ただ、会いたくて
「こんなにもたくさんのひらがな積み木をいったいどうするんですか? 動画でも撮るんですか? まさかYouTubeとかTik Tokとか?」
こんなもさい男がYouTubeやってるように見えますか? と心の中でツッコミながら、受け取った伝票にサインをする。二件目に紹介してもらった下請けの玩具工場。そこの社長が、いまだに怪訝な目で見てくる。
「あ。わかった。あれでしょ、ドミノとかやっちゃうんでしょ。ピタゴラとか撮るんじゃないんですか?」
ある意味正解、ただ横並びで倒れないドミノだけどね、と心でのたまい、サインした伝票を返した。
「あはは。それなら娘も大喜びなんですけどね」
「まあなんにせよ、大量注文をありがとうございました」
「こちらこそ、色々と無理難題を聞いてもらって、ありがとうございました」
大量注文と今後の定期的な追加注文を取引材料にした上で、大幅な値下げに成功した。北川はこの取引に満足していた。けれど北川がそう思う以上に、満足している様子が相手側にも見て取れた。
規模は大きくないが、誠心誠意を地でやっているような工場だと、大谷が賞賛していた。かたわらに立つのは工場長と社長。お互いの顔を見合わせながら微笑んでいるのを見て、その意味を知った。
「トマツトイの大谷さんの紹介だったので、これはクセのある方がいらっしゃるぞと思って構えていましたから、北川さんのように穏やかな方で意外でした」
「大谷のヤツがご迷惑をお掛けしているでしょうね」
「いえ、そんなことは……あ、いや、たまに無理をおっしゃることもありますけど。って大谷さん、ちょっと強引なところがありますからね。値引き交渉も豪快で……いつもコテンパンにやられてますよ」
工場長の忌憚のない言葉。
「ウザいですよね。大丈夫、僕も概ね同意見です。しかも、なんでもかんでも確認しろ確認しろってうるっさいでしょ?」
「あはは、よくわかっていらっしゃる」
社長と工場長は一通り笑ってから、「では、商品は宅配業者に任せましたので、届きましたら内容を確認してください」「大谷さんにもよろしくお伝えください」と、北川を送り出す。
「はい。またご連絡します。ありがとうございました」
頭を軽く下げ、駐車場に停めた車に乗り込んだ。スマホを取り出して、夜爪の名前を検索したところで、指を止めた。実を言うと、昨日も追加の注文がないか、確認の連絡をしている。
(かくいう俺も、夜爪さんに確認ばかりしてるけどな……)
苦く笑う。
(商品がうちに届いてから連絡すれば良いか)
思い直し、待ち受け画面に戻して、ポケットに突っ込んだ。
電話はかけられなかったが、テンションは高い。アイが驚くぞ〜、そんな大量の積み木が三日後にどどんと届く。
(夜爪さんも、喜ぶかな)
やはり手続き完了の連絡をしようとスマホを再度取り出す。
と、そこで着信。
『夜爪 鞠』の文字。スマホを落としそうになった。
(わわ、以心伝心か?)
軽く興奮しながら、電話に出た。
『もしもし、夜爪です。今、大丈夫でしょうか?』
「はい、どうぞ。って僕も電話しようとしていたところです。ひらがな積み木が三日後に届く予定ですので。とりあえずうちの倉庫に入れておきます」
『承知しました』
「それでなにか用でしたか?」
『この前、北川さんがアイちゃんと一緒に作っていただいたチョコレートケーキがすごく美味しかったので、私も作ってみたんです』
「わ。それはすごい!」
『それで、美味しいかどうか味の保証はできませんが、良かったら召し上がりませんか?』
ふわっと足元が軽くなったような気がした。嬉しい。まさか夜爪の方から誘ってもらえるなんて。北川は耳に当てていたスマホを反対の手で持ち直し、カバンからスケジュール帳を取り出した。
明日の土曜なんかは、まるまる空白。
「遠慮なくいただきます。明日とかどうですか? またうちで一緒に食べませんか?」
声はうわずるが、自然な感じでいけたように思った。
『明日ですか……午後からなら』
「では明日、お待ちしています」
通話を切ってからスマホを握りしめたまま、両腕を天高く上げてガッツポーズをする。
「やっっったーーーー!」
北川は自分の歳も車の中だということも忘れ、座席で飛び上がった。車体がぐらぐらと揺れる。
胸が鳴った。これが恋の始まりだということもわかっている。久しぶりに芽吹いた感情に振り回されている自覚もある。
ただ会いたい。いや、明日には会える。
北川は意気揚々とエンジンをかけると、鼻歌を歌いながらアイを迎えにいった。




