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柊と最初の本

 あれほど近くには寄らないでと言っていたはずなのに、柊は茉乃のすぐ隣に座り、何やらタクシーのような車で移動中である。顔をできるだけ見ないようにと窓の外に目を向けるも、時々わざと反射して見える位置に顔を動かしてくるのでタチが悪い。


(ああ、ほんと、イケメンは嫌い)




 実は図書館だと思っていた場所は何やら研究施設のような所で、先ほどいた部屋はその一室にある資料室のようなものだったそうだ。その部屋を出ると、まるで大学の研究室が並ぶ廊下のような、雑然としているのに少し静かな空間が広がり、不思議な懐かしさを覚えた。


「ここは読めなくなった過去の文書を集めて保管しているんだ。実はこうなったのはそこまで昔じゃないんでね。まあ、たかだか百年ほど前ってところかな。」


 そう話しながらどんどん前に進んでいく柊を追いかけ、茉乃は早足で歩き続ける。


「あ、ごめん速かったかな?マノちゃんのペースに合わせるよ。」


 そう言いながら今度はゆっくりと顔を見ながら歩き出したので、イヤイヤさっきのペースでいいから顔を見せないでくださいと言ったらちょっとだけ傷ついた顔をされた。




 そんなこんなでその研究所を出て、柊が道路を通り過ぎようとしていたタクシーらしき乗り物を止め、言われるままに後部座席に乗り込み今に至る。



「ねえ、マノちゃんは、佳乃よしのさんとずっと二人で暮らしていたの?」


 柊がさりげなく質問を振ってくる。茉乃は顔を見ずに低い声で答えた。


「どうしておばあちゃんの名前、あなたが知っているんですか?」


 当初から疑問に思っていたことだ。こんなとんでもない状況に巻き込まれて忘れかけていたが、祖母と知り合いというのもおかしな話だった。絶対に教えてもらうと気合いを入れて待っていると、彼はあっさり答えを返した。


「ああ!佳乃さんはこの世界にきた時に一番に見つけた才能溢れる女性だったからね。それと最初に出会ったそっちの世界の人でもある。」

「え?おばあちゃんと?そうだったんだ・・・でも全然あなたみたいな人と出会ったなんて話、聞いたことがないけど。」

「うん。言わないでってお願いしてた。佳乃さんの力を受け継いでいる君なら、なんとかなるんじゃないかって思ってたから、ここに連れてくるためにも、時が来るまで君を怯えさせたく無かったんだよね。」


 茉乃はじっと柊の顔を見つめた。


「え、いつから私のこと知ってたんですか?」

「うん?そうだなあ、あっちに行ってすぐだったから、二年前くらい?」

「うわあ、なんか怖い!」

「え、そう?でもほらこれは仕事だからさ。あ、今はもう友達か!」

「いえ違います。」

「えー、冷たいなあ。」


 冷たいと言いながらもたいして気にも留めていないのだろう。表情ひとつ変えずに茉乃の顔を見つめ返す。


(しまった!こんなイケメンの顔をまじまじ見てしまった!早く忘れよう・・・)


 茉乃は目を瞑って今見た顔を必死で忘れようとしていた。その不毛な努力を横目に、柊は一冊の本をバッグから取り出した。


「マノちゃん。最初の一冊は、これをお願いしたいんだ。」


 そう言って手渡してきた本を、茉乃は目を開けてそっと受け取った。小さな文庫本サイズの本だが、薄くて綺麗な装丁だな、と思う。


「これ、どうしたらいいんですか?」

目を合わせないまま質問をすると、ふいに柊が茉乃の頬を両手で包み込んだ。


「ひゃあ!?なにするんですむむむ」


 両手で顔をムニムニと挟んで、柊は自分の方に茉乃の顔を向けて言った。


「俺の顔そんなに変?目を見ないまま話すなんて寂しいじゃん!ちゃんと見て!大丈夫、ちょっとくらい顔がいいからってマノちゃんをいじめたりしないよ!ね?」


 引き続きムニムニしている柊のちょっと怒った顔が面白くて、茉乃は口を尖らせた顔のまま噴き出した。


「プフっ、わかりましたから手を離してください!」


 柊はうんうんそれでいいと頷きながら手を離した。茉乃は仕方ないと覚悟をしてその顔を見ながら話す。


「それで、この本どうしたらいいですか?」

「うん、もうすぐ僕の家に着くから、そこでちゃんと話すけど、簡単に言うとそれをさっきみたいに音読?朗読?して欲しいんだ。」

「朗読?」

「そう。・・・さあ着いたよ。ここ僕の住んでいるマンション。広いから部屋のことは心配しないで。じゃあ行こうか。」



 車を降りると柊は中でお金を払い、降りてくる。お札や小銭、それから数字全般はどうやら表示に変化は無いようだ。それも読めなくなっていたらと思うと、違う世界ながらゾッとする。


 柊が横に並んで、建物を見上げた。つられて茉乃も見上げてみる。三階建ての低層マンションと思っていたが、よく見るとそれ以上高い建物はそもそも周りに存在しなかった。


 一見すると茉乃の世界と同じように見えていた様々なものが、じっくりと目を向けると少しずつ違うのがわかる。独特の形や模様が目に入り、似て非なる世界に来てしまったことに、少しずつ不安を感じ始めていた。


「さあ、行くよ。僕の部屋は三階。ついてきて。」


 柊から手渡された本と自分の最初から持っていたバッグだけをしっかり抱えて、茉乃は柊の後ろをついて、マンションのドアをくぐった。


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