第10話 協同
「セ、セラフ……あんだって?」
「セ・ラ・フィ・リ・アだ!!」
湿った雰囲気が立ちこめる中、冷たい石壁に反射して声が響く。
二人の人間と一人の魔女が、牢屋の中で話をしていた。
そろそろ、金属製の手錠の冷たさにも慣れてきた頃だった。
「アストラ家は四大魔女の一家、『ヴァイ・ゼヴァルト大森林』を管理している名家だ。そして、この私は次期当主として、これからのアストラ家を任されている」
「次期投手? ドジャースの投手が変わるなんて聞いてないが」
「ベースボールじゃないぜリーダー、変なボケは挟まなくていい」
な……何を喋っているんだ……?
アイス達の掛け合いに微塵もついてこれないセラフィリアは、ムスッと不機嫌な表情を浮かべる。
気を取り直して、話を続けた。
「私は再びこの世界に魔女の時代をもたらすために、この座を譲るつもりはない。だが、兄上はどんな搦手を使ってでも私を次期当主の地位から引き摺り下ろそうとしてくる」
毛頭、負けるつもりはないが、とセラフィリアは付け加える。
魔女家では、昔から女性が家を継ぐことになっている。魔女、と言っているのだから当然だろう。
実際、女性の方が強力な魔法の適正が高いことが多いのだ。実力面を鑑みても女性が魔女家を引き継ぐのは当然である。
だが、それが気に入らず、ラムエリア兄上は、妹のセラフィリアに対してこのように高圧的な態度を取っていると考えられる。
「権力争いっつうのは、どの世界でも一緒だな……」
皮肉を込めた笑みで男がぼそっと呟くのを、セラフィリアは聞き逃した。
話を終えて落ち着いた後、セラフィリアは二人に指を差し示し、キッと青い目を鋭くさせた。
「————で、賢者と名乗る貴様らは何者だ」
セラフィリアから名乗ってしまったが、本来知りたいのはそっちの素性である。
英雄を名乗り、伝説の魔女に対して一歩も引かない彼らは一体何者なのか。
すると、黒い服装の男————アイスが親指で自分を指す。
「俺はアイス、こっちがリルだ」
ハーイ、と灰色の帽子のようなものがついた服を着ている女————リルが手を振る。
「俺達の願いはただ一つ、このおかしな家から一刻も早く脱出すること」
以上だ、とアイスは締めくくる。
セラフィリアの五分の一くらい時間で自己紹介をされ、セラフィリアはなんだか釈然としない表情を浮かべていた。
もっと本質的なところを知りたいんだよ……!
「さて、このままこの牢屋で仲良くティータイムと洒落込んだっていいが、このままじゃ俺達はミンチにされ、あんたは次期当主としての地位が危うくなるんだろ?」
セラフィリアが掘り下げようとするのを阻み、アイスが状況確認を行なった。
それに対し、セラフィリアはうんと頷くしかない。
「そこでだ————俺達と手を組んで、この家の外に出しちゃくれねえか?」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声が自分の口から漏れる。
こいつらを家の外に逃すだって?
その手伝いをしろだって……!?
そんなこと、誇り高き魔女が聞き入れられるはずがないだろ。
「だ、誰が貴様らの要求など聞くか————」
「そうか、残念だな————いくぞ、リル」
「あいよ」
セラフィリアが答え切る前に、アイスが会話を切り上げた。
アイスとリルは立ち上がり、牢屋の鉄格子の扉の方へと向かう。
その時————二人の腕につけられていた金属の手錠がぱかりと開き、地面に落ちた。
「え? な!? なぜ!?」
またもや変な声を出してしまう。
手錠は鍵を使わなければ開かないはずでは……!?
一体どんな魔法を使ったというのだ。
そして、リルは鉄格子の扉も————何か細い針金のようなものを鍵穴に差し込んでいるように見えた————簡単に開けてしまう。
「さて、また出口を探しますか」
アイスはそう言って扉を開け、二人は牢屋から出ていく。
そして、再び鉄格子の扉を閉め、鍵までかけられた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 私を置いてくのか!?」
「だって、あんたあたしらと組まないんだろ?」
鉄格子の柵にかじりつくが、アイス達はさも当然と言いたげな涼しい顔をしていた。
セラフィリアは焦りと、どうして自分だけ囚われなければならないんだという怒りで、また頭に血が上り始めた。
「お、お前達だけ出ていっても無駄だぞ!? この屋敷は魔法によって空間が歪められていて、常人では絶対に脱することのできない迷路になっている!」
魔女の家に迷い込んだ人間は、生きて出ることができない。
そう言い伝えられている理由の一つがこれだ。
ただの人間がいくら走り回ろうと、出口を見つけることなどできないはず。
「そいつは困ったな……だが、俺達は止まるわけにはいかねえんだ」
困ったと言う割に、アイスは顔色一つ変わっていなかった。
何か策があるとでも言うのか?
それとも————二人は本当に賢者で、屋敷の迷路など問題ではないと言いたいのか。
すると、アイスは徐にセラフィリアの方を指差す。
「————ちなみにあんたはこのままだと、賊を招き入れた疑惑に加えて、賊をみすみす逃した罪に問われることになるわけだが……てめえの言う地位ってやつはどうなっちまうだろうなぁ」
「な!? く……くぅ……貴様!!」
よりにもよってこの私に脅しをかけるだと!?
セラフィリアは怒りと悔しさで表情が歪んだ。
ど、どうしよう……
こいつらは本当に賢者なのか。
魔力は一切感じない。だが魔力は隠しているとも言っていた。
そして、私の知らない魔法、あるいは技術を披露された。
ということは賢者なのでは————いや、こいつらは賊だ。賊っぽい。
こんな気品の欠片もない野党どもを、誇り高き魔女が逃してもいいのか。
いや、いい訳がない————しかし……
様々な疑念や考えが、頭の中をぐるぐると回っている。
脳の回路が焼き切れそうであった。
うーんうーんと考えた挙句、セラフィリアは大きく溜息をついた。
駄目だ……もっとシンプルに、私のことだけを考えよう。
数々の疑念、諸々のプライドを抜きにして考えれば、セラフィリアはこのまま何もしなければ、不届者を逃したただの無能であるという烙印を押されるだけである。
つまり、アイス達の提案に乗るしか選択肢はなかったのである。
「……分かった。私を連れていけ! 貴様らが賢者かどうかは一旦後だ、今は騙されてやる」
「いいね、損得で考えられるやつは好きだぜ」
牢屋の鍵が再び開かれ、セラフィリアも解放された。
アイスの方に背中を向けると、かちゃかちゃと手錠の解体が始まる。
「————じゃあセリー、よろしくな」
開錠が終わり、アイスはポンポンとセラフィリアの肩を叩いた。
————今なんて言った?
「セ、セリー? 誰だ」
「てめえのことだよ、セラなんとかよりも言いやすいだろ」
「な……!?」
こいつらは————
こいつらは、どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ!!?
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