表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空間に綴る  作者: 三千
9/37

想いの強さ


『NNPコーポレーションのCEO 女性を誘拐か?』


二度見ぐらいではない、三度見四度見し、頭を抱えてしまった。

北川の、スマホを持つ手が震えている。女性を誘拐? まさかあのエアリアルルームに監禁するつもりで……


犯罪の類に加担してしまったのかと、棍棒で頭を殴られたような衝撃を受けた。ガンガン鳴る頭で真っ先に考えたのは、娘のアイのことだ。


この世でアイを託せる親戚はいない。何かあった時には大谷に頼むしかない。そうは思うが、その大谷のせいでこんな目に遭っているのだから、まずは一言言ってやらなければ気が済まないと思った。


そんな中、その大谷から電話があったのだ。


「いったいどういうことだよっ! 文秋のネット記事にデカデカと載ってるんだぞ。おまえまさか知ってて俺に、」


『北川っちょっと落ち着け! 誘拐じゃないから! 絶対に大丈夫だから! その証拠に、お前んとこに警察は来ていないだろう?』


確かに大谷の言う通りだ。もし共謀の容疑がかかれば、誘拐事件がこんなにもデカデカと記事に載る前に、警察の捜査が直ぐにも入るはずだろう。が、その気配はない。


「本当に大丈夫なんだろうなっ」


『その記事はただの煽りだ、煽り! 俺は詳細を聞かされている。大丈夫だから、落ち着け、な?』


「わかった。ちゃんと説明しろ。今からそっちに行くから時間を作れ」


車を飛ばしてトマツトイへと向かった。


「わりいわりい、北川に迷惑かけるつもりじゃなかったんだけどな」


頭をかく大谷を尻目に、北川は会議室のイスにどかっと座ると、腕組みをした。


「さあ、聞こうじゃないか」


大谷が慌てて詳細を話し出す。


駆け落ちだった。


滝田には小学生から仲の良かった幼馴染の女の子がいた。相手方の引越しで、東京と九州の遠距離になってしまったのだが、何とか細々と手紙のやりとりを続けていたものの、一方的に彼女の方が音信不通になってしまった。


最後に交わした約束があった。滝田は大人になってお金ができたら自分が迎えにいくと書いた。返信はなかったが、彼は彼女をいつか迎えに行くことを励みに一生懸命勉強し、そして働いた。


NNPを興し、ようやく一財産が出来た頃に探し当てた彼女は、幸いにもまだ独身であったが、親が作った借金で、貧しい生活を強いられていた。


滝田は直ぐにも結婚を申し込み、彼女を口説き落とすことに成功したが、その工作をするためにこのエアリアルルームを利用した。お互い遠方ではあるが、エアリアルルームを使えば一瞬で会うことができる。


カギを渡した時の、滝田の嬉しそうな顔。あれは幼き頃からの計画を完遂した、至福の表情だったのだ。


けれど、その経緯を知らない彼女の両親が、彼女が連れ去られたと勘違いをして、今回の騒動につながったらしい。聞いてみれば意外と単純な理由だった。


「何だよ、その絵に描いたドラマのような話はっ! こっちは、心臓が止まるかと思ったっつーのに!」


「でもまあ、彼女の親が背負ってる借金と同額の現金をどかんと置いて、その足で彼女を連れてっちまうんだからなあ。結果、金で彼女を買ったみたいな図式になっちまって、親がびっくりして騒ぐのも無理ないよな。そんでちょっと警察沙汰になっちまったってわけだ」


「それが文秋砲に……ってもっと別のやり方があっただろおぉぉ」


北川は顔を歪め頭を抱えて唸った。それにしてもだ。なぜ、あんなにも秘密にするよう、念を押されたのか?

その疑問に、大谷が答える。


「その後のネットニュース見てねえの? 速報も流れたんだがなあ。あの人、会社を後任のボンクラ副社長に譲って、さっさと会社、辞めちまったんだぞ。誘拐どうのより、そっちの方が重大ニュースだっつーの」


なんと日本を代表するカリスマCEOが会社をほっぽり出して、純愛に走ってしまったというわけだ。


株価の暴落や会社の信頼の失墜、個人所有の株の売却などその他諸々の事情を考えると。秘密にするのも仕方がないことだったのかと、北川は大きな溜息を吐いた。


「なんだよ、会社まで辞める必要あったのかよ」

「まあ、あの会社の代表なんかやってちゃ、恋人に構ってる余裕なんてねえだろうから。金より彼女との幸せを選んだってことなんじゃねえ?」


北川は、詳細を聞いて妙に納得してしまった。なんという想いの強さだ。好きな人を一途に想うその揺るぎなさは、誰一人として周りが気づかなかったというだけで、最初からあの瞳の中に宿っていたのだ。


「でも……じゃあなんで、あんなデザインの空間だったんだ?」


恋人が滝田と同じ歳ならもういい大人なはずだが、と北川は首をひねった。


「どんなデザインかは知らねえけど、その幼馴染ちゃんの子どもの頃の夢だったらしい」


幼い頃の二人。オトナの事情により遠くに引き離されてしまった幼馴染たち。肩をくっつけあって寄り添う、小さな男の子と女の子の姿が、想像できるようだった。


それを聞いて北川は大きなため息をついた。


(なるほどー自分の夢も叶えて、そして彼女の夢をも叶えたってわけか。イケメンすぎんだろ!)


北川は、複雑な気持ちを抱えたまま、その後の数日を過ごした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 純愛、いいじゃないですか〜。 [一言] 会社はまたつくればいいですし!
[一言] 誘拐の片棒を担がされたわけではなかった、ということで、ホッとしました。が、会社関係者は大変ですよね。せめて、ボンクラ副社長ではなく、もう少し人選の配慮っていうものがあったなら……。 純愛、恐…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ