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決断

 柊は、茉乃の部屋を黙ったまま出ていき、行く当てもなく外に出て歩き出した。夜になり、外はだいぶ冷え込んできていたが、柊にはその寒さすら感じられないほど憔悴していた。


 道の途中で立ち止まり、ふと思い立って駐車場に戻って車に乗る。



 ・・・十数分後、柊はすみれの家の前にいた。



 チャイムを鳴らすと、すみれが驚いた表情でドアを開けた。


「柊?・・・入りなさい。」


 何かを察したように彼女は黙って柊を家に入れてくれた。リビングに入り、柊は暗い表情のままソファーに寝そべった。


「なあに、今日はずいぶんだらしないわね。」

「いいんだよ、今日は。俺はダメな息子だから。」

「何言ってんの。あんたは自慢の息子よ。」

「・・・鷹宮さんに、父さんのこと聞いた。」


 すみれはお茶を淹れながらキッチンから少し声を張り上げて返事をする。


「え?お父さんのこと?」

「そう。」


 ソファーの側のテーブルの上に緑茶を置くと、すみれはダイニングチェアの方に座った。


「じゃあ、私がお父さんのために生命力を分けていたことも聞いた?」

「え!?」

「全くあの人は。変なところで気を遣って!・・・あのね。あんたのお父さんはね、あんたと同じ力を使った時は、必ず私から少しずつ生命力をもらっていたのよ。鷹宮さんに手伝ってもらってね。私は若い頃は人よりどうもパワフルだったみたいでさー。ちょっとやそっと分け与えた位ではびくともしない体質だったんだって。」


 すみれはずず、とお茶を啜る。


「でもね、お父さんが力を使いすぎたことがあって、その時は私あんたを妊娠中だったから、お父さんに分け与えるのは危険だって言われて、それでどうにもならないまま彼は亡くなってしまった・・・。妊娠中のことだったし、あんたが気に病むと思って、今まで黙ってたのよ。」


 彼女は遠くを見るようにして微笑んだ。柊はただ黙ってその話を聞いていた。


「後悔したって仕方ないことだけど、今でも夢は見るよ。あの時あーしてればこうしてればって。でもそんなのどうにもならない、死んでしまったら。」


 すみれは柊の方を見ながら言葉を続けた。


「あんたがお父さんと同じ道を歩み始めた時、鷹宮さんがあんたに力を貸すって言って下さったの。私もそりゃ悩んだわよ。あんたを産んでからは前ほどの力は残っていなかったし、お父さんのことも話せなかったから。・・・でも、あなたのお父さんのように必死に頑張るあんたを止めることは私にはできなかった。それでも・・・娘のように思うマノちゃんに、あんな・・・私と同じ思いをもうさせたくない。」


 そして椅子から立ち上がり、柊の前に立った。


「だからあんたは生きなさい。マノちゃんのことを取り戻したいなら私が最後に一回だけ力を貸してあげる。でも今は駄目よ。彼女を送り届けて、あんたをある程度回復させてからじゃないと助けられない。私も若い時ほど力が残ってないのよ。いい、チャンスは一度きり。よく考えて、どうしたいのか決めなさい。」


 それは柊にとって思ってもみなかった、最後のチャンスの提案だった。




 そして、すみれに別れの挨拶を告げ、そのままマンションに急いで帰った。


(茉乃に会わないと、絶対に、このチャンスを逃しちゃ駄目だ!!)


「茉乃?いる!?」


 チャイムもノックもせず、ドアを開けて中に入ると、茉乃があっけにとられた表情で柊を見つめていた。


「・・・て、もう入っちゃってるじゃないですか!?いつもいつも勝手に入れるからって!もう少し遠慮してください!!」

「うん・・・なんかこんなやりとりも久しぶりだね。」

「もう!・・・でも、そうですね。何だかちょっと懐かしい!」


 二人に少しだけ笑顔が戻る。そして柊がおもむろに茉乃の手を握って歩き出した。


「え?どこに行くんですかこんな時間に?」

「俺の部屋。」

「でも、どうして・・・」

「チャンスをもらったんだ。すみれさんから。」

「すみれさん?」


 そうして話しながらリビングに入り、いつものようにグレーのソファーに二人向き合って座った。


「一度、君を向こうに帰す。」

「・・・はい。」

「だけど俺は必ず君を迎えに行く。」

「ダメです!そんなことをしたら今度こそ柊さんが・・・!」


 柊は茉乃の両手をしっかり握りしめた。


「すみれさんが一度だけ助けてくれると約束してくれた。俺は・・・それに賭けたい。」

「でも・・・」


 茉乃は握られた手をただ見つめている。離したくないが離した方がいいのではないかと逡巡する。


「その代わり、君の世界でも同じだけの時間が必要なんだ。時間を調整するのは思っている以上に生命力を削っていくみたいだから。だからたぶん向こうに繋がるのは二年後になると思う。」

「二年後・・・」

「場所は・・・君の家にするよ。佳乃さんに何度か招待してもらったから繋がると思う。でもいつと約束はできない。それと・・・たぶん、俺は君を迎え入れることしか、もうできないと思う。」


 柊が言っていることはつまり、柊自身はこの世界に残ったまま、世界を繋げた瞬間に茉乃をこの世界に引き込むことしかできない、ということだ。その言葉の意味を理解し、パッと顔を上げた。


「私、もう一度柊さんに会えるんですか?」

「ああ。タイミングがずれなければ、必ず。」

「・・・」

「それしかチャンスはない。茉乃。」

「はい。」


 柊はずっと握っていた手を離し、彼女を抱き寄せた。


「お願いだ。二年後、俺の世界に来てくれないか?」


 柊の腕の中で、茉乃は小さく頷いた。いつという約束はできない。時間がずれてしまえば会えない。それでも、細い糸のようなものでも、希望が繋がったことが嬉しくて、茉乃の顔には明るさが戻った。


「よかった。必ず迎えに行く。必ず向こうに繋げるから・・・信じて待っていて。」

「うん・・・待ってる。」



 そしてその夜二人は初めて、柊の部屋で、二人だけの夜を過ごした。


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