制圧
「嫌ああああ!!!」
A子は半狂乱になって叫び、どうにか逃れようと暴れた。
「寄越せぇぇぇ!!」
「嫌だぁぁぁぁぁ!!!!」
A子が暴れるほど女の力は強くなり、ついには首を絞められ始めた。
「うっ……」
A子が薄れゆく意識の中で見たものは、車のヘッドライトに照らされた女の霊姿だった。
乾いた破裂音がしたかと思うと女の霊は大きくのけぞり、A子の首から手を離した。
「なんとか今回は間に合ったな」
「だからここで張ってれば良かったんですよ」
「昨日はそれでダメだったじゃねぇか」
「それは結果論です」
男二人が口論する声が聞こえる。車のヘッドライトによる逆光で姿は見えないが、A子には聞き覚えがある。
男の一人が自分の肩に手をやり喋った。
「現実化レベル5を確認これより制圧を開始する」
乾いた破裂音が散発的に起きる。その度に男二人が照らされる。あの刑事二人だ。
刑事二人はMP5-Jを装備して黒いボディアーマーを身につけている。どうやら防弾チョッキも着ているようだ。まるで映画に出てくる特殊部隊のような格好だ。刑事達が構えているMP-5Jの銃口が光り、銃声がA子の耳をつんざいた。
「ギィエェェェェェ!!」
女の霊叫び声が聞こえ、霊が倒れるのが見えた。倒れた霊にさらに弾丸が撃ち込まれるが、それでもまだ動いているようだ。
女の霊はもはやA子に構っている余裕はなさそうだった。
E田がA子に近づいてくる。
E田は屈むとA子の肩を掴むと、やや乱暴に霊からひっぱり離した。
「ごめんね遅くなって」
あっけに取られるA子をよそに、E田はMP-5Jを幽霊に向け構えた。
「両耳押さえてうるさいと思うから」
A子が咄嗟に両手で耳を塞いだ直後、パンパンという連続した発砲音が響いた。それと同時に女の霊の輪郭が歪み、霊はもがき苦しむ。もがき苦しんでいた女の霊は凄まじい形相で刑事二人を睨むと背を向けて逃げ出した。
だが、その方向から凄まじい光量のフラッシュライトが焚かれ、女の姿が露わになる。
ライトで浮かび上がったその姿は、白かったはずの服は真っ黒に染まり、所々裂けた部分からは内臓のようなものがはみ出している。長い髪を振り乱し口から血を吐き出しながらよろめく姿はホラー映画のワンシーンのようだ。
そしてフラッシュライトを焚いた96式装輪装甲車からD川やE田と同じ装備の隊員が降りてきて女の霊に対して射撃を開始した。
凄まじい音と光にA子は思わず目を閉じた。目を開けると光の残像で視界がチカチカする中、MP-5Jを構えた隊員たちが次々と飛び出していき、あっという間に女は蜂の巣になった。
やがて全ての弾を撃ち尽くしたのか、銃撃の音が止み静寂が訪れた。そしてもう動くものがないことを確認すると、D川を先頭にして隊員達はマガジンを交換しながらゆっくりと歩いて女の幽霊に近づいて行く。その顔には熱赤外線暗視装置が取り付けられており、女の霊を捉えている。
女の霊は熱赤外線暗視装置を通して見ると黒い塊に見える。夜の地面の方がまだ暖かいくらいだ。女の霊の目の前に来たD川は立ち止まると、銃を構え発砲した。
再び激しい音と光に見舞われたA子は目を閉じて手で耳を覆う。
再び静かになった時、そっと目を開けてみると、女の霊は白いモヤとなって薄くなっていった。
D川たちはそのモヤへ銃口を向けてたままだ。やがてそのモヤが完全に消えると、D川は無線を繋いだ。
「対象の消滅を確認。状況終了」
その声と同時に、全員が構えを解きMP-5Jの銃口を地面に向けた。D川とE田以外の隊員は二人に敬礼して装甲車に戻りどこかへ行ってしまった。
D川とE田がA子に近づいて来た。
そしてE田が声をかける。
「大丈夫かい?」
「はい」
A子は頷いた。
「ごめんね遅くなって。F夫さんに話を聞きに行ってたんだ」
「いえ……助かったので大丈夫です」
「F夫さんは亡くなってたよ……」
「え!?」
F夫と電話で話してまだ一時間も経っていない。その後に死んでしまったのかとA子は驚いた。
驚くA子を見てE田が口を開く。
「死後数時間は経過していたね」
それを聞いてA子は背筋が寒くなった。じゃあ自分が話したのは誰なのかと。
「だってついさっき電話で」
「多分それはあの女の霊だね。F夫さんになりすまして君を呼び出したんだろう」
「そんな……」
E田は優しく微笑むと人差し指を口に当て最後にこう言った。
「今回の事件のことやここで見たことは内緒にしてね」
こうしてA子が遭遇した足を求める女の霊の怪談は解決した。
翌日からA子はニュースを注目していたが、あの戦闘はまるで無かったかのように一言も出てこなかったという……。
おしまい。