざ)してぶつぶつと何かを呟く。

 それは高速に詠唱された呪文だった。


 魔女がそれを唱え終わると、両手が黄色く輝きを放つ。

 次の瞬間————突如、地面が隆起した。


「————っぶねえ!!」


 リルは予想外の攻撃にコンマ数秒固まるが、すぐに体が反応した。

 そして休む間もなく、地面から鋭利に尖った棘が連続でリルに迫るが、それにも途轍もない反射神経で対応する。

 軽いフットワークで競り上がってくる地面の刺突を躱していった。


(地面が攻撃してきた……訳わかんねえな、この攻撃も)


 予想外の魔法攻撃を避けつつ、リルは銃で反撃する。

 魔女の方もまだ銃の攻撃に対応できておらず、隆起した地面に隠れてやり過ごすことしかできなかった。


(またこの恐ろしく早い(つぶて)……魔法なのか?)


 魔女も動揺の色を隠せていない。

 お互いの攻撃を交わし、小さい隙を狙って攻撃する。


 リルと魔女は一進一退の攻防を繰り広げていた。



((なんだこいつは……!?))



 どちらもお互いの命を脅かす攻撃を放ち続けている。

 だが、どちらの攻撃も決定打とはなり得ない。

 初見の攻撃に持ち前の戦闘勘で反応し、相手を仕留めようとあの手この手の攻撃を繰り出す。


「ははぁ! いいねえ、盛り上がってきたじゃねえか!」


 リルは命の削りあいに興奮していた。


 彼女の戦闘技術は、ロサンゼルスの裏社会で恐れられるほど、他のメンバーと比べて群を抜いている。

 スリの技術と共に有名になったリルとは、誰も正面からやり合おうとする者がいなくなっていた。


 それが、この魔女は真正面からリルに挑み、リルを殺そうと迫ってくる。

 現実世界で長らく味わえなかったひりつくような戦い。

 リルはテンションを上げ、魔女との距離を詰めていった。



 そして、混乱しているのは魔女の方だった。


(————杖を使っていないとはいえ、魔法で強化した私の動きについてくる……大して魔力も感じないというのに)


 ()()()()()で棘を地面から放っても、軽い身のこなしで避けられ、槍を生み出して放っても、奴の強力な礫で弾き返される。

 全ての攻撃をいなされ、こちらに近づいてくるのだ。


 伝説の魔女。

 普通の人間は相対した時点で、数秒と持たずその命を燃やし尽くしているというのに。


 この人間は殺されるどころか、こちらを殺そうと反撃してきている。

 しかも魔法を使っている素振りが一切ない。

 魔女と互角に、魔法なしで戦うただの人間。


 こいつは……一体何者なのか。


 魔女が動揺している間に、リルが距離を詰めていく。

 いつの間にか、リルと魔女の距離はかなり近くなっていた。


(ちょうどいい……()()()こちらの勝ちだ。何か仕掛けてきたらカウンターで奴の体を燃やす……!)


 炎魔法の爆発を使えば、人間の体などひとたまりもない。

 この手が体に触れた時点で終わりだ。


 激しい攻防を繰り広げる中、ついに手が届く距離までリルが辿り着いた。


 魔女は敢えて魔法の粒度を下げ、リルが付け入る隙を作る。

 すると、リルはその隙を見逃さずこちらに手を伸ばしてきた。


 魔女は勝機を感じ、リルの攻撃を避ける態勢に入る。


 だがその時————


 リルは魔女の顔の前で両手を打ち鳴らした。



「!!?」



 反射的に目を瞑ってしまう。

 次の瞬間、腹に凄まじい衝撃が襲った。


「猫騙しだ、ジャパニーズ格闘技に感謝しねえとな」


「がはっ……!」


 魔女は鳩尾を蹴られ、その場にうずくまる。

 ハッと顔をあげると、そこには黒く光る鉄の道具————拳銃が向けられていた。


 リルの口元には笑みが浮かんでいる。

 この謎の女と魔女の間にある差が、そこに現れていた。



「なかなか楽しかったぜ。またな」



 引き金を引こうとした瞬間だった。



「!!」


「な、なんだ!?」



 突如、リルの体に緑色の何かが巻き付いた。

 その表面にはきめ細やかな鱗があり、ヌメヌメと光沢を放っている。


 それは————蛇だった。


 すぐに体が締め付けられ、身動きが取れなくなってしまう。



「賊を呼び寄せるとは————我が妹も地に落ちたな」



 男の声が頭上から聞こえる。

 こちらも黒いローブにとんがり帽子、杖をリルの方に指し示している。

 そして帽子の下には、こちらを見下すような笑顔が垣間見えていた。


 気づくと、黒いローブを羽織った集団に周りを囲まれていた。

 そして、杖を持つ男の低い声が響く。



「牢屋に放り込んでおけ」



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