図書館の聖域と侵入者
新しいお話を思いついて書き始めてみました。ゆっくり更新していきます。宜しくお願いします!
蝉の声が微かに聞こえる静かな図書館の中で、藤堂茉乃はいつものように本を読み耽っていた。居座る場所も毎回同じ。生物関連の書籍が並ぶ書架の端、一つちょこんと置かれた背もたれのないソファーの上だ。
何ならもう自分の座った後が付いているんじゃないかと思うほど大抵はそこにいるので、誰かが自分を探そうと思ったらそこに来ればいるよと言いたい。
(誰も探しには来ないけど。)
暗くて地味な、本ばかり読んでいるまじめちゃん、中学でも高校でもずっとそんな立ち位置で生きてきた茉乃にとって、そのソファーの上だけが、唯一自分の居場所だと感じられる場所だった。大学に入ってからもそれは特に変わらず、お一人様を満喫しつつ、涼しい図書館に今日も居座っていた。
なのに、なぜ。
今日に限って、背の高い男性がそこに座っている。特等席を奪われたショックと、全く縁のない美形の男性―少なくとも横顔は―がそこにいることへの動揺に、茉乃は思わず持っていた本を落とした。
バサバサ、っという音に反応して男性が振り向く。こっちを見ている?さらに心臓がバクバクしてきて、しゃがんで本を拾いながらも、そちらには目を向けないようにして立ち去ろうとした。その時。
「待ってたよ。」
思いがけない声に上を見上げる。すぐ目の前に立っている。
(ああ、顔がいい男性は苦手だな・・・)
ハーフっぽい外見のその男性を見上げたまま、大口を開けて固まっていた茉乃は、今の言葉を幻聴だと判断して黙って立ち上がり、「お騒がせしました」と言って背中を向けた。
「あれ、聞こえなかったかな?君を待ってたんだよ。」
茉乃はゆっくりと、不審者を見る目つきで振り返った。
「あの、私のことを仰ってるんでしょうか?」
男性はうんうんと笑顔で頷く。
「いやあの、初対面、ですよね?あ、もしかして図書館の方ですか?ソファー、凹んでました?ここばかり座っていたのを怒られるとか!?」
男性は驚いたような顔をした後、苦笑した。
「いや、違うよ。ソファー、特になんともなかったよ。座り心地いいね、あそこ。」
「はあ。」
「でね、君を待ってたって話なんだけど。」
「・・・新手の詐欺ですか?」
「え?」
「地味な子に声をかけてデートしようとか言って変なものを買わせるとかそういう・・・」
「それもう新手ではなくて昔からあるやつだよね。」
「ああ、そっか。」
男性は面白そうに茉乃を見つめると、「ちょっと来て」と言って手首を掴んで歩き出した。
「え!?ちょ、ちょっとなんですか誘拐ですかやめてください!大声出しますよ?」
「えー、ここは図書館だから静かにしよう。」
「・・・」
図書館は静かにという当たり前のことが今はただ恨めしい。
渋々彼に引っ張られて歩いて行くと、見たことのない書架が置いてある場所にたどり着いた。
「こんなところがあったんだ・・・」
本の背表紙を見ても何だかさっぱりわからない。ただ言えるのは、見たことがない文字だということだ。
「これって、何語ですか?」
「内緒!」
「え?」
男性は悪戯っぽく流し目を使うと、目の前の本を一冊手に取る。真ん中辺りを指で挟みパッとその本を開いた瞬間、本というよりその場所全体がフラッシュを何重にも焚いたかのように強く光り、茉乃の目を眩ませた―――
少し経ってから恐る恐る目を開くと、そこは見たことのない図書館になっていた。いや、ここは本当に図書館なのだろうか、と茉乃の頭は混乱する。
いつも目にしているベージュの木目調の書架ではなく、古い本物の木でできた焦茶色の低い棚がいくつも並んでおり、その中に溢れんばかりの本、本、本・・・そして棚に入り切らないものは棚の上や酷いものは床にまで積み上げられていた。
「な、なに?何ここ!?え、どうして?何がどうなってるの!?」
思わず叫んでしまってから、図書館なのに騒いでしまった!と焦ってみたりする。茉乃はこのとんでもない状況に、全く頭がついていかなかった。
「はい、いらっしゃい。いやー、いい人材をスカウトできたよ。君、藤堂さんだよね?佳乃さんからいつも話には聞いてたけど、いいね、見た目と違って元気な反応!安心したよ。」
美形の男性がゆっくりと近付きながら持っていた本を棚の上に置く。
ああ、そんなところに無造作に置かないで、どうにかして元の場所に戻さなきゃ・・・
そんなことを考えていると、その男性がいきなり名乗り出した。
「僕の名前は鈴村柊。父は誰だか知らないけどアメリカの人だったって。母は日本人だからハーフだね。君をここに連れて来たのは僕。それと補足情報だけど、君はこれから一、二年は元の世界には帰れないから。」
茉乃の目が点になる。何を言っているのだこのイケメンは。ああ、やっぱり顔がいい男は嫌いだ、などと思いながら全力で嫌そうな顔になる。
「うわあ、すごい顔!そんなに怒らないでよ。どうしても君じゃなきゃだめだったんだから。」
「あの、私あなたが言っていることが何一つ理解できないんですけど、どうしたらいいですかね?」
眉間にも鼻の周りにも皺が寄っているんだろうなと感じるほど、渋い顔をしている自分をしっかり実感している茉乃は、そのままの顔をキープしながら鈴村という男性に噛み付いた。
「おっと、ほらそんな顔をしたら可愛い顔が台無しだよ。ちゃんと順を追って説明するからさ。まあ、そこの椅子にでも座ってよ。」
これだけ睨まれながらも飄々と話す鈴村柊という男に、茉乃は少し脱力しながら、話を聞く態勢を整えた。