第77話 魔法使いの刺客
午後の陽光が差し込むはずの時間にもかかわらず、目の前に広がる森は不自然なほど薄暗い。
樹木の隙間から漏れる光は、青白く冷たい色調を帯びていた。
魔法学校の生徒と思わしき少年が、足早に森の一本道を歩いて行く。
その様子を、草の陰から覗き見ている者がいた。
「————やはり、この先に標的がいるようだな」
その男は草陰から顔を出し、少年が来た方向を見る。
周囲の闇に溶け込むような濃い緑のローブ。
そして、黒いマスクで鼻から下を隠し、顔が見えにくいようにしている。
「おい、あの少年はいいのか?」
「ただのガキだ。放っておけ————我々『アザール』は依頼内容に書かれていることだけを遂行する」
ガキのおもりは仕事内容に含まれていない。
男達は少年の走り去る方向とは逆方向に、足音を立てずに進み出した。
この男達————『アザール』は、汚れ仕事専門の魔法使い集団だ。
魔女や魔法使いの裏の依頼を、金目当てに引き受け、秘密裏に遂行する。
暗殺、誘拐、あらゆる闇の仕事を厭わない集団だ。
今回の依頼は、ある魔道具店の襲撃。
噂によれば、この店の商人は奇妙な魔道具を売り捌き、魔道具市場のバランスを崩しているという。
今まで調和を保ってきた、魔道具市場を荒らされており、手がつけられない状況だと。
本当の理由が正義のためか、単なる嫉妬からくるものか、そんなことはどうでもいい。
金を積まれれば、どんな仕事でも引き受ける。
それが彼らの掟だった。
しばらく進むと、依頼内容にあった標的の店が姿を現した。
特別目立つわけでもない、平凡な建物だ。
しかし、何の変哲もない建物でも、薄暗い森の奥に存在すれば不気味なものになる。
「よし、やるぞ」
「「ああ」」
リーダーの合図に、残りの二人が呼応する。
呼吸を合わせ、魔法の詠唱を始めた。
周囲の空気は徐々に魔力に満たされていき、オーラが風船のように膨れ上がっていく。
だが、その時————
「!?」
鋭い風の刃が、男たちめがけて迫る。
反射的に三人は身をひねり、一瞬の攻撃をかわした。
「誰だ!?」
『アザール』の三人は攻撃が飛んできた方向に注目する。
視線の先、木の上に誰かが立っていた。
そこにいたのは、動物の耳を頭から生やした、獣人のメイドだった。
「ミュガの索敵に引っかかったから来てみたけど————お兄さん達、客じゃないよねえ?」
軽やかな足音とともに、メイドが地面に降り立つ。
白と黒を基調とした、まさに給仕服として清潔感のある格好。
体の節々に、猫のような特徴が垣間見えていた。
だが、そんな格好に似合わず、両手には鋭いナイフを逆手に構えている。
そのナイフには、どうやら魔力が宿っているようだった。
この店の店員には見えないが、こちらをおもてなししてくれるようにも見えない。
彼女の態度には、三人の侵入者への明確な敵意を滲ませていた。
「女、ここの商人の仲間か?」
猫メイドは応答しない。
その沈黙こそが、すべてを物語っているかのようだった。
「貴様らには、魔道具を売るのをやめてもらう。ここの商人がいなくなれば、他の多くの魔法商人が助かるのだ————今すぐ我々の前から逃げ出すなら見逃してやってもいいぞ」
「嫌だと言ったら?」
不敵な笑みが、猫メイドの唇の端に浮かぶ。
目が三日月の形に細められ、その瞳には挑戦的な輝きが宿っていた。
そちらがその気なら、対応するまで————
「無論————死んでもらう」
『アザール』の魔法使い達の詠唱が始まる。
三人の洗練された呪文が、空気が震わせた。
魔力が渦巻き、目の前の空間に巨大な魔法陣を出現させる。
三人の魔力が一つに融合すると、魔法陣は大きなエネルギー弾を作り出した。
『トライゴン・ブラスト』
『アザール』の魔法使い達が魔法名を宣言し、魔力の塊が光を纏って猫メイドに放たれる。
その圧倒的な範囲攻撃に、猫メイドは為す術がない————かに思われた。
しかし、メイドはそのエネルギー弾を、まるで薄紙を切り裂くかのように、一瞬で切り裂いた。
「!?」
魔法エネルギーが空気中に胡散していく。
そして、メイドは間髪入れずに、こちらに構え直す。
風のような身のこなしで、メイドは魔法使い達に襲いかかった。
仲間の一人がなんとか回避したが、驚くべき速さと精密な動きでローブの一部が切り刻まれていた。
とてつもないスピード。
こちらの魔法を簡単に跳ね返すほどの魔力。
それでいて、これほどの運動量にも関わらず、魔力の揺らぎが少しもない。
魔法を使うということが、体に染み付いているのだ
こいつ、まさか————
「純粋種か……!」
三人の魔法使いの警戒度が、最大限に高まる。
メイドは軽々と木の枝に飛び移り、こちらを見下ろした。
「お兄さん達のような紛い物とは違うのさ」
猫メイドは上から笑みを浮かべていた。
こちらの実力————『亜人種』ということまで見抜かれている。
三人の誰よりも格上の魔女ということは、もう明らかだった。
————それだけの実力がありながら、なんとも度し難い。
「誇り高き純粋の魔女が、このような下賎な商売に身を落とすとは————魔女としての自覚はないのか?」
こんな妙な商売は、誇り高き魔女がすることではない。
怒り半分、挑発半分で、男が猫メイドに言った。
だが、その瞬間、猫メイドの雰囲気が一変した。
「お前達のようなネズミ共に、当主様のお考えなど分かるものか。侮辱したことを後悔させてやる」
笑顔は完全に消え、冷たい殺気が周囲の空気を凍らせる。
どうやら、今の発言は癇に障ったらしい。
ここからが本当の戦いのようだ。
「ふん、どれだけ粋がろうと、数の暴力には勝てまい……! 『シャドウズ・ファントム』」
『アザール』の魔法使い達は、得意の幻想魔法を使用した。
確実に相手を抹殺するために用いる必殺の魔法。
影を屈折させ、魔法の錬成によって自身の分身を生み出す。
三人の魔法使いが同時に呪文を唱えたため、分身の数も三倍増殖し、瞬く間に十数体の擬態した姿が出現した。
分身を含めた全員が、呪文を唱え、魔法を放つ。
どの攻撃が真の一撃となるのか、見分けることさえ不可能だ。
「押しつぶされろ!!」
無数の魔法の乱打、どれが本物かわかるまい————
これで終わりだ————
魔法使い達が渾身の魔法攻撃を放つ。
しかし————猫メイドは微動だにしなかった。
むしろ、攻撃の渦中に身を沈め、両手のナイフを低く構える。
そして、途轍もないスピードで振り抜いた。
『ストーム・マキシマム』
瞬間、斬撃の嵐が迸る。
風を裂くナイフの一撃は、魔法によって生み出された幻の分身を、まるで霧を払うかのように、一瞬にして消し去った。
草が、木々が、猫メイドの魔法によって激しく揺れる。
全てを切り裂いて、森の真ん中に鋭い風の渦を巻き起こした。
残ったのは————魔法防御を必死に維持していた、本体だけだった。
「貴様……何者だ!?」
驚愕が、魔法使いの声に滲む。
こんな魔法見たことがない。
あまりに強力すぎる。
魔法の規模も威力も、彼らの常識を完全に超越していた。
これだけの魔法を扱えるなら、魔法界にその名が知れ渡っていてもおかしくないはずだった。
それでいて、猫メイドはまだ魔力を上げている。
より強い魔法を行使する準備をしていた。
「こ、こいつ……!」
「言ったでしょう————お前達はあの世で後悔するんだよ!」
猫メイドは両手を前に翳し、充填した力を解き放とうとしていた。
それは『アザール』の魔法使い達が知らない超上級魔法。
伝説の魔女、あるいはその配下しか使えない魔法であった。
「これで————」
「何してんのよ」
突如————後ろから声をかけられ、猫メイドはずっこける。
気づけば、背後に二人の人物が近づいていた。
魔女のような装いの女性と、背丈の低いもう一人のメイド。
刹那、さきほどまでの圧倒的な殺気は跡形もなく消え失せ、猫メイドは子供のように縮こまっていた。
「あ、あの……姐さん、ミュガ、これは————」
「何一人で盛り上がってんのよ。魔法のことはよく分からないけど、あんたが本気を出したら色々ダメなんじゃないの?」
その女の指摘に、猫メイドは気まずそうな顔をする。
頭頂部に生えている猫耳がしおれていた。
「リーヤ……底抜けのバカ」
「うう……ようやく他の商人から刺客が送られてきたと思って頑張っただけなのに……」
小さい方のメイドにも指摘され、余計にしおれていた。
さっきまで発していた魔力と殺気は、完全にどこかに消え失せていた。
『アザール』の三人はこの隙に身を隠し、草陰から様子を窺う。
「もしや、あれが例の商人か?」
「おそらく標的だな————これはチャンスだ」
男達は突然舞い降りた絶好の機会に、ニヤリと笑みを浮かべる。
メイド達は凄腕の魔女のようだが、あの商人自体は魔力も凄みも何も感じない。
つまり商人自体は一般人で、用心棒をつけているということだろう。
依頼内容は店の襲撃、あるいはあの商人をどうにかすれば成功だ。
<標的がのこのこと出てきてくれたのなら、絶好のチャンスだ>
「————俺が行く、二人はメイド達を抑えろ」
『アザール』の一人が草陰を伝って、標的に近づいていく。
商人の背後から、致命的な攻撃を仕掛けようとタイミングを図り—————飛び出した。
「隙あり————なっ!?」
しかし、魔法使いの攻撃に商人は完璧に反応していた。
大ぶりの魔法攻撃を仕掛けてきた魔法使いに一瞬で接近し、ヒールを履いた靴を鳩尾に突き立てる。
その勢いのまま、地面に叩きつけられた。
「ぐほおおっ!!」
苦しそうに呻き声をあげ、仰向けの状態で商人に踏みつけられる。
それだけではなかった。
顔が一瞬のうちに蒼白になり、口から血がぶくぶくと溢れ出る。
まるでヒールの踵から何かが送り込まれているかのように、鳩尾の部分から肌が変色していた。
「————お前は良くないな……下水管のドブの匂いがする。LAのスラム街でコソコソと這い回るゴキブリ以下だ」
商人は冷徹な眼差しで、ピクピクと痙攣し始めた男からヒールを引き抜く。
そして、草陰に隠れた残りの二人に、まるで透視するかのように正確な視線を向けていた。
完全にどこに隠れているか、把握されていたのだ。
「二度と私の前にその汚いツラを見せるな」
威圧するように、その商人はこちらを睨みつける。
二人のメイドもギラギラとした目でこちらを補足していた。
もう、この三人にはどこに隙がない。
これ以上は危険か————
「————一旦引くぞ……」
『アザール』の魔法使い達は、死んだ仲間を見捨て、草陰の中を敗走した。
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