第七話 ―旅路―
四羽五人でオルメカの街を出発した。
道路として石畳が整備されている街道を抜け、踏み慣らされた道を四羽が走っていく。駈足といった足並みだろうか。自転車で移動する程度の速度感だ。しかし重心が高いため最初は非常に怖かったが、1回目の小休止を挟んで次に騎乗した際には大分落ち着いて景色を見ることができるようになった。1度降りた際に股が痛くて仕方がなかったが、ミョリが魔法で治療してくれた。聞くと衛生兵と言うのは物理的治療と魔法的治療の二つを合わせて治療を行うらしい。曰く、魔法での治療だけでも問題は無いらしいが、魔法も無制限に使える訳ではないそうで、魔力を温存するために物理的治療を合わせて行っているらしい。
2回目の小休止をへて平野を抜け、林道を走っているころに丁度日が落ちてきた。恐らくここで野営をするのだろう。林道の中で開けたスペースを見つけ野営の準備に取り掛かった。
「日も落ちてきた、夜間での移動は危険が伴う。ここで野営し、早朝出発する。各自野営の準備に取り掛かってくれ」
そうエミスが指示すると3人は返事を返した後、内容を聞かずにそれぞれ作業に取り掛かった。
キャンプの設営はキャルンが。薪拾いはミョリが。料理はエミスが。そして周辺の警戒をインディスが行った。想像していた分担内容と違っていて少し驚いた。特に隊長であるエミスが料理をするというのが驚きだ。俺の印象では、設営がインディス、牧拾いがキャルン、料理がミョリ、警戒がエミスだと思っていたからだ。
俺だけ手持無沙汰になってしまったので、近くにいるキャルンに話を聞いてみた。
「皆さん特に指示の詳細を聞かずに作業に取り掛かられましたが、何故この配置で動かれたんでしょうか」
「そりゃあエミス隊長がいらっしゃるのであれば、料理は彼女にお任せするしかないわね。彼女の料理は王護隊の中でもピカ一ですもの。そして認めたくはないけどインディスの索敵範囲は非常に広いの。だから彼女は自然と周辺警戒をしているって訳ね。そんで残る仕事は2つしかないけれども、背丈の差でキャンプの設営を私がやるから、残されたミョリは薪拾いをしているという訳」
そうキャンプを組み立てるの手伝いながら、キャルンが教えてくれた。
「私も一つ質問させてもらっていいかしら。貴方は男だそうだけれど、今までどこに隠れていたの?」
「隠れていたというか、僕は違う世界からどうもこの世界に来てしまったみたいなんですよね。今でも信じられないぐらいなんですが、見たことが無い鳥や魔法を目の当たりにしては信じる他ないですがね」
そう言うとキャルンは笑い出した。最初にエミスがノルンに話をした時と同じ反応だった。
「笑ってしまってごめんなさいね。気を悪くしないで頂戴。もちろん貴方の言っていることは信じているわ。実際そうでもなかったらエミス隊長が直々に護衛を務めて王都へ搬送するなんてこと考えられないもの。ただ余りに突拍子もない話だったからどうしても可笑しくてね」
「皆さん同じような反応をされるんですね。エミスがノルンさんに説明している時もそうやってノルンさんも笑ってましたよ」
そう言いながら、キャンプを張り終えた。キャンプは三つだ。恐らくサイズは二名用だろうか。そう時間がかからずに張り終えることができた。
「私は結界を張る準備をするから、他の人を手伝ってきてもらえるかしら」
そうキャルンに言われ、またも手持無沙汰になった俺は薪拾いをしているミョリを探した。キャンプを設営したところから見渡すが、ミョリの姿は見えない。目の前に料理をしているエミスが見えるが、俺自身料理は得意な方ではない。だから手伝えることは無いだろうと思ったので敢えて手伝いに行かなかったのだ。
もう辺りは日が落ちてすっかり暗くなっており、キャンプの中央には火が焚かれている。焚火の灯りが届く範囲で俺も薪拾いの手伝いをしていると、不意に声を掛けられた。
「おーっと危ないよっ」
その声の方向を見ると、どうやら木の上からのようだ。声の主はインディスだ。恐らく樹上で周囲を警戒していたのだろう。
薪拾いの手を止めて上を見上げると、樹上から音もなく飛び降りてきた。
「これはこれは。薪拾い中済まないね」
「いえ、インディスさんでしたよね。確か周辺の警戒をされていたとか」
「え?……あ!うん!そう!警戒ね!警戒してた。警戒してたよ」
一瞬こちらの質問の意図がわからなかったのか、途中で気が付いたように返答をされたが、反応を見た感じではどうも警戒などはしていなかったように見受けられる……
「あ!そういえばアタシもアナタに聞きたいことがあったんだ。異質な魔力を感じるのよね。もしかして呪われてたりする?」
異質な魔力。呪い。いずれも心当たりは無かったが、あるとすればオリエルに施してもらったこの言語認識機能の事だろうか。仕組みはよくわからないが非常に助かっていた。
「呪いか魔法かはわかりませんが、オリエルに言葉が通じるようにしてもらったのでおそらくその影響かと思います」
その回答にどうも納得がいっていない様子のインディスが、顎に手を当てながら訝し気にこちらを凝視している。上から下までまじまじと見られるとさすがに気恥ずかしい。
「見つけた。アナタの衣服の中からね」
そういってインディスは俺のズボンのポケットを指さした。
何か入っていただろうか。手に持っていた薪を置き、手を入れてやっと思い出した。
オリエルに貰った餞別だ。忙しさにかまけて中身を確認することもできずにポケットにいれておいたまま、今の今まで忘れていた。
ポケットの中から取り出して、袋を開けて中身を確認してみると中からは折りたたまれた黒い布が出てきた。布地はベルベットのような質感だ。広げてみると、それはどうやら肩掛けの様だ。丁度名探偵的な人が掛けている肩掛けのそれに近い。外套というには少し短い。襟もとには何やら紋章が刻まれており、丁度同じ紋章のボタンが付いている。
「うーん、これが魔力の正体みたいね。ありがとう。すっきりしたわ」
どうもインディスはこの肩掛けそのものには興味がないようで、あくまでその魔力の出どころが知りたかったようだ。
「インディスさん。この肩掛けに魔力があるってことなんですか?」
「インディスでいいわ。そうね。確かに魔力を感じるけどどんな魔法が掛けられているかはわからないわ。ちなみにこんな代物をどこで手に入れたの?」
「先ほどお話したオリエルから旅の選別に頂戴したものです」
そう聞いたインディスは少し眉をひそめた。
「なるほど。オリエル先生か。それならば納得だわ」
「オリエルだと何かあるんですか?」
不思議そうにインディスに聞くと、インディスは笑って答えた。
「そりゃあ生ける伝説とまで言われたオリエル先生だからね。何を持ってても不思議じゃないってことさ。オリエル先生が持たせた物であればきっと訳に立つはずよ」
生ける伝説――――――どうもオリエルは想像以上に有名人らしい。俺は手にもったその肩掛けを今来ている衣服の上から羽織ることにした。肩掛けが入っていた袋はまたポケットに仕舞いこんだ。肩掛けというものを初めて着込んだが、思いのほか暖かい。日が落ちてきて寒くなってきたので丁度よかった。
「イイね。似合ってるよ」
そういってインディスは薪の束を抱えて歩き出した。俺の手を繋いで。
「あ!持ちますよ!」と言ったのだが「アナタは護衛対象でしょう。であれば手伝いなんかしないでゆっくりしてなさい」と言われて薪を奪われてしまった。
「一つ質問していいですか?エミスもインディスも何故一緒に歩くときに手を繋ぐんですか?」
エミスが手を繋いできた時から気にはなっていたが、インディスも手を繋いできたので聞いてみた。
「あら?手を繋いで歩くことの何がおかしいの?それとも私とは手を繋げない?」
そう意地悪そうにインディスが笑みを浮かべながら聞いてきた。
「いやいやいや!そんなことは御座いません!僕がいたところでは女性から手を繋いで来ることなんて早々なかったものですから気になりまして!」
そう必死に弁明している俺を見ながらインディスは笑っている。
「冗談だよ。この国では付き添いや案内するときは手を繋ぐ風習でね。それでエミスもアタシも手を繋いでいるという訳さ」
なんとも素晴らしい風習である。初対面に近い美女とこうやって手を繋いで歩けるのだ。
元々の世界では考えられない。なんとも素晴らしい世界である。
少し歩くと良い匂いが微かに漂ってきた。どうやらエミスの料理が完成したのだろう。
「さー飯だ飯だ」
そう言うとインディスは繋いでいた手を放し、薪が重なっている束に持っていた薪を放り投げてエミ
スのもとへ駆け寄っていく。ミョリとキャルンは作業を終えて待機しているところを見ると、俺とインディスを待っていた格好だろう。
待たせては申し訳ないと俺も小走りでインディスの後を追った。
インディスは配給された食事を受け取ると焚火の周りに設置された丸太に腰をかけた。俺も続いてエミスから配給を受ける。
手渡されたのは薄い金属製の丸い食器に注がれた、クリームシチューの様な食べ物だった。湯気は立っているが、不思議と器は熱くない。
焚火の周りには丁度△の様に丸太が間隔をあけて置いてあり、一本目にミョリとキャルンが、2本目にインディスがそれぞれ座っていたので誰も座っていない三本目に俺は腰を掛けた。
エミスは最後に自分の分を取り分けると、俺の横に座った。
「それでは皆行き渡ったな。頂こう」
俺は手を合わせて小さく「頂きます」と挨拶をしてから頂いた。
漂ってくる香りから察してクリームシチューの様な物と表現したが、味もそのものだった。中に入っている具材も、触感や色味、味など細部は違ったが、タマネギやジャガイモ、ニンジンといったそれとさほど変わらない味わいだ。スープについても同様に牛のミルクと山羊のミルクの違いのような非常に微妙な違いだが、やはり細部がどことなく違うがそれはクリームシチューそのものだった。
世界が変わっても同じような食文化があることに驚きつつ、味わって食べていると料理についてエミスがこの野菜がどうだ、この味付けがどうだ、この肉がどうだと生き生きしながら教えてくれた。
俺も元の世界のクリームシチューとの類似点が気になり、いろいろな料理について質問していったところ、どうも食材の名前はある程度共通しているが料理の名称がどうも俺の元いた世界と違うようだった。
「ところでエミス。ここは大体王都までどれくらい進んだところなんだろうか?」
料理の話を終えたところで、クリームシチューもそろそろ食べ終わろうかというところで俺は気になっていた旅の進捗を聞いた。
「そうだな。大体4割ぐらいだろうか。明日の朝出発して二回の小休止と大休止を挟んでも明日の夕方には王都へたどり着けるだろう」
「ちなみにこの辺りはモンスターとかっているのかな?」
魔法が存在する世界であれば、モンスターが居ても不思議ではない。
「そうだな。居るか居ないかで言えば勿論居るが、我々王護隊が定期的に討伐している。この森にも生息しているが、我々を見て襲い掛かってくるという事は先ずないだろう」
それを聞いてホッとしていると、右側の丸太に食事を終えて座っていたインディスが急に立ち上がった。
「なんだこりゃ・・・・・・さっきまで全然気配を感じなかったのにこんな至近距離で感知するなんて・・・・・・隊長!ご報告いたします!すでに四方を囲まれている様です!」
その報告を聞いたエミスは驚きを隠せなかった。
「なッ・・・・・・一体何に囲まれていると言うのだ!この辺りには人を襲うモンスターはおろか盗賊なども居ない割と治安が良い道のはずだぞ!」
ミョリとキャルンは話を聞いて全員の食器を早々に回収して回っている。話を聞いた限りでは何者かに四方を囲まれるという割と危険な状況のはずなのに律儀なものである。
「わかりませんが、どうやら人ではないようです。数はおよそ20匹程。恐らく人狼種の類ではないかと推察致します」
「なるほど・・・・・・人狼種か。そいつはやっかいだな。ここで迎え撃つとしよう」
話を黙って聞いていた俺にエミスが申し訳なさそうに状況を説明してくれた。
「すまないカナメ。襲い掛かってくるモンスターはいないなどと話をした矢先に囲まれているなどと言う体たらくで。しかし君のことは我々王護隊が必ず王都へ連れて行く。安心していてくれ」
その言葉を聞くと同時に、森の奥からいくつもの大きな遠吠えが聞こえてきた。
今までドラマや映画などでしか聞いたことが無い狼の遠吠えのそれに近い。
薄暗い森の木々の向こうには、二つ並んだ赤い小さな光が無数に並んでいるのが見える。
四方を囲まれているというのは素人の俺が考えても非常にまずい状況だとわかる。
しかし不思議と恐怖感は感じられない。
知り合ってから短い期間ではあるが、エミスを信頼しているからなのだろうか。
エミスの背負っている長剣が頼もしく見えた。