第31話 見えない謀略
「野郎ども! やっちまえ!!」
クレイグ一派の冒険者が突撃してくる。
ラガスは得意の防御の構えで、冒険者達の攻撃を待ち構えた。
『モノセロ迷宮』で、ラガス達はクレイグ一派の冒険者パーティと戦闘したが、その時とはわけが違う。
あの時は3人だったが、今回は見えるだけで10人以上いるのだ。
「一気に畳みかけろぉ!」
「すり潰せぇ!!」
アタッカーの冒険者がヒットアンドアウェイで攻撃を加え、アタッカーが退いたタイミングでメイジが後方から魔法を放つ。
矢継ぎ早に剣と魔法が飛び、ラガスは防御の態勢から動けていなかった。
敵は冒険者一人なのでタンクの役割は必要なく、アタッカー、メイジで高速で攻撃を重ねることにより、相手に何もさせない。
これが上級冒険者パーティの戦い方、洗練されたコンビネーション。
「……!」
目まぐるしく手を替え品を替え、虐殺のようにも見える猛烈な攻撃を、たった一人の敵に対して叩き込む。
一方的な戦闘だった。
だが、ラガスはただ攻撃を耐えていたのではない。
蛇のように好機を伺っていた。
「そらもう一発————」
その時、アタッカーの攻撃がほんの一瞬だけ遅れた。
常人では気づくことができないほどのわずかな時間を、ラガスは見逃さなかった。
『堅武、ガーディアン・スラッシュ』
一瞬の隙をついて、ラガスは大剣をふるった。
突然の反撃に、飛び込んでいたアタッカー達は反応できない。
冒険者達はラガスが作り出した大剣による衝撃波をもろに食らい、弾き飛ばされた。
「ぐはぁっ!」
吹き飛ばされた冒険者達は石壁に激突し、動かなくなった。
それにより、クレイグ一派の攻撃が完全に止まる。
さっきまで数々の攻撃をその身に受けていたにも関わらず、ラガスは少しもダメージを受けていなかった。
「————どうした? もう終わりか?」
ラガスは少しも表情を変えないまま、クレイグ一派の冒険者を挑発する。
1対多数、とてつもないハンデを背負っているにも関わらず、消耗の差は歴然だった。
冒険者達とラガスの間には、そう簡単には超えることのできない大きな壁がある。
「やべえあいつ……絶対にゴールドの器じゃねえ……!」
「実力は完全にプラチナ並みだ……!」
普段はモンスターに対して行うような攻撃を、一人の人間に対してぶつけていた。
ミノタウロスなどの大型のモンスターでさえも、これほど猛烈な攻撃を喰らえば一溜りもないだろう。
にも関わらず、ラガスは倒れるどころかピンピンとしてそこに立っている。
すなわち、大型モンスターをはるかに凌ぐ防御力を持っているということだ。
怖気付いた冒険者の一人が、クレイグの元に走った。
「クレイグさん……やっぱりあいつ————おぶぅっ!?」
助けを求めようとしたところ、顔を正面から鷲掴みにされる。
そして、空中に引き上げられた。
「びびってんじゃねえよ、あんなのでかいだけだろうが」
クレイグは笑みを浮かべていたが、その笑顔の裏からは苛つきが滲み出ていた。
頭を掴み上げた手下を後方に投げ捨て、クレイグは前に出る。
そして、腰元にある剣を鞘から引き抜いた。
「しょうがねえ、俺が一発で状況を覆してやるよ」
「クレイグ……!」
うすら笑みを浮かべながら、クレイグはラガスに近づいていく。
ラガスは警戒度を上げ、大楯を構えて待ち受ける構えを見せた。
しかし次の瞬間————目の前にいたはずのターゲットが掻き消えた。
「なに!?」
速すぎてどこに行ったか見失った。
一瞬でも隙を突かれれば勝負が決するのが上級冒険者同士の戦い、クレイグがどこにいるかを探している余裕はない。
ラガスは勘に任せて後方に振り向くと、剣の刺突が目の前まで迫っていた。
なんとかそれに反応し、攻撃を大楯で防いだ。
しかし、クレイグの剣はあまりにも重たかった。
ラガスが体勢を崩していたのもあり、あまりの攻撃力に衝撃が大盾を貫通した。
そして、その巨体が宙に浮く。
「そらよぉ!!」
クレイグはその勢いのまま、剣を振り切った。
ラガスはその剣を受け止め切ることができず吹き飛ばされ、後方の石壁に叩きつけられる。
あまりの衝撃に、洞窟が揺れた。
「俺のジョブは剣士。俺様の攻撃力に耐えられるといいなデカブツが」
壁にとてつもない勢いで衝突し、ラガスは戦闘が始まって初めて膝をついた。
頭から血を流しており、明らかにダメージを負っている。
大盾はクレイグの高い攻撃力によって、歪んでしまっていた。
これがプラチナ級の冒険者。
たった一撃で、力の差を見せつけられた。
同じパーティだった頃からクレイグは自身の才能を早くから開花させていた。
それからラガスは、一度たりともクレイグに勝利したことはない。
この差がこの戦闘の間で埋まることは絶対にないだろう。
「望むところだ……クレイグ……!」
それでもラガスは、負傷を負ってよろけながらも立ち上がる。
力の差があろうと、諦めるわけにはいかなかった。
何よりも仲間を大切にするのが冒険者の矜持。
ここで、立ち上がらないという選択肢はない。
「うおおおおおおおおっ!!」
*
洞窟内に打撃音と魔法の爆発音が交互に響き渡っていた。
セラフィリアは見ているから分かるが、その音の中にラガスの攻撃によるものはほとんどない。
クレイグの戦闘の仕方は消極的だ。
ラガスに対して、敢えてそのように立ち回っているのかもしれない。
受け身の姿勢でいられると、ラガスの方から攻撃を仕掛けざるを得なくなる。
しかし、ラガスが裂帛の気合いを込めて突進をしてもクレイグの速さには遠く及ばない。
全ていなされ、重たい反撃を入れられていた。
そして、敵はクレイグのみではない。
クレイグに攻撃され、体勢を崩したところに魔法が放たれる。
取り巻きの冒険者は前衛のクレイグを邪魔しないようにそれのみを徹底していた。
こうなってしまうと、戦士一人では圧倒的に不利だ。
守ることに特化したラガスの戦闘特性において、自分から仕掛けないといけないこの状況は、自分の得意分野を捨てて戦っているようなものだった。
戦況を打開するような、逆転の目は存在しない。
徐々にラガス側の体力が削られていった。
時間をかければかけるほど、人数の差がラガスを苦しめる。
「このままじゃどうにもならない……!」
セラフィリアは唇を噛み締める。
ラガスに勝ち目がないのは明らかだ。
どうにかしたいのは山々だが、セラフィリアも身動きが取れない。
全てはこの忌々しい謎の魔石のせいだ。
この状況で、セラフィリアができることは何もなかった。
くそ……こんな時に————
どうして、あの二人の顔が脳裏をよぎるのだ。
あの二人なら何とかしてくれると思っているのか。
……冗談だろう。
あいつらは賢者ではないはずなのに。
どうして————こんなに期待してしまう?
この状況すらも、アイスなら織り込み済みなんじゃないか。
リルならクレイグに勝てるのではないか。
なんて、いつから私は他人に期待するようになっているのだ。
誇り高き、魔女であるはずのなのに……
セラフィリアは首を振って雑念をかき消した。
ちょうどその時だった。
「ははぁ! 雑魚が! このままなぶり殺しに————」
「ま、まってくれぇ! クレイグさん!」
洞窟の入り口から声が響く。
ハッとセラフィリアが顔を上げたが————入ってきたのはアイスではなかった。
その男には、見覚えがあった。
ラガスに助けを求めていた冒険者だ。
あいつもクレイグ一派だったのか……
いや待てよ。
この男がわざわざこのタイミングで現れたということは————
「入り口から敵襲だ! あいつら、怪物をテイムしてこの洞窟に解き放ちやがった!」
男は慌てた様子でクレイグに駆け寄る。
クレイグ一派の冒険者達は、一体何が起こっているのかとざわざわし始めた。
ここで、セラフィリアは勘付いていた。
これはきっとアイスの差金だということに。
おそらくあの冒険者を操って、嘘を吹き込んだのだろう。
全員を洞窟の入り口に誘い出し、返り討ちにするつもりだ。
この状況に希望を見出し、自然と笑みが溢れる。
「クソでけえ体で、洞窟の中を走ってきてやがる! ハルクみてえな奴らが俺達を殺しに来るんだ! 誰か手ぇ貸してくれ! 誰か————」
突如、男の声が寸断される。
さっきまで大声で喋っていた男の胸から血が吹き出した。
クレイグが高速で移動し、その男を切り伏せたのだ。
「————うるせえなぁ、今、俺が楽しんでるところだろうが」
白けたような顔で、クレイグはけっと吐き捨てる。
セラフィリアの顔は蒼白になり、ラガスは呆気に取られていた。
「言っておくが、洞窟には誰も入るなと言い聞かせてある。これ以上、俺の仲間だと名乗る奴が入ってきたら、そいつは裏切り者だってことだ」
じゃあ、アイスの作戦は失敗に終わったというのか。
これでは、冒険者達を誘導できない。
逆にこのまま洞窟にのこのこと入って来ても袋の鼠だ。
どうすれば————
セラフィリアが少なからず動揺している中、ラガスはまた武器を構える。
彼の闘志はまだ消えていなかった。
「元より助けなど求めておらん————続きだ!」
「てめえが偉そうな口を叩くな!」
再び、二人がぶつかり合う。
しかし、クレイグの方が圧倒的にスピードが早く、ラガスが押され始める。
クレイグ一派の魔法士達も魔法攻撃を再開し、ラガスを七色の光で包み込む。
爆発を起こし、煙が洞窟内に舞い上がった。
砂塵と魔法による煙で、空間が満たされる。
洞窟を揺らす爆発音は、しばらくの間、ひっきりなしに続いていた。
そして————決着は唐突に訪れる。
「ぐぬぅ……!」
ラガスが、その場に倒れ伏した。
まだ息はあるが、碌に体も動かせない。
ラガスは負けてしまったのだ。
「終わりだな。あそこの仲間は売らせてもらうぜ。それまでそこで指を咥えて見てるんだな」
その後にじっくり殺してやるよ。
未だ余裕のあるクレイグはそう付け加えながら、剣を鞘に納める。
後ろに振り向き。ラガスの下から去ろうとした。
その時だった。
「————おうおうやってんな」
いつの間にか、ラガスの隣に二人の人影が見える。
突如、現れたのはアイス達だった。
黒いマントのような長い上着と、いつもの黒い眼鏡のアイス。
リルは髪を一本に纏め、灰色の帽子がついた服のポケットに手を入れている。
格好と雰囲気からして、明らかに異質な存在である。
「にいちゃん……!」
「アイス……!」
「どいつもこいつも元気よく出ていった割にはだらしねえな————ったく、世話が焼けるぜ」
アイスはラガスの下にしゃがみ込み、ニタニタと笑みを浮かべている。
何を考えているか分からない表情だ。
「てめえ……あの時の口の悪い女だな?」
クレイグはリルの存在に気づき、指を差す。
否定しない様子を見るや、クレイグは吹き出し、高笑いを始めた。
「今更何しに来たんだばーか! その木偶の坊がまだ使い物になっているうちにくりゃ、人数差で俺に勝てたかも知れねえのによ! あ、人数差で言えば、お前らに鼻から勝ち目なんてねえけどな!」
洞窟に響き渡るほどに大声で笑う。
確かに満身創痍のラガスに二人加わったところで、焼け石に水だ。
アイス達には銃という最強の武器もある。もっと早い時点で突入すれば、不利な状況を覆せたかもしれないのに。
これではもう、人数差を覆すことはできない————はずであった。
アイス達二人は顔を見合わせて、肩を竦めてみせた。
「バカはてめえの方だろクソ野郎。よく周りを見てみろ」
リルの発言にクレイグは眉を顰める。
言われた通りに辺りを見渡してみると、土煙が酷く視界が悪い。
いや————よく見るとこれは、自然的な煙ではない。
それに気づいたクレイグは、剣を鞘から引き抜く。
そして、勢いよく剣を振り、その風で煙を払い飛ばした。
クレイグを中心に視界が一気に広がった。
すると、先ほどまでクレイグを援護していたはずのクレイグ一派の冒険者達が、軒並み倒れていたのである。
よく見ると、足元には鉄の筒が数本転がっていて、それからは絶えず白い煙が立ち上っている。
その物体が、煙幕であると理解するのは、難しくなかった。
この煙が充満している間に中に侵入し、冒険者達を一人ずつ倒していったのか……!
「……なんでだ? 入り口はそこしかねえ。煙幕を投げ入れる隙間なんて他にねえはずだ」
クレイグの言う通り、入り口はアイス達の後方にある一つしかない。
そこからこれほどの数の煙幕を投げ入れられれば、クレイグのような実力者じゃなくたって気づく。
それに対し、アイスはあっけないほど簡単な答えを提示した。
「だからその前提が間違ってんだよ。誰がいつ俺達がやったって言ったんだ?」
クレイグがハッと気づき、もう一度洞窟内を見渡す。
すると、奥の方にただ一人倒れておらず、ぼうっと突っ立っている冒険者がいることに気づく。
それにもセラフィリア、そしてラガスは見覚えがあった。
ミノタウロスの金の角を求め、『モノセロ迷宮』に赴いた時に出会ったクレイグ一派の冒険者の一人だったのだ。
その男は、まるで魂が抜かれたようにそこに立ち尽くしていた。
「そいつとは以前知り合っていてな。とある合言葉が聞こえたら、渡しておいた煙幕を使ってくれって頼んでおいたのさ」
アイスは満足そうに、事の種明かしをす。
『モノセロ迷宮』で見逃した冒険者の一人にヒプノシスをかけていたのか。
もしも、クレイグとやり合うことになった際に、有利に立ち回れるように。
思い返してみれば、途中で入り口から入ってきた男の言葉の中に、聞きなれない単語が含まれていた。
ハルクという言葉————アイス達の世界の化け物を形容する言葉なのだろうが、それはこちらの世界には存在しない。
これが、合言葉であり、アイスのヒプノシスが発動するトリガーになっていたんだ。
一体、どこまで見越してこのような仕掛けを……?
セラフィリアはアイスの用意周到さに、空いた口が塞がらなかった。
「————クソが、俺の手下を操りやがったんだな……? ここから生きて出られると思うなよ!」
クレイグはここでようやく敵対心をあらわにした。
どのみち、手負いのラガスを連れて洞窟から出るのは不可能だ。
アイス達はここでクレイグを倒さなければならなかった。
「バトンタッチだぜラガス、休んでな」
未だ、体を起こそうと無理をしているラガスを押さえ、リルが前に出る。
ラガスにここまで圧倒的に勝利したプラチナ級冒険者。
それに、リルが挑もうとしていた。
「こんなやつ————あたし一人で十分だぜ」
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