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第23話 冒険者の正義

「————ありました! 金の角!」


 シーナが黄金の角を掲げて、こちらに手を振っている。

 これが、今回の賢者一行の目的の物だ。


 金の角とは、ミノタウロスから低確率で取得できるレアアイテムとのこと。

 この迷宮でミノタウロスが捕食するものの中には、金が含まれているものがある。

 ここで数十年ほど生き残っている個体は、やがて摂取した金の成分が角に現れるのだ。


 すなわち、金の角を持つミノタウロスは歴戦の個体の証でもあり、その角は希少価値の高いものとなっている。


「てめえ————あんなのがあるんなら最初からやっとけよ……無駄にビビっちまったじゃねえか」


「いつ誰がどこで私の姿を見ているか分からない。杖を使った魔法はなるべく避けたかったんだよ」


 リルが不平を口にし、セラフィリアはフンと外方を向く。


 ロケットランチャー並みの火力をあの細い杖から最も簡単に生み出した。

 伝説の魔女と言われるだけあって、彼女の実力は本物だった。


「それに、あの魔法は敵のスピードがあまり速くなかったから発動できたのだ————あの程度の攻撃、貴様なら避けられたのだろう?」


「どうだかな」


 リルは挑戦的な目つきでセラフィリアを見る。

 セラフィリアはその態度が気に入らず、舌打ちをして再び顔を背けた。


「しかし……どうしてこんなところに人間がいたのだ?」


「さあ? あたし達と同じ目的の奴らがいたってだけじゃねえのか」


 リルが単純な回答を示すが、ラガスは納得していない様子だった。

 クエストが発行されているので冒険者がここに来ること自体はおかしいことじゃないはずだ。

 ラガスにとって、なにか腑に落ちないことがあったのかもしれない。


 その他のメンバーは特に疑問を持つことなく、戦利品を回収していった。

 アイス達は一通り、金の角を採取してその広場を後にしようとする。


 だが、その時だった————



「あれ〜? 雑魚共をミノタウロスに掃除させている間に後ろから狩ろうと思ってたのに、邪魔がいやがるじゃねえかよ」



 入り口の方から、声が聞こえてくる。

 振り向くとそこには、冒険者の一団が広場に入ってきていた。


「ダメじゃないか〜! これは立派な獲物の横取りだよぉ?」


「大人しくレアアイテム、『ミノタウロスの金の角』を置いていけば、命だけは助けてやるぜ?」


「ひぃ……! 誰ですかあなた達は……!?」


 冒険者の男達はヘラヘラしながら、入り口に一番近いシーナに絡み出す。


 彼らの腕には三人とも、ゴールドのプレートが付けられている。

 格好からして、戦士(タンク)剣士(アタッカー)魔法士(メイジ)という戦闘を行う上での典型的な冒険者パーティ————ラガスから教えてもらった冒険者の知識だ—————が揃っている。

 しかし、その男達の立ち振る舞い、横柄な態度からはあまり良い印象を受けなかった。


 おどおどしているシーナの後ろから、騒ぎを聞いて駆けつけたラガスが前に出た。



「お主ら……クレイグの仲間だな?」



 ラガスが冒険者達を睨みつける。

 同じゴールドの冒険者、顔見知りなのだろうが、あまり穏やかではない。


 睨まれた冒険者達はお互いに顔を見合わせた後、ラガスを嘲るように笑い出した。


「おいおい、誰かと思えばラガスさんじゃねえか」


「あの負け犬の? クレイグさんにクエストを全部取られて雑用ばっかこなしてる貧乏冒険者かよぉ!」


 冒険者達はラガスに指を差して笑い続ける。

 大きな声が広場に響き渡り、奥で戦利品を回収していた、リルやセラフィリアも異変に気づく。


「おかしいと思っていたのだ。どうしてこの迷宮に、ブロンズの冒険者がいるのか————」


 ラガスは手に持っていたブロンズのプレートを、冒険者達に見せつける。

 それは、ミノタウロスに無惨に殺された冒険者の亡骸がつけていたものだ。


 この『モノセロ迷宮』はその危険度の高さゆえに、ゴールド以上の冒険者しか入れない。

 そのため、本来ならばここにブロンズの冒険者が来ようとは思わないはずだ。



「お主ら……この者達を無理矢理連れてきて、囮にしよったな……!?」



 ラガスの表情は怒りに満ちていた。

 その声は荒々しく震え、広場に低く響き渡る。


 しかし、冒険者達にラガスの感情は伝わらず、白けたように肩を竦めていた。


「だったらなんだよ。てめえには関係ねえだろばーか」


 そう言って、冒険者達がまた笑い出す。

 ラガスは冒険者達の様子を見て、深く溜息を吐いた。


「この者達は、お主達のような外道に食い物にされるために冒険者を志したのではない。冒険に夢を抱いて、強くなるために冒険者として努力していたのだ……!」


 ラガスは背中の大剣を引き抜き、冒険者の方に歩み出す。

 その刀身は広場の結晶灯に照らされ、深い青色の輝きを放っていた。

 ラガスの腕よりもはるかに太く長い。


 それを片手でいとも容易く操り、地面に突き刺した。


「その腐った性根————我が正して見せよう。お主らに、金の角を渡すことは断じてあり得ない」


 兜の内に秘められた鋭い眼光が、冒険者達を射抜かんと向けられる。

 ラガスは仁王立ちで、冒険者達の要求を完全に蹴った。

 冒険者達はチッと舌打ちをすると、それぞれ武器を取り出して臨戦態勢となる。


「なんだか知らねえが、やる気満々じゃねえか。これもてめえの催眠術(ヒプノシス)のおかげか?」


 リルとセラフィリアが、広場入り口の様子を見にきた。

 戦闘態勢に入ったラガスを見て、面白そうに目を細めた。


「いや、俺は何もしてねえよ。この行動は————あいつ自身の正義からくるもんだ」


「正義ねぇ……」


 アイス達はラガスが戦闘するところを初めて見る。

 しかも。今回は3対1でラガス側が完全に不利だ。


 最初にリルとセラフィリアが警戒したその実力はどれほどのものか。


「お前ら! 敵はうすのろ一人だけだ! やっちまえ!!」


 剣士の男が威勢良く飛び出した。

 冒険者パーティの中で、剣士(アタッカー)という役割は敵にダメージを与える役目だ。

 速攻で奇襲をかけて最初のダメージを与えるべく、剣士はラガスに剣を突き立てた。


 しかし、ラガスはとてつもない反射神経で胸元に突き立てられた剣を掴み取る。

 剣士が突進してきた勢いを、片手一本で完全に止めてしまった。


「なんだ……岩みてえに硬————」


 次の瞬間、剣士の頭に大剣が振り下ろされる。

 峰打ちだったが、とてつもない破壊力で兜がひしゃげていた。


「な、なんだこいつは!?」


 危険を感じ取った魔法士の男が、魔石の埋め込まれた杖を向けて魔法を乱射する。

 魔法士(メイジ)はパーティの後方から魔法で支援する役割だ。

 回復魔法で味方を癒やし、攻撃魔法で敵を削る。


 しかし、あらゆる属性の魔法を浴びせても、ラガスはものともせず進んでいた。

 歩くスピードも変わらなければ、衝撃で怯みすらもしない。


「てめぇ————このぉっ!」


 すると、大柄の男、戦士が大盾を押し付けてくる。

 戦士(タンク)の役割は、最前線に立って敵の動きを止めることだ。

 敵の攻撃を堅牢な盾を使って受け、後衛に近づかせないようにする。


 だが、どれだけ強く大楯を押し付けようとも、ラガスを少しも押し返すことができずにいた。

 それどころか、ラガスは戦士の大楯を掴み、引き剥がす。


「な、なぜだぁ!?」


 ラガスは無防備になった戦士に向かって、拳を振り上げる。

 そして、思いっきり戦士の鳩尾に拳を突き立てた。

 とてつもない衝撃で鎧が砕け散り、戦士は後方に吹き飛んでいった。


「へえ、やるじゃん」


 リルがヒューと口笛を吹いて、賞賛を表した。


 恵まれた体格を活かした圧倒的な防御力、タフネス。

 彼が今まで相手にしてきたのはミノタウロスのようなモンスターだ。

 それらの攻撃を受け続けてきたラガスの戦士(タンク)としての経験は、そんじょそこらの冒険者とは格が違っていた。


 これが、歴戦の上級冒険者。


 剣士は広場の地面に顔を埋めており、戦士は後方でピクピクと痙攣している。

 最後に残ったのは、魔法士ただ一人だけだった。


「————調子に乗るなああああ!!」


 激昂した魔法士は、杖を天に掲げる。

 すると、巨大な魔法陣が魔法士の頭上に発現した。


 先ほどとは比にならないくらいの魔力、そしてプレッシャー。

 ラガス、そしてリルが野生的な本能で、危険を察知した。


 しかし————それよりも早く、リルの横にいたセラフィリアが動いていた。


「!?」


 まるで赤い閃光が走ったかのようにラガスの横を通り過ぎる。

 一瞬にして魔法を詠唱中の魔法士に接近し、頭を掴んで持ち上げた。


「貴様は馬鹿か? そんな魔法を行使すればこの迷宮が崩れることになる————これ以上、この私に面倒をかけるな」


 カランカランと音を立てて、魔法士の杖が転がる。

 あまりの速さにラガスも反応できていなかった。


 あの一瞬で魔法の威力を察知し、最も速く動いた。

 さすがに伝説の魔女————魔法のスペシャリストは伊達じゃない。


 セラフィリアは魔法士の顔を鷲掴みにしたまま、魔力を込めた。


「ま、待て————」


 次の瞬間、魔法士の顔が爆発する。

 誰かの制止の声も、その爆発音に掻き消されていった。


 頭から煙を吹いた魔法士は、どさりと地面に落ち、動かなくなる。


「おっかねえ」


 アイスが顔を(しか)めて、率直な感想を述べた。


 そして、セラフィリアは次の標的を後ろで痛みに呻いている戦士の男に向ける。

 ゆっくりと近づき、男に手をかざした。


「た、助けてくれぇ……! 俺達が悪かった……!」


 鎧はボロボロだが、意識はあるようだ。

 先ほどのセラフィリアの所業に恐怖し、命乞いをしていた。


 しかし、戦士の男の命乞いに耳を貸すことなく、セラフィリアは魔力を貯める。

 セラフィリアの手に魔力が集中し、遠くからでも分かるくらいに熱を帯びていた。


 だが————それは後ろにいたラガスによって止められた。



「それくらいにしておけ。セリー殿。彼も反省して————」



 その時、ラガスは一瞬にして察した。


 尋常じゃない殺気。

 目を赤く光らせたセラフィリアが、ラガスの方に振り向く。



「————誰が私に触って良いと言った……?」



 ラガスが思わず後退りをする。

 それよりも速くセラフィリアの()()()()がラガスを掴もうとしていた。


 だが、その時————カクンと、セラフィリアの体勢が糸が切れたかのように崩れた。


「熱くなりすぎだぜセリー。仲間までやっちまってどうすんだ」


 リルがセラフィリアの膝裏をこづいて、転ばせたのである。

 もちろんセラフィリアの怒りは収まることなく————


「こんの————リル〜〜〜〜!!」


 セラフィリアが杖を取り出して魔法をぶっ放しながらリルを追いかけていった。

 リルが大笑いで逃げ、セラフィリアが顔を真っ赤にして追いかける。

 賢者一行(パーティ)の間に和んだ空気が戻ってきていた。


 しかし、セラフィリアがラガスに振り向いたあの一瞬だけは、確実に殺意があった。


 ラガスは呆気に取られ、その場に取り残される。


「お、おい。まだ話は終わって————」


「終わったんだよ。ラガス、これ以上話すことなんかねえよ」


 アイスはラガスの肩を叩き、落ち着かせる。

 ラガスはまだ腑に落ちていないところがありそうだったが、それ以上口を開くことはなかった。



「さて————」



 アイスは未だふるふると震えている冒険者の元へ歩く。

 そして、サングラスを外して、その男の前でしゃがんだ。


「ひぃ……こないで————」


「落ち着けよ。てめえの命は助けてやる」


 歯をガチガチと鳴らす冒険者だったが、アイスに殺意はまるでない。

 ただ、人差し指を伸ばし、冒険者の額にとんと当てたのだった。



「その代わり————()()()()をちゃんと覚えておくんだぜ」



 *



 アイス達賢者一行は無事に金の角を集め終え、『モノセロ迷宮』を後にする。

 行きと同じように案内を任された上級冒険者は、迷宮から出るまでずっと浮かない顔をしていた。


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