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第143話 情事の邪魔者

「マーガレットと申します。それでは————ご奉仕させていただきます」



 マーガレットがすぐそこにいる。

 あの懐かしい声が、こんな場所で、こんな言葉を紡いでいる————


 リンカの胸は締め付けられるような痛みに襲われた。

 マーガレットの声が聞こえる。

 しかし、それは記憶の中の声とは違い、人形のような無機質なものになっていた。



 リンカは恐る恐るベッドから顔を出す。

 天蓋の陰から覗き見た光景に、彼女の世界は音を立てて崩れ落ちた。


 そこに立つマーガレットは、かつての姿とは似ても似つかない格好をしていた。

 薄い絹一枚が身体の線を際立たせ、透ける生地が彼女の肌を露わにしている。

 髪は艶やかに結い上げられ、唇には紅が差されていた。


 その風貌は、先程汚らわしいと言った女の格好よりも際どいものだった。



 なんで? 


 どうしてそんな格好をしてるの? 



 リンカの心の中で、あの日の記憶が蘇る。

 初めて会った時、私に声をかけてくれた時のこと。

 面白い冗談で、私のことをいじってくれた時のこと


 いつも花のような明るい笑顔のあの子が、今は————



「じゃあ始めようではないか————脱げ」


「はい————」



 マーガレットの纏っていた絹がはらりと舞い落ちる。

 薄絹が床に散らばり、彼女の身体が完全に露わになった。


 一糸纏わぬ姿になったマーガレットの肌は、ろうそくの光に照らされて白磁のように美しく、しかし同時に痛々しく見えた。



 私は悲鳴をあげそうになる口をなんとか抑える。

 喉の奥から込み上げてくる叫びを必死に飲み込み、両手で口を覆った。


 涙が溢れ出てきた。

 頬を伝って落ちる涙は、床に染みを作る。



 やめて…… 


 やめてよ…… 



 心の中で何度も叫んだが、現実は容赦なく進行していく。

 マーガレットはそんなことしないはずでしょ? 

 あの子は純粋で、汚れを知らない天使のような存在だったのに。



 なんで抵抗しないの? 


 下衆な男に、欲望の対象として自ら抱かれようとしている。


 マーガレットは顔を赤らめ、さも求めているかのような表情を浮かべている。

 それが演技なのか、それとも本心なのか、リンカには判断がつかなかった。



 嫌だ…… 


 もう見ていたくない…… 


 やめてよ————



 リンカは目を閉じようとしたが、現実から目を逸らすことができなかった。

 愛する友を救いたい気持ちと、この光景を受け入れたくない気持ちが激しく葛藤する。


 男の手が、その柔肌に触れようとした————その時だった。



「そこまでだ!!」



 扉が勢いよく開かれた。


 重厚な木の扉が壁に激突し、部屋全体が震動する。

 ゾロゾロと部屋の中に入ってくる足音が響き、室内の淫靡な雰囲気が一変した。


 白銀の甲冑を身に纏った騎士達だった。

 彼らの鎧は磨き上げられて鏡のように光り、王国の紋章が胸部に刻まれている。

 剣の柄には宝石が嵌め込まれ、彼らが只者でないことを物語っていた。



「我々は王国騎士団。この国の秩序、そして清純の理念を守る者である!」



 高らかに宣言し、前に出るのは金髪の女性騎士。

 彼女の髪は兜の隙間から美しく流れ、鋭い青い瞳が部屋の中を見回している。



「ゴーイック卿……あなたがこのようなふしだらな行為に及んでいたとはな……」



 女騎士の声には失望と軽蔑が込められている。



「な、なんだ貴様らは! ぶ、無礼であるぞ」



 半裸の男————ゴーイック卿は狼狽しながら叫んだが、その声は震えており、威厳のかけらもなかった。慌てて衣服を掴もうとするが、騎士達の視線に射すくめられて動けずにいる。


 ビシッと剣を突きつけて、半裸の男を黙らす。

 剣先が喉元に触れそうな距離まで近づき、ゴーイック卿の顔は恐怖に青ざめた。



「問答無用、我らは第三王女の使いである。清純を汚す者は、処罰の対象となる。ついてきてもらおう」



 騎士達はゴーイック卿と呼ばれた男の肩を掴んで、部屋の外に連れて行った。

 男の悲鳴と抵抗の声が廊下に響き、やがて遠ざかっていく。


 重厚な足音が階段を下りていく音が聞こえた後、部屋には不気味な静寂が戻った。


 そして、騎士団長はマーガレットの方に向き直る。

 その瞳には、先程までとは別の種類の冷たさが宿っていた。



「さて————貴様は我が国の重役を誑かしたという罪で————極刑だ」


「そ、そんな……」



 マーガレットの顔が恐怖に歪む。

 先程までの無感情な表情が一変し、純粋な恐怖が浮かんだ。


 裸身を晒したまま後ずさりし、ベッドの端で震えている。

 その姿は、リンカが知っていた無邪気な少女の面影を取り戻していた。



 マーガレットが危ない。

 このままでは殺されてしまう。


 リンカの心臓が激しく跳ね上がる。


 だが、リンカの体はすぐに動かなかった。

 手足が鉛のように重く、声も出ない。


 それは恐怖なのか————それとも、あの淫らな光景を目撃してしまった複雑な感情のせいなのか。



「悪く思うな……」



 騎士団長が剣を振り上げる。刃が燭台の光を反射し、不吉な輝きを放つ。

 マーガレットは壁際に追い詰められ、逃げ場を失っていた。


 その時————



 壁から煙幕が噴出した。突然のことに騎士達は警戒の声を上げ、剣を構える。

 灰色の煙が部屋全体を包み込み、視界を完全に遮った。


 周りが何も見えなくなる。

 煙は刺激的な匂いを放ち、目と鼻を刺激する。



 煙の中、姿を現したのは————



 黒いマントを纏った仮面の男だった。


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