第九話 ―誘拐― ~エミスサイド~
一瞬の出来事だった。
常に気を張っていたが、空からの攻撃に対して意識を向けていたかと言われればどうだろう。いずれにせよ事実は変わらない。カナメが連れ去られてしまった。
何故カナメを連れて行く。無論、この世界に一人しかいない男だからだ。だがしかし、いつ情報が漏れた。そして誰が連れて行った。考えても出ない答えを僕は必死に頭の中で自問自答し、自分の無力さを痛感していた。
「クソ!インディス!カナメが連れ去られた方向は分かるか!?」
迫りくる銀狼を薙ぎ払いながらこれからの作戦を練らなければならない。
「んー、カナメは独特の魔力を放ってるから多少離れてても追えますよ。ま、この状況では無理ですが」
「よし、インディス。辺りを一掃しろ!」
「まってましたぁ!」
インディスは月の魔導士だ。黒月と白月二つの月の魔力を取り入れて行使する。魔力は月の満ち欠けに影響を受けてしまうが、その威力、範囲は絶大だ。
「今夜は黒月を主月とした連月か、威力も範囲も半減だけれど銀狼程度なら申し分ないね!」
インディスが白と黒の色を基調としているのは月との親和性を高める為だ。連月は丁度二つの月が連なっている一方が一方に重なってしまい、白月と黒月の魔力が衝突し魔力が半減してしまう状況だ。しかしながら、この程度の敵の規模であれば十分許容できる範囲だ。
「インディスが抜けた分は僕がカバーする!ミョリ!敵の進行速度を緩めてくれ!」
「は、はい!ピエディ・コンツデンティ・アンプリア<広域に、鈍足に>!」
ミョリが地面に手を着いて魔法を唱える。この魔法は敵の足に重りを付けたように遅くし鈍化させる魔法だ。それを広域化している。効果範囲は使用者の魔力に依存するが、ミョリの魔力であれば半径30m程度だろうか。十分使用に耐えられる範囲である。
「さーて、久しぶりの月魔法だ。派手に行くよ!」
インディスが高く跳躍する。およそ10mほどだろうか。インディスは月の重力を自身に適応することが可能だ。高く飛び、長く滞空することができる。そうすることで月の魔力を供給できるのだ。
「白月と黒月との盟約により、この魔法を行使する。メセ・モナト・コンティヌリス・アイオンティア!<白月と黒月の連なる波動によって敵を打ち滅ぼす>」
黒月から黒い光がインディスに照射され、インディスの体から地面に向かってその黒い光は反射される。連月であれば半径25m程度だろうか。光が照射され、範囲内の敵は黒月の魔力によって焼かれる。
森の中から銀狼の悲痛な断末魔が聞こえてきたが、思いのほか少ない。仕留め損ねたのだろうか。
「インディス!敵の数は!?」
「んー、綺麗さっぱり消し去りましたよ。というか殆ど消えましたね。恐らくカナメを連れ去った奴らが銀狼を召喚していたんでしょう。目的を達成して撤退したのだと思います」
降りてきたインディスがそう言った。
やはり目的はカナメか。最初の襲撃から第二波まですべて周到に計画されていたのだろう。
恐らく襲ってきた銀狼は操られた実体を伴った個体だろう。しかし奥に控えていた銀狼などは召喚された銀狼に違いない。銀狼を操るのは一端の魔術師であれば造作もないが、数を用意するとなると個体数を用意するのに骨が折れる。その点召喚魔法であれば、触媒を用意すれば魔力によっていくらでも召喚可能だ。
最初からすべて召喚した銀狼で襲わなかったのは、僕らの意識をただのモンスターへ意識を向けさせる為だろう。召喚獣は、倒されると霧散して死体が消えるが僕が最初に倒した銀狼は黒焦げだった。最初に倒した銀狼が仮に召喚した銀狼であれば、その時点で異常に気が付いたはずだ。
「ご苦労。さて、一刻も早くカナメを救出せねばならない。直ぐに出発する。準備をしろ」
「隊長!お言葉ですが敵の素性も分からずしかも夜に深追いするのは危険だと判断致します。一刻も早い救出は急務ですが、誘拐したとなれば命の保証はあるはずです。ここで深追いすれば全滅の恐れもあります。一刻も早く王都へ向かい、改めて救出隊を編成することを進言致します」
キャルンに言われてハッとなった。確かにカナメを優先するあまり状況などまるで見えていなかった。隊長失格だ。
「済まないキャルン。君の言う通りだ。インディス。カナメの位置は追えるんだな?」
「そーですね。国内にいる限りは大丈夫だと思います。距離も大体わかりますし方角も探知できますね」
カナメを連れ去られてしまった。自分が不甲斐ないばかりに。胸が張り裂けそうだった。なぜこんなにもカナメが居なくなった事実が胸を締め付けるのか。自分でもわからなかった。
「よし。では睡眠後早朝王都へ向かう。明日は強行軍だ。最短最速で向かう。この失態は必ず取り返す。済まない」
「まー仕方がないですよあれは。上から持って行かれるなんて誰も思いませんし」
「そ、そうです隊長!気を落とさないでください!」
「しかし一体誰がカナメさんを連れ去ったのでしょう」
それについては一つ導き出された結論があった。
「恐らくオルメカの街に間者<スパイ>が紛れ込んで居たのだろう。だが夜に空から襲撃されたとなれば相手は一つしか考えられない。イミティエリイ帝国だ。」
イミティエリイ帝国は、北方の大陸アルブリエス地方を収める大国だ。我が国とは大河を挟んだ国境で隔てられている。
「え!帝国ですか!?なんでまた帝国が!?」
「夜空から襲うとなれば夜目が利く飛行生物。つまりエウレバードを使役しているとなればイミティエリイ帝国しか考えられない。エウレバードはアルブリエス地方のみに生息する固有種だ。その取扱いは国家機密として厳重に管理されている。以上の事から帝国が連れ去った可能性が極めて高い」
「か~ッ!帝国!忘れもしないウカメス戦役!これは戦争の理由になりますね!隊長!」
インディスが昔を思い出して怒りを露わにしている。ウカメス戦役なんてもう80年以上前の話を忘れていないというのだから驚きだ。
「確かに帝国が相手となると、話が大きくなってしまうと戦争に発展する可能性もありそうですよ」
「そんな直ぐに戦争が始まってたまるか。国外に連れ出される前にカナメを救出すれば問題にはならないさ。さあ、さっさと寝るぞ」
武器をしまい、ミョリに休息魔法をかけてもらう。浅い眠りでも疲労回復効果が見込める魔法だ。敵の襲撃が治まった後、追い打ちをかけられて全滅してしまっては元も子もない。インディスの警戒網を突破した敵が相手だ。用心しておく事に越したことは無い。
――――――すまないカナメ・・・・・・君は必ず無事に助け出す。それまで待っていてくれ。
頭の中で祈りながら眠りについた。