第45話 最初の血煙
「セラフィリア様ぁ!!」
突如として、扉を開けて現れた真紅の魔女————セラフィリアに伸ばしていた手を引かれる。
そして、強く抱きしめられた。
「よく生きていたな」
セラフィリアはシーナの背中をぽんぽんと叩く。
彼女の胸の中は安心感と頼もしさに満ちており、シーナは涙を堪えられなかった。
「ど、どうしてここが分かったのですか……!?」
「賢者の扉から血痕が続いていて、それを追ってきたんだ。決して少なくない血の量だったが、大事には至らなかったみたいだな」
セラフィリアは一旦シーナの体を離し、頭に手を置く。
そして、優しく微笑みを浮かべた。
「皆でお前を助けにきたんだ。心配していたぞ」
そう言われた瞬間、胸の辺りに暖かいものが広がった。
彼女の言っている皆には、きっと賢者様も含まれている。
私を見捨てず、助けに来てくださったのだ。
「よし、さっさと元の世界に帰るぞ」
「はい!」
「おいおい————何勝手に話進めてんすか」
二人はその場から離れようとしたが、後ろにいた金髪の男に止められる。
存在を忘れていたわけではないが、セラフィリアとの再会で完全に意識外になっていた。
だが、ここはシーナのいた世界とは全く異なる場所。
すんなり帰らせてもらえるほど、甘いものではなかった。
「そいつは、俺の金のために死んでもらうとこなんすよ————邪魔すんじゃねえ!!」
男は懐から銃を取り出した。
セラフィリアはシーナを抱え、咄嗟に回避行動を取る。
大きな銃声が鳴り響き、さっきまで二人がいた場所に火花が散った。
「うわああっ!!」
なんとか扉の前から移動して避けることに成功したが、当たればただじゃ済まないことはもう知っていた。
そして、部屋の方から男が追ってくる音が聞こえる。
「ちっ……一旦逃げるぞ」
セラフィリアはシーナの手を引いて走り出した。
二人は日光が当たらない、狭い通路を全速力で進む。
初めて見る扉の向こうの世界は異質だ。
建物がいくつも立ち並び、どれもシーナの知っている木製の家ではない。
細い筒や黒い線のようなものが頭上を行き交い、まるで蜘蛛の巣のように絡み合う。
壁に点々と取り付けられている金属製の明かりも、松明などではない別のエネルギーによる光で、薄暗いこの通路を照らしていた。
明らかに文明の進んだ世界。
それを————じっくり見物している暇はなかった。
「逃げんじゃねえっすよ! クソ野郎どもが!!」
金髪の男が追いすがり、二人の背中を目掛けて銃を放つ。
だが、通路をランダムに曲がるセラフィリアの動きを捉えられない。
銃弾は二人に当たることはなく、肩を掠めていった。
「ちょこまかと————ゴキブリすかぁ!?」
セラフィリアとシーナは何度も曲がり角を曲がり、男の射線から逃れる。
リルとの戦闘を何度も見てきたため、銃撃の特徴というものは頭に入っていた。
遮蔽物さえあれば敵の攻撃が当たることはない。
この狭い通路にいる限りは、二人が凶弾に捕まる可能性は低いだろう。
しかし、どこかで切り返さなければ、限界がやって来る。
二人はなんとか男の銃撃を掻い潜り、また曲がり角を曲がった。
だが、その先に続く道はなかった。
行き止まりだ。
「————隠れろ!」
セラフィリアとシーナは、二人がちょうど隠れられそうな大きさの木箱に身を隠す。
それと同時に追っ手の男も曲がり角を曲がり、行き止まりの道へと辿り着いた。
「鬼ごっこはもう終わりすかぁ? 手間かけさせやがって……」
金髪の男もこの先に逃げ道がないことは一目で分かったようだ。
勝ちを確信した男は、笑みを浮かべながらゆっくりと近づいていく。
このままでは追い詰められて殺されるだけだ。
もう逃げ場がない。
「セラフィリア様……このままでは————」
シーナは焦って声をかけようとしたが、すぐに口を噤んだ。
この絶体絶命の状況で、セラフィリアは集中していたのだ。
呼吸をなんとか整え、目を閉じ、雑念を取り払う。
セラフィリアは逃げながらも好機を待っていたのだ。
相手が油断するこの瞬間を————
完全にこちらの負けと思わせるこの状況。
この時こそ、最高の騙し時。
「右手で持って、左手で支える————狙うのは、相手の頭……!」
呼吸を止めてみろ。頭が冷えて、手の震えがマシになる————
セラフィリアはそのように呟き、呼吸を止めた。
そして、木箱から勢いよく立ち上がり、遮蔽から飛び出した。
懐から取り出した銃を、男に向ける。
「なっ……!?」
反撃してくると思わなかった男は明らかに動揺していた。
————ほら、引き金を引いてみろ。
その隙をセラフィリアは逃すことなく、引き金を引いた。
「————————!!」
乾いた銃声が路地裏に鳴り響く。
震えた銃口が向く先、セラフィリアの正面にいる男は、額にドス黒い穴が空いていた。
人形の糸が切れたかの如く、男はその場に崩れ落ちる。
そして、ぴくりとも動かなくなった。
「はあ……はあ……はあ……!」
「セラフィリア様!」
シーナはすぐにセラフィリアの元に駆け寄る。
セラフィリアも緊張の糸が切れたのか、へたりとその場に座り込んだ。
これは、確かリルが持っていた銃の一つだ。
魔法が使えない今のセラフィリアの唯一の武器。
この一発に自分の命をかけて、セラフィリアは敵から逃れたのだった。
「はあ……なんとかなったな」
大きく息を吸って、無呼吸状態だった体に酸素を取り入れようとするセラフィリア。
危機が去り、束の間の安全に、安堵の表情を浮かべていた。
二人は顔を見合わせて少し笑う。
だが、ここから気を引き締め直さなければいけなかった。
「————まだ助かったわけじゃない、むしろ危険で厄介なのはこの後だ」
セラフィリア達はここからまず賢者の扉まで無事に辿り着かなければならない。
ここから元の世界に戻ったところで、待っているのはラムエリアとジン、最強の魔女陣営だ。
今はアイスとリルが引きつけてくれているおかげで、セラフィリアがここまで来ることができたわけだが……
「リルはともかく————アイスはもう駄目かもしれない。なにせあのジンと一対一でやり合っているというのだから」
もうかなり時間が経ってしまっている。
こうしている間に二人ともやられてしまっていてもおかしくはない。
そのようにセラフィリアが心配する中、シーナは彼女の言葉を聞いて、固まっていた。
あの方が一人で婦長様と————
であれば、私の記憶が正しければ、何とかなるのかもしれない。
シーナは思考を働かせ、思いついたことをセラフィリアに伝える。
「いえ、もし賢者様が婦長様と一人で相対しているなら————もう大丈夫です」
「ん? どういうことだ? アイスはただの人間だという話ではないのか?」
ただの人間に、ジンをどうこうできるはずがない。
婦長様にも、アイスはただの人間であると言われた。
確かに、アイスはシーナの世界に伝わる賢者としての能力を持ち合わせていないのかもしれない。
魔力もなければ、魔法の知識も持ち得ないのかもしれない。
だが、シーナはアイスの底知れない何かを、ひしひしと感じ取っていた。
「私が思うに、アイス様は、間違いなく賢者様です————もしくは、賢者様以上の権能をもつ存在」
私が助かったのも賢者様のおかげだ。
そして、これから起こることを想像すると、もう全て賢者様の手のひらの上なのだ。
「な、何を根拠にそう言えるんだ?」
訳が分からないと言いたげなセラフィリア。
シーナは蘇った記憶を————賢者様が賢者様たり得る理由を、セラフィリアに話す。
「死の淵に立たされて、賢者様のことを思い出したのです。賢者様と最初に出会い、私が治癒魔法を行使して意識が朦朧としていた時、一体何があったのかを————」
あの時すでに、布石が打たれていたのだ。
シーナは賢者の扉へと向かいながら、セラフィリアに説明した。




