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短編集2

酒場の花は夢を見ない

作者:


 

 ─────「綺麗な歌だ」

 

 そう、何度も言われた。

 

 口を開けて、音を出して、歌を歌って、それだけ。私にはそれしかないから。

 

 この空っぽな心のままに歌う私の歌を周りは褒めるけれど。私が歌うのは劇の場でもなく、叔父さんがやっている酒場。

 

 聞いて欲しいとは思わない。私はただ歌うだけ。ただ、仕事として歌うだけ。生きるために歌うだけ。

 

 「ルビアちゃんは最高だな!」

 「美人だし、声も綺麗だし、歌声も最高!」

 「俺達の花だよほんと!」

 

 金が無いから、酒を飲むついでに聞いてるだけ。それだけの価値しかない私。どれだけ褒められてもどれだけ請われても、ただのおまけ。

 

 「あの!」

 「…?」

 

 ちょっとした台から降りる時、目の前に手が差し出された。その手を辿ると、綺麗な鎧を着込んだ男の人が、何故か片方の膝をついて手を差し出していた。

 

 

 「…は?」

 

 誰? こんな鎧着て酒場に来る人なんて知らないけど。というか、そもそもなんでこの人跪いてる訳?

 

 「とても綺麗な歌でした!」

 目を輝かせて、私程度の歌に感動しましたなんて…ああ、この人も知らないんだ。私は所詮歌姫のなりそこないなんだって。 

 

 「…あっそ」

 

 知らないからこんなに目を輝かせている。この人も周りの人も。本当に吐き気がする。

 

 「あの…名前を聞いてもよろしいですか?」

 

 変に畏まり、へりくだり綺麗な頬を赤らめて私に許しを乞う。…一体どんな嫌がらせだろうか。

 

 「酔っ払い達が言ってたでしょ、私はルビア、それだけよ」

 「ルビアさん」

 

 目を輝かせて私を見るその存在にまた意識が遠くなり他人事のように感情が切り離される。

 

 それじゃあと話を断ち切って駆け込んだ自分の部屋の桶に胃の中全部吐き出した。

 

 焼ける喉の痛みと、臭くてたまらない匂いでさらに気分が悪くなる。いっそ酒でも飲めたら逃げもできるんだろう。

 

 でも私は歌が捨てられない。

 

 夢なんてもう消えてしまったけれど、希望なんてもうどこを探しても見つかりはしないけど。でも自分で自分の歌に終止符を打つ勇気も持てなかった。

 

 

 机に突っ伏して体を綺麗にしなきゃとか、どっかやっぱり他人事のように遠く意識して。

 

 うっすらと意識を手放した。

 

 

 ───────その日から鎧姿の男は毎日酒場に姿を現した。

 

 酒を飲むでも、何かを食べるわけでもなく、席につきもせず、壁際に立ちただ私を見て、私の歌を聞く。

 

 悲恋の曲を歌いながら、そんな男を見る。顔はよく見えない。目元は隠れてしまっている。けれど少し見える頬はなめらかで美しい肌だ。私よりもきっと綺麗な肌だろうことに少しイラついた。

 

 鎧はいるだけで怖い。だから叔父さんは鎧の客にならない迷惑な存在に困りきっていた。金も落とさずただ私の歌を聞くだけの男に本当に困っていた。

 

 「今日も素敵でした 」

 

 小さな一輪の花。何を思ってか同じ花を毎回一本ずつ持ってこの男は来る。少し複雑な気持ちになりながら男を見ると叔父さんの困りきっていた顔が浮かんだ。

 

 「…あんた、金がないわけ?」

 「あ、いえ、騎士なのでないということはありません」

 「はぁ? なら酒でも頼みなさいよ、ここは酒場よ」

 

 顔を近づけそう噛み付く様に文句を告げると、少し身じろいだ男がおずおずと財布から銀貨を一枚取り出す。

 

 「なら、これで」

 「ふん、仕方ないわ、私が伝えたげる…何飲むの?」

 「いえ、そうではなく」

 

 金だけチラつかせてどもる男に勝手に眉間にシワがよる。少し離れたところで叔父さんが顔色悪くして慌てていた。

 

 「私は酒は飲めません、かといって飯を食べるわけにもいかないので、毎日銀貨一枚で席を一つ買わせていただけませんか」

 

 その言葉を聞いてから叔父さんに視線を向けると唖然としていた。驚きはしているが、嫌ではなさそうだし。

 

 「好きにすれば? 私がタダ働きが嫌なだけだし」

 

 

 男はその次の日から椅子に座るようになった。酒も飯も頼まず、約束通り一枚の銀貨を払って席につき、ただ真っ直ぐ歌う私を見て、歌を聞く。

 

 この男だけが私の歌を買ったのだ。

 

 そうまでされると興が乗る。流石に気が悪くはならない。相変わらず私の歌なんかで満足出来て銀貨一枚を払ってしまう男に呆れはしていたが。

 

 曲名も歌が終わり、男が帰る時に聞いていく。そして気に入ったのがあれば歌って欲しい時に言ってくる。


 不思議とこの関係はよく馴染んだ。

 

 歌っている時口元が緩むことが増えた。自然と声が良く出た。

 

 この男にとって私の歌はおまけでないのだろう。

 

 男はよく笑い、よく泣いた。私が幸せな歌を歌えば幸せそうにして、絶望の歌を歌えば泣きながらも悔しがり、祭りの歌を歌えば体をうずうずと揺らした。

 

 まるで私が出せない感情を代わりに出すみたいに。私の歌で感情を顕にする。

 

 私は歌姫にはなれなかった。感情が籠っていない、ただ綺麗なだけの歌だと言われた。

 

 それを否定することは結局私には出来なかった。出来なかったからここにいる。

 

 唯一の夢だった歌姫にはなれず、感情が表せないが故に成長もできない。

 

 そんな、私なんかの歌であの男は感動できてしまう。悲しい事だ、可哀想なことに本当の歌を聞いたことがないのだろう。

 

 「ルビアさん、今日も素敵でした」

 「…どうも」

 

 だけど、私の歌だけを聞いていてくれたならどれだけ幸せだろうか。

 

 一輪の花と銀貨一枚。男はそれを持ってやってきて席に着く。私は歌を歌う。ただのルビアとして。

 

 

 「なんか、ルビア綺麗になったよな」

 「歌も前より上手い気がしねぇ?」

 「かーっやっぱりかわいいよなぁ!」

 

 酔っ払い達も前よりも私の歌に聞き入ってくれるようになった。そうまでくるとなんだか不思議なことにお酒を飲む途中で寝てしまう客が増えてくる。

 

 閉店までだらだらと酒に食べ物を頼み帰ろうとしない酔っ払い達に朝の歌で見送るのが最近の流れになりつつある。

 

 朝を祝う、朝の歌。明るくキラキラとした歌詞にテンポは帰りを渋る男達を見送るにはうってつけだった。

 

 

 ──────だけど戦争が始まると鎧の男は来なくなった。そして酔っ払い達も。

 

 あれだけ近付かれてルビアと気安く呼んでくる酔っ払い達もいないとなると落ち着かない。鎧の男もそうだ。毎日聞きに来ていたっていうのに。

 

 誰もいない酒場で歌を歌う。片足が義足な叔父は戦争へは呼ばれなかった。誰もいない酒場で叔父だけが酒を飲み涙を流す。

 

 「まるで前の日常が夢だったみたいだ」と叔父は泣いた。夢なんて、儚く消えてしまう。掴めるのはほんの僅かな運のいい人だけ。

 

 それを私は知っているけどその一言を聞いて私はとうとう涙を流してしまった。

 

 「今までが夢なはずない、いい? ぐずぐず泣きながら酒飲むなんてらしくないことしてないでシャキッと立ってよ」

 「ルビア…」

 「酒場に客がいないのは仕方ない、だからってそれで諦めるなんてらしくないでしょ、私も叔父さんも」

 

 歌姫になれなかった私を叔父は引き取ってくれた。足が無くなり剣士になれなくなってしまった叔父と歌姫になれなかった私は酒場を切り盛りした。上手くいかなかった時だって何度もあった。それでも何とかしてきたのだ。

 

 私は歌を歌った。暗い歌なんて歌う必要は無い。ただただ明るい歌を。

 

 希望なんて夢なんてないけど。

 

 私には歌が、叔父には酒場がある。

 

 結局手放せない居場所がある。

 

 どこか遠くへいってしまった人達にもここがそんな場所になればいい。帰ってこれたとやはりここがいいと飲み明かせる場所ならいい。

 

 あの鎧の男は無事だろうか。こんなことなら名前を聞いておけば、家を聞いておけば死んだかどうかなら知ることが出来ただろう。

 

 死んでいるかも生きているかも分からない。

 

 「ルビア、さん」

 

 だけどもし

 もしも、またあの男が来たならば。

 

 「ルビアちゃん!」

 「ルビアまた歌ってくれよ!」

 「あー!やっぱり酒はここだよなぁ!」

 

 私の歌は願いとなり神に届いたのか。鎧の男は他の男を支えながらこの酒場に入り支えてた男を座らすと、いつもとっていた席についた。

 

 「ルビアさん、今日は朝の歌から聴きたいです」

 「っ仕方ないわね!」


 朝の歌は眠気を覚まして、朝が来たと実感できる。だから店を閉める時、帰るのをいやがる客たちに聞かせた。

 

 男はその流れを見て朝の歌だけはリクエストしなかった。だけど今それを頼むということは。

 

 夢じゃないのだと実感したいのだろうきっと誰もが。

 

 歌姫になりたいとはもう思わない。私はここでただ歌えたらいい。

 

 ここは私だけの舞台なのだから。

 

 

 「ルビアさん、今日も素敵でした」

 「…ありがとう、ねぇ、あんた名前は? 」

 

 一輪の花をまた受け取る。いつもと同じ会話がまたできたことにほっとして、ゆっくりと笑う。

 

 「マーティン…マーティン・ランドです!」

 顔を赤らめて叫ぶように名乗る男に酔っ払い達が唖然とした。もちろん私も。

 

 ランドの名前は知っている。当然だ。この土地の領主がランド公爵なのだから。

 

 「領主の息子かよ!?」

 

 酔っ払い達の誰かが叫んだ言葉と私が口元を抑えたのは同時だった。

 

 ちらりと視線を上げて少し見える頬を見ると真っ赤に染っていて、すこし領主の息子がこれで平気かどうか心配になる。

 

 「…マーティン、またあした」

 

 だけど酒場に入ってきた時ただの平民だろう常連の男を支えていた所を思い出すと大丈夫だろうと勝手に頬が緩み笑みが浮かぶ。

 

 「ルビアさんが…」

 「ルビアちゃんが…」

 「ルビアが…」

 

 

 「笑った!!」 

 「うるっさいわねぇ!ほっといてよ!!」

 

 また帰ってきた平穏を噛み締めて私はまた朝の歌を歌い馬鹿共を見送る。もう、朝が来た。戦争は終わったのだと。

 

 そう実感できるように。

 

 

 

 

  

 

 

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