それはメガネ攻めと健気受けですね(1)
ジーニアは医師から定期的な診察を受けていた。その医師がうーんと難しい顔で唸っている。そして診察に付き合っているのがなぜかクラレンス。今も、少し離れた場所で、というよりはいつものソファで診察が終わるのを待っていた。
「あの、どうかしましたか?」
医師の唸り方は、それはもうジーニアを不安にさせるようなものだった。
「あ、いえ。少し気になりましたので」
「何が、気になると言うのだ?」
すたすたとソファの方から寝台に向かって歩いてくるクラレンスに気付いたジーニアは、診察のためにずらした服をいそいそと着直した。クラレンスの圧力に負けている医師は、おずおずと言葉を続ける。
「治りが遅いのです」
「治りが遅い?」
クラレンスは医師の言葉をそのまま繰り返した。それは、クラレンス自身も彼女の傷跡に薬を塗っていて思ったこと。だから、この医師が藪ではないのか、と疑ったこともある。だが、医師自らが「治りが遅い」と口にするということは、この医師が藪ではなくてきちんとした医師であり、さらにクラレンスが思っていたこともあながち嘘ではなかったということ。
「はい。本来であれば、もう少し傷口がくっついて、引き攣れや痛みも治まってきている頃なのですが。まだ、痛みますか?」
医師が優しくジーニアに問えば、彼女もこくんと頷く。それはけして大げさなのではなくて、不意に痛みが襲ってくるのだ。
医師は再びうーん、と唸った。
「とりあえず、こちらの薬を塗っておいてください。ですが、それでも治りが悪いようであれば、それはもう我々医師の手には負えません」
「職務を放棄する、とでも言うのか?」
腕を組んで医師の話を聞いていたクラレンスが、冷たい視線で医師を見下ろした。
「ち、違います」
焦った医師は大げさに手と首を振る。
「恐らく、恐らくですが。もしかしたら呪詛の類が含まれているのではないか、ということです」
「呪詛?」
腕を組んだままクラレンスは眉根を寄せた。
「そうです。ただの怪我ではなく、呪詛が込められた怪我の場合、治りが遅かったり、そこから傷口が全身へ広がったりします。もちろん、我々の薬は効きません」
うむ、とクラレンスは頷いた。
「その場合は、王宮魔導士に頼むしかありません」
医師の言葉を耳にしたクラレンスは、再び眉根を寄せて何かを考えている様子であった。
「では、私はこれで、失礼いたします」
往診用の鞄を閉め、立ち上がった医師はいそいそとジーニアの部屋を出て行った。
クラレンスと二人きりになってしまったジーニア。もちろん彼女の頭の中は『王宮魔導士』で埋め尽くされている。
――王宮魔導士と言ったら、ジュード様よね。
「ジーニア嬢」
クラレンスの低い声で名を呼ばれ、ジーニアははっと我に返った。
「傷はまだ痛むのか?」
クラレンスが寝台に座ったため、そこはギシッと軋んだ。寝台の軋む音はよくわからないが緊張感を孕む何かがあると思っているジーニアにとって、その状態のクラレンスは非常にまずい。何がまずいか。
まず、ここにいるべき人物は自分ではないということ。今、自分がシリルであったならば、という妄想。
をしつつも、クラレンスがジーニアの顔を覗き込んできたため、ジーニアもじっと彼を見つめ返した。
――クラレンス様の表情が、辛そうに見える。どうして、そんな切ない顔をなさっているの?
ジーニアの心の中はハァハァ状態である。このような彼女を止められるのはもはや同士であるヘレナしかいない。
「私は大丈夫ですが。その、クラレンス様の方が辛そうに見えます……」
「私をかばった君が私の代わりに怪我をした。まして、それが呪詛の類であるかもしれない、と言われたのであれば、申し訳ないという気持ちが私の中にだってあるのだよ」
「ですが、以前にも申し上げました通り、私はクラレンス様を守ることができたことを光栄に思っておりますので。その、クラレンス様が気になさるようなことではありません」
「それでも君は女性だ。女性の君に、このような傷痕をつけてしまったこと。今、激しく後悔している」
「私の傷痕など、クラレンス様の命に比べれば非常に安いものです。むしろ、クラレンスを守ったことでできた傷。これを誇りに思いながら、そしてそれを受け入れてくれるような方と一緒になれば、何も問題ありません」
だが、本当にこのような傷痕を受け入れてくれるような男性が現れるのだろうか、という思いは少なくともある。自信は、無い。けど、現れなかったら現れなかったでもいいや、とさえ思えてくる。
「そうか……」
と呟くクラレンスはどこか寂しそうにも見えた。
「あ。ですが。私がこうやってこちらでいつまでも休んでいたら、その、クラレンス様の侍女としてのお仕事ができませんね」




