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それはスパダリ攻めと誘い受けですね(6)

「あの。いろいろとお尋ねしてもよろしいでしょうか」


「もちろんだ」

 クラレンスがジーニアの手を両手で包み込み、すりすりと愛でている。


「それから。その、手を放していただけると、助かります」


 クラレンスの瞳がキラリと輝いた。それは間違いなく「WHY?」と言っている。これほど「WHY?」が似合う男、他には知らない。


「クラレンス様。ジーニア嬢もお目覚めになられたばかり。このように腕を伸ばしていたら、疲れてしまうのでしょう」


 ――シリル様、ナイス。さすがシリル様。空気が読める男は違う。


 シリルの言葉にコクコクと頷いたジーニア。それを見たクラレンスは残念そうに彼女の手を解放した。

 そんな捨てられた子犬のような目で見ないで欲しい、とジーニアは思う。ジーニアの中の人の母性というものがくっと疼く。だが、そもそもクラレンスはスパダリ攻めであってワンコ系攻めではない。本来のシナリオとは違う流れになっていることから、どこかでキャラ崩壊が始まっているのだろうか。と、ジーニアは心の中で真剣に考えた。


「あの。このような恰好で申し訳ないのですが」

 と前置きをつけたジーニア。このような恰好というのは身体を起こすことができない状況。

「身体を起こそうとすると、背中が痛むのです」


「ああ。刺さったからな。あれが」


 不穏な言い方をするクラレンス。それをシリルがあきれ顔で眺めている。


「さ、刺さった? 何がですか?」


「矢、だな。君の背中から胸にかけて、ぷすっと貫通を……」


「え、えぇえええ」

 ジーニアは慌てて穴が開いていると思われる胸を覗き込んだ。だが、幸いなことに穴はない。

 くくっと笑い声が聞こえてきた。それも二人分。


「貫通はしていない。それに女性はドレスを着るためにコルセットというものをつけるのだろう? それが、矢が深く刺さるのを防いでくれたようだ」


「ああ、そうなんですね。よかったです。穴が開かなくて」


「そうだな。穴が開いたら、恐らく今頃君はここにはいないだろうな」


 クラレンスはまたくくっと笑った。

 これではジーニアのクラレンスに対する評価がかわってしまうだろう。スパダリはどこへいってしまったのか、と。いや、スパダリに違いは無い。高収入だと思う、というよりは金を持っているだろうこの男。社会的地位もある、そもそも王太子だ。将来の国王だ。そして、この輝くような美貌。直視したら目が焦げてしまうほど眩しい美貌。スパダリの要素は満たしている。だが、彼はもう少しクールなイメージがあったのだが、目の前の彼はジーニアをいじって楽しんでいる、ただの近所の悪ガキのようだ。


「あの。ちなみに今日は何日でしょうか」

 聞きたかったのはそれだ。だが、クラレンスが穴が開くとか穴が開いたとか、穴、穴うるさかったため、聞き忘れてしまうところだった。


「今日は、二十四日だ。パーティから二日しか経っていない」


 二日しか、ではなく、二日もだ。だから、納得した。今、ものすごくトイレに行きたい。だが、目の前にはクラシリ。こんなこと、恥ずかしくて口にできない。けれど、我慢もできない。


「クラレンス様。すいませんが、誰か人を呼んでいただけないでしょうか」


「人? 今、ここには私とシリルの二人がいるのだが。これでは不十分か?」


「あ、いえ。その、できれば女の人をお願いしたいのですが」


 シリルが「クラレンス様」と口にする。さすが空気の読める男、察しのいい男は違う。


「君とはまだ話したいことがたくさんあるのだが」


「はい、私もクラレンス様にはお聞きしたいことがあります。ですが、今は……」

 トイレに行かせてください。と言いたいが、言えない。


「ジーニア嬢、目が覚めたばかりのところを押しかけてしまい、申し訳ありませんでした。少し落ち着いたころ、また来ます」

 すっとシリルが立ち上がる。クラレンスは名残惜しそうにジーニアに視線を向けてから立ち上がった。


「今、侍女を呼んでこよう」


「ありがとうございます。あ、あのクラレンス様」


「どうかしたのか?」


「ちなみに、こちらはどこでしょうか。肝心のそれを聞くことを忘れておりました。トンプソン家の屋敷ではない、ということだけはわかったのですが」


「王城内の一室だ。この部屋は君のために準備をしたのだから、遠慮なくここで養生するがいい」

 遠慮なくと言われても、王城内の一室と聞いた時点で遠慮が生まれてしまう。


「お気遣い、感謝いたします」

 ジーニアは、去り行く二人の背を見送って、早く侍女がこの場に来てくれることだけを願っていた。

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