第25話 夜営の光
「これが銃弾……!」
セラフィリアが指の半分ほどの鉄の筒をまじまじと見つめている。
アイス達は『ルキフグス沼地』から少し歩き、森の中の綺麗な川のほとりでキャンプを張っていた。
周りはすでに真っ暗で、昼と比べるとかなり過ごしやすい。セラフィリアが結界を張ってくれている。
そして、ラガスが見張ってくれているので、魔物から襲われる心配はない。
セラフィリアの転移魔法でアベントの宿まで転移するのが最も楽なのだが、魔女の御業をそんなに連発できるものでもない。
アイス達は一晩、ここでサバイバルをせざるを得なかったのである。
「コホコホ……こんなものですかね」
シーナはアイスに頼まれて、魔法でアイス達の銃弾を複製していた。
銃から発射される礫のようなものは、この銃弾の頭についている弾丸、鉛の塊だという。
「鉄の中に火薬————この爆発の衝撃で弾が飛んでいくのか」
「はい、賢者様は本当に面白いものを考えつきますよね〜〜」
本当に奴が考えたものかは甚だ怪しいがな、とセラフィリアはつーんと顔を背ける。
弾丸が飛んでいく仕組みは、引き金を引くと撃針が銃弾の底を叩いて発火し、それが薬室の火薬に引火、その圧力によって銃弾先頭部の鉛部分が銃口から放たれる。
この世界では魔法によって火や雷を飛ばすことはあっても、爆発の衝撃で別の何かを飛ばすという発想は魔女にも冒険者にもないものだった。
複製するに辺り、火薬や鉛の素材はラガスの冒険者道具で代用できた。
シーナはそれを魔法で加工しただけである。
そんな些細なことでしか、賢者の役に立てないことに、シーナは少し歯痒さを感じていた。
すると、焚き火の近くにいたリルがシーナとセラフィリアの元に走ってきた。
「ほらセリー! いい感じに焼き上がったぞ! 食いな!」
「おい、ふざけるな! 『バエル・エンファ』の足なんぞ食えたものではない————やめっ、押し付けるなぁ!!」
「はあ? カエルの足だろ? 鶏肉みてえでうめえだろうが」
そう言って、リルは『バエル・エンファ』の足を豪快に頬張る。
調理の様子も見ていたが、いつもの男らしい性格からは考えられないほどの丁寧な手際で、『バエル・エンファ』を捌いていた。
まあ、鉄をも溶かす酸に全く恐怖せずに調理して食べるその姿は豪胆だとしか言えないが。
だが、野生動物を調理して食べるという姿に、シーナは少し違和感を感じていた。
テントを設営したのもリルが中心だったし、焚き火を起こしたのもリルだ。
それが、シーナの中にある賢者像とどうしても噛み合わなかった。
「リル様————リル様は、どうしてこんなにもサバイバルに長けているのですか?」
シーナは勇気を出して、セラフィリアの横に胡座をかいて座るリルに尋ねてみる。
その質問にリルは変な顔をした。
「どうしてって、知ってるもんは知ってるってだけだぜ————まああれだ……賢者様はどんな知識でも知ってるってことで」
リルはそう答えて、再び『バエル・エンファ』の足にかぶりつく。
確かに賢者だから知っていると答えられればそれまでなのだが、シーナは腑に落ちなかった。
その得心のいっていない表情を察したのか、リルは食べる手を止める。
「……なんだ? あたし達がそこの魔女のお嬢様みてえな裕福な暮らししか知らないと思ってたのか?」
セラフィリアがムッとした表情をしたが、それだけで何も言わなかった。
シーナもセラフィリアも、それが否定できなかったからである。
意を決して、シーナは自身の賢者像を口にした。
「私が幼い頃に読んでいた本には————賢者様はこの世の全ての知識の獲得と、それを用いた発明をする学者だと記載してありました」
賢者は学者であり、この世界の成り立ち、原理、そしてこの世界を超えた、空の向こうのことまで知り尽くしている。
そして、さらなる知識の獲得のために何かを発明し、何かを研究している。
シーナが読んだ本に書かれていた賢者像は、白装束を纏って摩訶不思議な機械の前に立ち、ガラス瓶に入れた薬品を調合する、まさに学者の中の学者の姿。
鉄でできた完璧な住宅に住まい、洗練された食事をとり、鉄の馬車や空飛ぶ船を使って移動する。
シーナの考える賢者は、まさに完成された人間の暮らしを営むものであると、そう思っていた。
「————チッ、ヤニが吸いたくなっちまうな」
灰色の服の中をまさぐって、リルは残念そうな表情を浮かべる。
炭が爆ぜるぱちぱちという焚き火の音が、静かな森の中で強調されて聞こえてきた。
そして、リルは静かに語り始める。
「確かに300メートルを超える高層ビルの一番上に住んで、毎晩カルトワインとフレンチのフルコースを嗜んでいる奴もいる。空にはひっきりなしに空飛ぶ船が飛び交って、大陸の東海岸から西海岸まで14時間も座ってりゃ目的地に辿り着く」
それはまさに、夢の世界だ。
シーナが本で読んだ通りで、シーナが憧れた賢者の世界だった。
「そういう奴らは、確かにこの世の理ってやつを知り尽くしてんだろうな————だが、そういう奴らばっかりじゃねえのさ」
リルが遠くを見るような目つきで話を続ける。
シーナもセラフィリアも、黙って彼女の話に耳を傾けていた。
「世の為人の為の知識を得る前に、あたし達は今晩の飯の心配をしなきゃならなかった。カエルの肉なんて全然上等。時にはゴミ箱の中の腐った飯を食わなきゃいけねえ時だってあった」
車を作ったり、飛行機を作ったりしたやつは成功した『賢者』だ。
だが、中には成功しない『賢者』だっている。
差はあるものの、どちらもあらゆる知識を獲得した賢き人間だ。
いや————挑戦できるだけ恵まれている。
中にはそんな知識競争のスタートラインにすら立てない『賢者』もいるのだ。
「そうやってくと、世界にはもっている奴ともってない奴ってのが生まれる。そうするとどうなると思う?」
「……!」
シーナはその問いに答えられなかった。
答えるのが怖かったのかもしれない。
リルは溜め息混じりに、賢者の世界の現実を吐き出した。
「とことん見下されるのさ。全てをもっているあいつらは、あたしらのことを人間だと思っちゃいねえ————あたしのダチだって、理由もなく何人も殺された」
殺されるだけならまだマシさ……そいつの快楽のままに、虫みてえにバラされた奴だっていた。
リルの真に迫る言葉に、背筋が凍った。
リル達は明日をどうやって生きるかの知恵を、何かを発明する知識の代わりに詰め込まなければならなかった。
そうしなければ、虫のようにあっけなく、殺されてしまうから。
時には、人を騙す為の悪の知恵をつける必要だって、あったのだ。
だがどれも同じ、あらゆる知識を身につけられる賢人であることに変わりはない。
「————要は賢者にもピンキリがあるってこった。世界を変えるような知識をつけて死んだ奴もいれば、ろくでもねえ知識ばかりつけて死んでいった奴もいる」
結局は、恵まれているか恵まれていないかの違いさ。
リルはそう締めくくると立ち上がり、焚き火の様子を見にいった。
三人の間に再び静寂が訪れる。
シーナは今まで、賢者の世界は夢の世界だと思っていた。
最高の知識で全ての理想を実現した場所であり、シーナが見てきた残酷な現実など存在しないと思っていた。
でも————リルが言うには違う。
同じなのだ。
リルはシーナと同じ、暗い現実で生まれ、今まで生きてきたのだ。
冷たい地面で夜を過ごし、食べれるかどうかも分からない食事に口をつけてきた。
シーナと違ったのは、リルはその現実に争い続け、その戦闘能力と人を騙す技術を身につけてきたのだろう。
もしかして————アイスも、同じなのだろうか。
月が雲に隠れ、森は一層暗くなる。
焚き火の光でぼうっと映し出されたのは、冷たい目をした無感情のリルの顔だった。
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