第128話 野良犬達の決闘
「は、離してっ!!」
夕暮れの石畳に響き渡るリンカの叫び声の方向に、リル達は走る。
薄暗い路地の奥では、粗暴な風体の男達が十人ほど集まり、小柄なリンカを完全に包囲していた。
この街の影に潜む野党————ごろつきと呼ぶにふさわしい連中だった。
「リンカっ!!」
フェンが咄嗟に助けに向かおうとするが、リルが手で制する。
男達の中でも特に体格の良い男が、筋骨隆々とした右腕でリンカの細い体を容赦なく固定しており、その喉元には冷たい鋼のナイフが不吉な光を放っていた。
「ううっ……」
リンカが苦しみに顔を歪め、かすれた声でうめく。
「……もう一つ言っておくべきだったなぁ。路地裏をうろついているような奴には声をかけるなって」
「ちょっと……王国って治安がいいところだったんじゃないのぉ?」
「どんだけクリーンな街だろうが、こういう裏道には吹き溜まりが溜まってる————どこの世界でも共通認識だぜ」
リルが苦い表情を浮かべながら、そう呟く。
緊迫した沈黙の中、リンカを拘束している男が、余裕のある笑みを浮かべて一歩前に進み出た。
リンカの足はわずかに地面から浮き、彼女は痛みに顔を歪める。
「おい! こいつを助けて欲しかったら、金目のものは全て置いていけ!」
「そこの男! てめえは死にたくなかったら、渡すもん渡してとっとと帰るんだな!」
脅迫の言葉に続いて、残りの野党達もガハハと下卑た笑い声を上げる。
どうやら、男達の要求は金銭。
だが、男達は舌舐めずりをして、悪どい笑みを浮かべている。
他にも何か企んでいるかもしれない。
すぐにでもリンカを助け出さなければ。
こんなくだらない奴らで、リルさんの手を煩わせるわけにはいかない。
「リルさん————ここは僕達に任せてください」
「あ?」
フェンは制止するリルの腕を軽くかわし、毅然とした足取りで前に出た。
リルが一瞬、怪訝な表情を浮かべ、フェンの背中を見つめる。
「ああ〜〜ほら、僕達ここに来るまでにあんまり役に立ってないでしょ? こんな簡単な作業くらい僕達にやらせてくださいよ————いいよな? エリナ!」
「ええ!? 私もやんの? もう〜〜しょうがないわねぇ」
エリナが嫌そうに前に出る。
二人の姿を見て、リルは目を閉じ、笑みを浮かべた。
「オーケーだ。魔法使い。あんまり派手にやるなよ。見つかったら元も子もねえ」
「……了解です!」
フェンの返事は簡潔ながらも力強く、彼とエリナの二人は前へと歩を進めた。
そして、二人とも懐から魔法煙草を取り出し、火をつける。
吐き出した煙が、路地裏の宙に舞い上がった。
「おい! 金目のもんを渡す気になったのか!?」
「誰があんたらに渡すのよ。今からちょっと遊んでやるわ」
威嚇するような男達に対し、エリナの声は氷のように冷たい。
「はあ!? なんだとぉ!?」
喧嘩を売られた男達は一瞬の困惑の後、全員が一斉に立ち上がる。
怒りの表情で、彼らは様々な武器を手に取った。
「私が四人で、こっちに五人。好きなように別れなさい」
「おいおい……相談もなく、僕の方が多いのかよ」
「あんたが言い出したんだから、それくらい請け負いなさいよ」
そんな軽妙な言い合いを続けながら、フェンとエリナはお互いに慎重に距離を取る。
二人の間に流れる緊張感は、何度も共に戦ってきた戦友のそれだった。
野党達はエリナの提示した人数通りに分かれ、威嚇するように指の骨を鳴らしながら近づいていく。
路地裏の空気がピリピリとした緊張感に包まれる。
だが、こんなものは大したものではない。
命をかけた決闘を繰り返してきたフェン達にとっては、なんてことのないお遊びのようなものだった。
「調子に乗んじゃねえぞ女ぁ!」
野党の一人が先陣を切り、エリナに向かって粗暴な雄叫びと共に拳を振り上げた。
エリナはその荒々しい攻撃を、まるで風のように体勢を低くして優雅に回避する。
無駄のない動きに、長い髪が弧を描いて宙を舞った。
そして————
『テラ・モルス』
エリナは呪文を詠唱し、地面に向かって細い指を掲げた。
彼女の指先から微かな緑色の光が放たれ、地面へと吸い込まれていく。
「このっ————お、おわああっ!!」
一発目を回避された野党が、激昂して更に強烈な一撃を放とうと身構えた瞬間————
男の足が突如として地面に埋まっていた。
まるで砂に足を取られるように、膝の辺りまで地面にすっぽりと嵌り、完全に身動きを取ることができなくなった。
簡単に壊れることのないはずの石畳の道が、腐食して脆くなっていたのである。
「残念でした。お馬鹿さん」
「ぶへええっ!!」
エリナは優雅に足を上げ、男の顔面を容赦なく思いっきり踏みつけた。
男はそのまま後方に大きく弧を描いて倒れ込む。
鼻から血を噴き出し、意識を失っていた。
「この女っ! 調子に————うおっ!?」
「なんだこりゃあ! 足がはまって————」
「う、動けねえ!!」
残りの三人の野党達も同様に、エリナの放った腐食の魔法によって地面に足を取られ、パニックに陥っていた。
それを冷静に確認したエリナは————しなやかな体を低く構え、まるで舞うように流麗な動きで罠にかかった男達へと走り寄る。
「ごふっ!?」
「うがああっ!」
「いだっ、いだいっ! ぐへええっ!!」
そして、まるで幻影のような速さで次々と蹴りを繰り出し、男達の意識を容赦なく刈り取っていった。
華奢な体から繰り出される一撃一撃には、想像を絶する威力が込められており、男達は次々と倒れていく。
彼女の動きにはどこか舞踏のような優美さがあった。
「————あっけな。やっぱり魔法を知らないのね」
戦いが終わり、エリナはつまらなそうに髪をかき上げながらそう呟くのだった。
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