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第34話 刺客

 山々の中腹に、ぽっかりと開いた洞窟の入り口。

 周囲の緑に囲まれたその黒い穴は、まるで自然が意図して開けた扉のように、静かに佇んでいる。

 周りには鬱蒼と生い茂った木々、その上には、今にも雨が降りそうな曇り空が広がっていた。


『ヴァイ・セヴァルト大森林』北側のとある洞窟。

 クレイグ一派が棲家としている、冒険者達のアジトだ。


 その入り口で、数人の冒険者達が気を失っていた。


「くっそ……あのデカブツが……!」


 すると、倒れていた冒険者の一人の体がピクッと動き出した。

 体を起こし、だるそうに首を回す。


 周りを見渡し、状況の確認をしようとしていると、他の冒険者もほぼ同じタイミングで意識を取り戻した。


「……大丈夫か?」


「ああ、でもクレイグさんの命令をこなせなかった。あとで何されるか分かったもんじゃねえな」


「今のうちにとんずらこいた方がいいかもしれんな……」


 クレイグに入り口を守るように命じられていたのだが、襲撃してきたラガスにやられて気を失ってしまっていたのだ。


 さすがにゴールドの冒険者の中でも上位の実力者。

 クレイグに稼がせてもらって昇格した自分達とでは、実力に差があるのは当然だ。


「中はどうなってんだ? まさかとは思うが、ラガスの野郎がクレイグさんをやっちまったとか……?」


「そんなわけねえだろ。いくらゴールドの冒険者と言えど、クレイグさんには勝てるわけねえ。それにクレイグさんだけじゃなく直属の部下もついてるんだ。あいつらは相当手練だぜ」


 ただ体のでけえやつ相手に遅れはとらねえはずだ。

 周りの冒険者も確かに、と頷いている。

 クレイグの強さと恐ろしさは、下っ端であろうと全員知っていた。


「でも、俺たちが伸びてる間に仲間を呼ばれていたら————不味くね?」


「なに!? お前それ知っててなんで黙ってたんだ!?」


「可能性の話だよぉ! 意識が朦朧としてたけど、誰か来たような気もするし……だとしても、俺達は洞窟内に入るなって言われてるから追いかけるわけにも……」


 仲間の一人がもじもじと言い訳をする。

 だが、その男の言い分も分からなくはない。


 男達は不安そうに洞窟内を見つめるが、その内の一人が首を振った。


「まあ、だとしても心配ねえだろ。クレイグさんが脅して集めたアベント中の下級冒険者達が控えてる。ラガスが来た時点で合図は送ってあるから、あとは物量で終わりだ」


 ラガスが襲撃に来た時点で照明弾で合図をしていた。

 直にクレイグに操られている冒険者の大群が押し寄せる。


 洞窟の中に何人いようが、ここ以外に出口はない。

 圧倒的人数差で押し潰されて終わりだ。


「じゃあ、依頼は達成だな。これでしばらくは遊んで暮らせるんじゃねえか?」


「————なあなあ、クレイグさんに頼んで、あの()()()()をちょっくら借りちゃってもいいんじゃねえか? なかなかのいい女だったぞ……!」


「やめとけまじで、ありゃ商品だぜ? でも、ちょっとくらいいいか」


 がははと大口を開けて笑い合う冒険者達。

 今回は大掛かりな作戦だったが、それに見合った報酬がもらえそうであった。

 帰ったら、しこたま酒を飲んで、女遊びをする余裕だってありそうだ。


 冒険者達は依頼の達成を確信し、浮かれていた。


 ただその時————冒険者の一人の肌をひらりと何かが撫でる。


「うわっ、なんだ?」


 突然の妙な感触に驚くが、感触のあった部分には一見何もない。

 いや、よく見ると透明な糸のようなものが肌に付着しているのが分かった。


「なんだよ、蜘蛛の糸かなんかじゃねえか? 洞窟なんだから蜘蛛ぐらいいるもんだ」


 冒険者達は再び笑う。

 確かにそれは、蜘蛛の糸にしか見えない。


 だが、それに触れている冒険者のみが、妙な違和感を覚えていた。


「いや、なんだかこの蜘蛛の糸、やけにかた————」



 次の瞬間————


 その透明な蜘蛛の糸が首に巻きつき、冒険者の首を()()()()



「————は?」



 地面に首が転がる。


 一瞬すぎて、周りの冒険者達は目の前の光景を認識できない。

 何が起こったのか理解することを、頭が拒否しているのだ。


「おい、お前一体何が————」


 状況を理解する間もなく、他二人の体にも蜘蛛の巣が巻きつく。

 そして、体が切り刻まれた。


 切り刻まれた肉塊が、地面に落ちる。

 洞窟の地面には、花が咲くように真っ赤な血の紋様が刻まれた。


 冒険者達の声が一切消えたあと————カツ、カツ、とヒールが石の地面を蹴る音が響き渡る。


「————魔女を汚そうとしたのです。あなた達が生きる道はありませんでしたね」


 炎をも凍らせるような、冷たい声。

 襟元には白いレース、その繊細な模様は服全体に優雅さを添えている。

 白と紺のコントラストが美しく、細部にまで丁寧に手入れされている服は、この埃っぽい洞窟とは似つかわしくなかった。


 薄暗闇から現れたのは、冷ややかな微笑を浮かべたメイドであった。


「さて————ラムエリア様に命じられた仕事をこなすとしましょう」


 その女は、小綺麗な所作で立ち止まる。

 一瞬の静寂、洞窟の空洞音だけがその空間に響き渡っていた。


 次の瞬間————メイドの姿がかき消える。



 ————()()()()を、最も早く察知したのはリルだった。

 かつてないほどの危険が迫っていることを肌で感じていた。


 脳が思考する前に体が動く。

 リルはセラフィリアの方に全力で向かい、手を伸ばした。


 だが————それすらも間に合わなかった。


「!?」


 セラフィリアの目の前に、突如として何かが現れた。

 それが何かを認識する前に、透明な糸がセラフィリアの体に巻きつく。


 セラフィリアは全く反応することができず、その糸をもろに体に受けた。

 そこで初めて、リルの手がセラフィリアの元に到達するが、()()()によって弾かれる。


「うわっ!!」


「な、なんだ!?」


 リルが手を弾かれた衝撃で後ろに吹き飛んだ。

 それによって初めて、リル以外が異変に気がつく。


 するとそこには、透明な糸で拘束されたセラフィリアと、澄ました顔をしたメイドの姿があった。


「婦長様……!?」


 シーナが目を見開く。

 それと同時にガタガタと体が震えはじめた。


 シーナが婦長と呼ぶということはすなわち、魔女家の人間。

 間違いなく、セラフィリアを連れ戻すために、あの館から送られた刺客であった。


「お迎えに上がりましたよセラフィリア様」


「ジン……!」


 セラフィリアは恨めしそうにジンと呼ばれた魔女家のメイド長を見る。


 ジンが現れる直前、クレイグは『メイドに依頼された』と言っていた。

 この状況から察するに、依頼したのはジンだ。


 ジンがセラフィリアを捕えるようにクレイグ達冒険者に依頼し、アイス達全員をここに誘い込んだのである。

 クレイグが魔法を封じるとんでもアイテムを持っていたのも、これで説明がつく。


「ぐ、ぐぅ……!」


「クレイグ……!」


 当のクレイグはジンの着地点にいたのか、ジンに踏まれ、地面に顔を埋めていた。

 ジンの体は華奢で、非力そうな見た目にも関わらず、彼女のヒールはクレイグの背中にかなり深くめり込んでおり、少しも身動きが取れない。


「ジン、どうしてこんなことができたのだ……!? 私たちの動向を完全に把握していなければこんなことはできないはず……」


 セラフィリアには転移魔法がある。

 その気になれば、大陸の端まで一瞬で移動できるため、場所を特定するのはほぼ不可能だ。


 それに、アイス達が冒険者になることも誰が予想できるというのだ。

 アイス達が冒険者になることを知っており、クレイグ達と接触がある事を知らなければ、これを仕組むことは不可能だ。


 セラフィリア————そして、この場にいる全員の疑問に対し、ジンは薄い笑みを浮かべたまま答えた。



「簡単ですよ。貴方達の行動は、全て丸見えでしたから」



 ジンはそう言うと、アイスの方に指を向け、何かしらの合図をする。

 すると、アイスのロングコートのポケットから、カサカサと小さい蜘蛛が飛び出した。


「この眷属に害はありませんが、魔力もないので魔力検知では見破ることはできません————私が囚人をみすみす逃すと思っていたのですか?」


 最初から全て分かっていたのか。


 ヴァイ・セヴァルト大森林を抜け、アベントに向かったことも。

 ギルドに行って冒険者になったことも、ミノタウロスとバエル・エンファを倒したことも。


 この全てが、たった一匹のこの小さい蜘蛛のせいで、ジンにはお見通しだったという。


「チッ……やられたな」


 アイスは舌打ちをする。

 自分に細工されているとは、少しも警戒できていなかった。


 むしろ現実世界でなら、盗聴器やGPSの存在に気づけていたかもしれない。

 この世界は文明が遅れているという客観的事実で、そのような搦手(からめて)があることを想像できなかったのである。


「そんな————こんなのおかしいです!」


 シーナが突如叫んだ。

 納得できないといった様子で、感情的に楯突く。


「婦長様が優秀なのは知っています……それでも、賢者様の思考を超えられるとは思いません! そんな小細工も、きっと賢者様は分かっていたはずです! なのになんで————」


 ジンがとてつもなく頭が切れることはシーナもよく知っている。

 それでも、知識を司ると言われている賢者に勝てるとは思えない。


 それに、蜘蛛も魔法で召喚したものだ。

 魔法のスペシャリストである賢者には、そんなものは通用しないはずなのだ。


 その時、ずっと笑みを浮かべていたジンが、スッと真顔になる。


「全く————あなたは本当に愚かですね。その理由は簡単ですよ」


 ジンは徐に指を差した。

 その先にいるのは、ロングコートにサングラスをかけた怪しい男。

 賢者を名乗るアイスだ。


 その男に対し、ジンは真実を突きつけた。



「その男が、偽物だからですよ」


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