第28話 亀裂
「————で、次はどうすりゃいいんだ?」
リルが外の屋台で買ってきた焼きそばを頬張りながら尋ねる。
ラガスと別れ、四人になったアイス達賢者一行。
ギルドの隅の円卓で腹ごしらえをしながら、今後どうするかを話し合っていた。
昼を過ぎたが、やはりギルド内は人が少ない。
この街の大半の冒険者達は、クレイグという男に騙されて大規模なクエストとやらに駆り出されているのだろうか。
いつもは騒がしいギルド内で、隙間風の音すらも聞こえるほど静かというのは、不穏な空気を感じざるを得なかった。
「おい……どうなんだよ?」
リルは、セラフィリアに尋ねたつもりだったが、彼女は黙りこくったままだ。
代わりにシーナが挙手をして、リルの問いに答える。
「————えっと、伝説ではこうです。『選ばれし勇者の右腕を代償に、王の供物を捧げれば、大いなる鍵を作る資格を与えられる』となってます」
「またファンタジーチックなワードが出てきたもんだ。今だったらロード・オブ・ザ・リング並の脚本が書けそうだぜ————で、その勇者様ってのはどこにいるんだ」
「本で読んだことがあります! 『勇者』も賢者様と同じく英雄の一人なのですよ」
勇者とは————魔王を倒し、この世界を救ったとされる英雄の一人である。
あらゆる剣技に秀で、誰よりも勇敢であり、誰よりも慈愛に満ちていた。
大昔、魔王に支配されていたこの世界の現状に憂い、魔王討伐を志し、仲間を集めた。
あらゆる強敵を打ち倒し、ついに約500年前、魔王の元に辿り着き、討伐を果たした。
すなわち勇者こそが魔王を討伐した真の英雄とされている。
賢者は勇者のパーティメンバーの一人で、魔法士を担当していた。
「賢者様が『魔法と知識』を司るなら、勇者は『剣と冒険』を司っている英雄と言われています。現在の冒険者、そして冒険者ギルドを作ったのも勇者なのです」
「ほーん、そいつはすげえや。だとしたら、『勇者の右腕』とやらはどこにあんだよ?」
「……分かりません」
シーナは体を小さくして、謝罪を述べる。
アイスとリルは顔を見合わせて、肩を竦めるほかなかった。
セラフィリアも沈黙しているので、アイス達にこれ以上の情報はない。
「冒険者という概念を作ったのが勇者とされているので、冒険者達に話を聞いてみれば何か分かるかもしれませんが————そもそも勇者も賢者様と同じく封印されているはずなので、一体どうすればいいのやら……」
シーナはこれ以上情報を出せず、セラフィリアの方をちろんと見て、助けを求めた。
しかし、セラフィリアは仏頂面のまま、何も言うことはなかった。
嫌な沈黙が流れ、気まずい空気がアイス達の間を漂う。
「まあなんだ……今までもあたし達は協力して色々とやってきたわけだし、次もチームワークってやつがあれば、まあなんとかなるもんじゃねえのか?」
「————私がいつ貴様らと協力した?」
すると、セラフィリアが低い声でリルの意見を否定する。
ようやく口を開いたかと思えば突っかかってきたセラフィリアに、リルは顔を顰めた。
「————ったく、機嫌わりぃな……もしかしたらラガスは何か知ってたかもしれねえのに、追い払っちまったのはてめえだろうが」
「うるさい!」
セラフィリアは机を強く叩いて立ち上がる。
ギルド内に音が響き渡り、ギルド職員が何事かとこちらの様子を伺っている。
「どうして私が貴様らに合わせなければならない! 貴様らのような雑魚の手を借りずとも、『賢者の試練』など私だけで突破することができるのだ!」
貴様らなど信用していない。
貴様らに何の期待もしていない。
これまでだって私一人でも試練を乗り越えられた。
私の魔法で全てを解決できた。
セラフィリアは腹の底に溜まっていた鬱憤を、堰を切ったかのように吐き出していた。
「だから————今回も私だけでなんとかする……!」
そう言うと、セラフィリアは荷物を持って円卓を離れる。
そして、乱暴にギルドの出口を開け、外に出ていってしまった。
「まったく……ショートヒューズがよぉ」
リルは溜め息を吐き、面白くなさそうに頬杖をつく。
嵐のようにセラフィリアがいなくなった後には、居心地の悪い静けさだけが残っていた。
このまま————みんないなくなってしまうのでしょうか……?
シーナは一抹の不安を抱え、胸に切ない痛みを感じた。
*
「……はあ、最悪な気分だ」
セラフィリアはアベントの路地裏をずかずかと音を立てて歩く。
屋台などが立ち並ぶ通りとは違い、太陽の光も入りづらいこの場所は、薄暗くジメジメとしている。
特に今日は街に冒険者も少ないため、喧騒も聞こえて来ず、聞こえるのは時折前を横切る鼠の鳴き声くらいだった。
どうしてこんなにもイライラするのだろうか。
私は魔女だ。
生物の中で最上位の存在だ。
私の魔法があれば、どんな障害をも焼き払うことができる。
そんな誇り高き魔女である私が、どうして下等生物と手を取り合わなければならない。
魔法以上に強いものなど存在しない。
他のどんな技術も才能も、魔法に遠く及ばない。
あの大男も。
詐欺師達も。
今まで大した仕事をしていない役立たずだ。
賢者の試練は私の力で乗り越えられたのだ。
だから、最初から仲間など必要ないはずなのだ。
だというのに————
セラフィリアは形容し難い感情と訳の分からない胸のつっかえに、頭が沸騰しそうなほどに苛ついていた。
だが、ちょうどその時————
「おうおう、こんなところで一人で何してんの?」
大股で歩くセラフィリアの後ろから声をかけられ、呼び止められた。
無視して歩き去ろうとしたが、進行方向も男たちに塞がれる。
姿格好からして、アベントの冒険者なようだった。
「お前————ちょうどいい所に来たなぁ、俺だよ。一昨日くらいに会ったじゃねえか」
「……」
その軽薄な声の調子には聞き覚えがあった。
この街に初めて来た時に、セラフィリア達に絡んできた冒険者。
確か、クレイグとかいう男だった。
すると、前を塞ぐ冒険者が我慢できないといった様子で、セラフィリアに近づく。
「な、なあ。大人しくしてれば痛くしねえからさ。俺達に————」
男は最後までセリフを言い切る前に————体が発火した。
「ぎぃやあああああああああっ!!」
あまりの熱さに悲鳴をあげ、冒険者の男は地面を転がる。
壁にぶつかったり、地面に倒れ込んでもがいたりなどしていたが、やがて完全に動かなくなった。
「————私は今かつてないくらいに気が立っている。今すぐ私の前から立ち去らなければ、全員殺すぞ」
低い声を出し、周りを取り囲む冒険者達に警告する。
その場にいたほとんどの冒険者が、セラフィリアの威圧に気圧され、怯んでいた。
しかし、ただ一人、薄ら笑みを浮かべたままの男がいた。
「なるほど————てめえ、純魔法士だろ。無詠唱の炎魔法。まるで私の魔法が世界で最強ですとでも言いたげだぜ」
「なんだと……?」
クレイグという男のその一言が癇に障ったセラフィリアには、躊躇がなかった。
奴の方に振り向き、右手を前に突き出す。
そのまま警告も出さずに、炎魔法で焼き殺そうとした。
しかし、その時だった————
「————————!!!?」
突如、体の中に電流が走る。
その衝撃に立っていることもままならず、セラフィリアは膝をついてしまった。
「ダハハッ! いいねえ。聞いてた通りにこいつが効きやがった!」
なんだこれは……?
体が動かない。魔法も使えない。
まるで身体中の血液が無理やり止められているかのような感覚だ。
うまく呼吸も行えず、力が抜けていく————
なんとか顔を上げて、クレイグの方を見ると、奴の右手には禍々しく赤い光を放つ石が握られていた。
「すげえだろ。その名も『魔封じの結晶』だ。お前みたいな魔法が全てみたいな馬鹿な魔法士のための、魔法を封じる魔石だぜ……!」
その魔石は赤黒い結晶で覆われており、黒い紋様が浮き出ている。
今まで見たことのない代物だった。
一体、どこでそれを————
しかし、セラフィリアはそれ以上思考することができず、意識を失った。
「ヒヒヒ、任務完了だぜ……お前らこのまま連れて行け」
一連の出来事に呆気に取られていた冒険者達だったが、クレイグの指示により下卑た笑みが戻ってきていた。
そして、路地裏の薄暗がりの中、クレイグという男のギラついた目だけが光っていた。
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