第六話 ―旅立ち―
オリエルに別れを告げ、王都アルドリエルムへと向かう。その為にエミスが一度駐屯所へと立ち寄ると言った。旅の準備をするのだろう。今は私服のようだし、防具を装備しておらず装備は小さな短刀だけだ。それにラウフェンバードを使って王都まで1日半ということは、途中野宿をするのだろう。野宿をするための装備なども必要なはずだ。
エミスと共に駐屯所へ歩いていく間も、自然と手を繋いできた。
恋人繋ぎではなかったが、こんなに可愛い女の子と二人で街を歩いているとデートをしているような気分だった。通りがかった大きな噴水のある広場。たくさんの人が歩いていて出店のようなものが立ち並び、似顔絵を書いている人などもいるようだ。
――ああ。なんという良い雰囲気だろう。
街並みは元々住んでいた世界の17世紀か18世紀の西洋に非常に雰囲気が似ているように感じた。願わくばこの街でエミスと二人っきりでデートがしたい。そんな事を考えているうちにどうやら駐屯所についてしまったようだ。それなり歩いたはずだがあっという間に感じられた。楽しい時間は過ぎるのが早い。
駐屯所へ着くと、守衛の兵士に出迎えられた。
「エミス隊長!お疲れ様です!」
「ご苦労。今から至急この者を連れて王都へ戻らねばならない。すまないがラウフェンバードを4羽と5人分の野営用装備を準備してくれ」
3人待機していた守衛の内1人にそう伝えると、その人は敬礼してどこかへ走り去っていってしまった。5人分の野営装備と言うことは、あと3人別な人と行くのだろうか。
「カナメ。こっちだ。副隊長を紹介しよう」
そういってエミスは兵舎の中へ俺を案内した。
「紹介しよう。こちらが副隊長のノルン・エルミットだ。ノルン、急で済まないが僕は今からこの者を至急王都へと連れていく。後の事をすべて任せる」
そういってエミスが紹介してくれたのは、ノルンという副隊長だ。目の前の副隊長は状況を把握できずに目をぱちくりとさせている。
彼女の背丈は157センチ程だろうか。非常に背が低く感じられる。その体格でよく副隊長が務まるものだと感心してしまった。髪は薄いグリーンで髪を三つに束ねている。トリプルテールとでも言うのだろうか。目は黒く、装着している鎧は看守が着けていたものと殆ど同じだが、所々に装飾が施されているところを見るとやはり一兵卒ではないのだろう。腰にはメイスとおぼしき鈍器を装備している。
「どうしたんですかエミス隊長そんな急に。というかその人は誰なんですか?王都まで連れていくってことは重犯罪者ですか?」
「いや、説明すれば長くなるので簡単に説明するが、この者は世界でたった一人の男だ」
そうエミスが説明した途端にノルンは指を指して大笑いした。
「何言ってるんですか隊長。冗談はやめてくださいよ。男なんて生き残ってる訳ないじゃないですかー。もう何十年も前に探し回った結果どこにもいなかったんですよー」
「カナメは異世界からやって来たのだ。この世界の生き残りではない!」
エミスが笑われた事にムッとしたのか声を荒げてそう言った。その説明はどうなんだろう……と思っているとノルンは机をバンバン叩きながらさらに大笑いしている。
「い、異世界って(笑)隊長、正気ですか?(笑)」
「オリエル先生のお墨付きだ!文句あるか!」
オリエルの名前を出した所でようやくノルンは笑うのをやめた。
「オリエル先生がおっしゃっているなら隊長の冗談ということはなさそうですねー。了解致しました。駐屯地監査勤務を私<わたくし>、ノルン・エア・デルアント副隊長が任務を引き継ぎ致します」
そう言ってノルンは綺麗な敬礼をした。やはり軍人なのだろう。先ほどまでエミスを小馬鹿にしていた人とは思えない。
「今守衛に言ってラウフェンバードと装備を準備してもらっている。ノルン。同行する者三名を選任しておいてくれ」
「了解致しました。同行者三名を選任致します。隊長も同行するんですよね?」
「ああ。勿論だ。僕とカナメは自室で準備をしてくる。整ったら呼びにきてくれ」
「隊長がいるならお一人でも問題ないと思いますが、了解致しました。すぐに準備致します」
そういってノルンとは別れた。兵舎に自室が設けられているとは。さすがに隊長ということなのだろう。兵舎をエミスと二人で歩いているが、通路がそこまで広くないので手は繋いでいない。すれ違う兵士もやはり全て女性だ。階段を上って最上階へ到着した。どうやらこのフロアの一室がエミスの自室のようだ。部屋は非常に広く感じられた。オリエルの家の2倍はあろうかという広さだった。調度品や装飾なども今まで兵舎で見てきた物とは比べ物にならない豪華さだった。隊長という役職がどの程度上の階級かは分からないが、相応の位なのだろうと思った。部屋にはメイドだろうか、部屋を掃除している人が見受けられる。
「今から至急ここを出発する。鎧の準備を頼む。その前に先に風呂を沸かしてくれ」
そうメイドにエミスが命令すると、メイドはペコリとお辞儀をして掃除用具をもって別の部屋へと移動していった。
「さてカナメ。今風呂を準備させている。しばし疲れを癒すといい。僕は準備をしてから入る。先に入っていてくれ」
非常にありがたかった。都合2日も風呂に入っていなかったのだ。お言葉に甘えさせて貰うことにしよう。
「ありがとう。丁度風呂に入りたいと思っていたところなんだ」
先ほど奥の部屋に入っていったメイドが戻ってきて風呂が沸いたことをエミスに報告した。やけに風呂が沸くのが早いとは思ったが、魔法がある世界なのだから何でも有りなのだろう。深く考えるのをやめて、メイドに案内されて浴室へと入っていった。
浴室も広かった。豪華さは然程ではないが、高級感を感じられる作りとでもいうのだろうか。浴槽も非常に大きい。温泉などにある露天風呂ほどのサイズだ。一人で浸かるには少々大きく感じられた。
見たところシャワーも備え付けられている。一般的なシャワーとは違い、プールにあるヘッドが固定されたシャワーだ。壁にバルブの様なものがあり、その上部には円形のシャワーヘッドが見受けられる。
浴室には蛇口も石鹸も用意されていた。多少作りは違うが、元いた世界の風呂との違いはそれほど感じられなかった。
俺は体を洗ってから浴槽に身を沈めた。温度は少し暑いぐらいだが、我慢できない程ではなかった。
――これからどうなるんだろう。
この世界に残された唯一の男。種の存続のために俺と子供を作ってほしいということだった。
話を聞くだけなら素晴らしい話だ。世の一般的な成人男性ならば、自分好みの女性と無制限に誰にも咎められる事なくヤリまくれるとしたら夢のような話だろう。
しかし、逆のケースも考えられる。拘束されて機械的に子を作る種付けマシーンとして、奴隷のように好みでもない女性と休みなく延々と続けられるパターンだ。
俺が懸念しているのはこの部分だ。いくらなんでも男が俺一人だからといって、相手が嫌がるところを無理矢理犯すことはできないはずだ。であれば子供が欲しい女性が志願して、その志願者とするのだろうか。
ただ俺はまだエミスに伝えていないことがある。俺が種無し<無精子病>ということだ。これを伝えれば、俺の存在価値はなくなってしまう。この世界の民全てを欺くようだが、この世界の人々からすれば、消えてしまった男が現れたのだし、皆歓喜するだろう。俺には皆の期待を裏切ることなど出来なかった。それに子供は授かり物だ。いざ子供が出来ずとも俺だけが咎められはしないだろう。無論俺の精液を顕微鏡などで見れば一発で露見してしまうので、あとはこの世界に顕微鏡が無いことを祈る他ない。
「湯加減はどうだカナメ」
浴室の外からエミスが声を掛けてきた。ここに居ると言うことは準備が終わったのだろう。
「タオルと服をここに置いておく。僕は君の後に入る。風呂から上がったら声を掛けてくれ」
一瞬エミスも風呂には行ってくるのではないか。と、非常に甘い妄想は即座に打ち砕かれた。
俺は湯舟から上がり、体に付いたお湯をサッと手で払ってから浴室を出た。おいてあったタオルで体を拭くとさっぱりして気持ちがいい。やはり久しぶりに入る風呂は格別だった。
着替えてから、最初に入った応接室に戻るとエミスが居たのでお風呂のお礼を言った。エミス以外にも何人か兵士がいて話をしているようだ。
「風呂は気に入って頂けたかな?今丁度王都へと向かう者達と話をしていたところだ。カナメにも紹介しておこう。君たちから自己紹介をしておいてもらえるか。僕はすぐに体を洗ってくる」
そういってエミスは風呂場へ行ってしまい、俺と3人の兵士が部屋に残された。
残された4人は暫しどうしたらいいかわからず固まっていたが、3人の兵士の内の1人が喋りだした。
「えーと、アタシらも状況がよくわかってないんだけどアナタが護衛対象ってことでいいのかしら?ノルンから隊長室に出頭するように。とだけ言われて来てみたら王都へ1人しかいない貴重な男を護衛するって言われたんだけど、話の流れから考えるとアナタがその男ってことでいいのかしら?間違いない?」
と、首を傾げながら眼鏡をかけた女性兵士が訪ねてきた。
背丈は163センチぐらいだろうか。エミスとそう変わらない。髪の色は白と黒のストライプだ。エクステだろうか。瞳も左右が白と黒のオッドアイだ。甲冑も作りは今まで見てきた一般の兵士の其と同じ様な作りであるが、細部が異なっており白と黒で塗り分けられている。背中には巨大な武器を背負っているようだが全容はわからない。やはり白と黒で塗り分けられている。
「はい。俺がその男です。カナメ・アオバと言います」
「リョーカイ。アタシはインディス。そんでこっちがキャルにミョリ。よろしく!」
「っておい!紹介するならちゃんと紹介しろよ!」
「そうです!なんで愛称なんですか!」
紹介された二人がインディスに対して抗議をしている。このインディスという人はいつもこんな感じの人なのだろうか、まったく気にも留めていない。抗議していた二人はやれやれといった感じで僕の方を向いた。
「すまない。私はキャルン・ベニアリス。魔法使いとして後衛に付いている。そしてこっちがミョリヨル・メイクーン。衛生兵だ。そしてあいつがインディス・エアルウィード前衛という名の突撃兵だ」
「なんだ突撃兵って!重装歩兵と呼べ!」
「何をおっしゃいますか!国境警備の時は直ぐ突っ込んでいって何度戦争になりかけたことか!そのせいで貴女だけ国境警備の勤務を外されているでしょう!」
何やら言い争いが始まってしまった。インディスとキャルンのやり取りをミョリヨルがハラハラしながら眺めている。
キャルンは眼鏡をかけていて、雰囲気は学級委員長というイメージだ。背は高く169センチほどはあるだろうか。髪は三つ編みにして束ねている。髪の色は茶色だ。中学生が夏にはっちゃけて染めてしまった茶髪という感じの色合いという表現がしっくりくる。瞳の色は水色だろうか。装備は今まで見てきた兵装とは違い、ローブというか法衣のようなものを着用している色合いは赤を基調としていて、手足には具足やガントレットのような装備を着用している。手には杖を携えており、杖の先端には宝石がついておりいかにもファンタジー物であるような杖だ。
「お騒がせしてすみません……ミョリヨルと言います。ミョリとお呼びください」
二人のやり取りに手が付けられないとみて、ミョリヨルが挨拶しにきてくれた。ミョリというのが愛称なのだろう。背丈は二人に比べると小さく、160センチ程だろうか。髪はショートだが、後ろ髪を赤い大きなリボンで束ねている。髪の色は非常に美しい金髪だ。瞳の色は赤い。服装は衛生兵と言うだけあって他の兵とは装いが違う。元いた世界の軍服に装いが近いが、色合いは白を基調としている。バックパックの他に、腰にもサイドバッグのようなものを装着している。手には指ぬきの手袋と、デカい手甲が両手に装着されている。見たところ武器を持っている様子はない。
インディスとキャルンのやり取りをどうやって収めたものかと考えていると、不意に二人がおとなしくなり整列しだした。それにつられる様に俺の目の前にいたミョリも倣って整列する。
どうしたのだろうかと思ったら、エミスが風呂から上がって戻ってきたようだ。事前に風呂から上がるタイミングを把握していたのだろうか。実に段取りがよかった。
「各自自己紹介は済んだだろうか。それではこれより作戦概要を説明する」
そう言ってエミスはこの後の段取り、戦闘発生時の対応や陣形についての説明を簡単に行った。ラウフェンバードを四羽連れて行き、内一羽に俺が相乗りする格好だ。同乗者はエミスかと思ったらミョリと同乗するようだ。これは俺の保護を行う上での判断らしい。
戦闘時は俺と衛生兵であるミョリヨルを真ん中に据えて三方を囲う陣形を取るようだ。1人あたりのカバー範囲が広いように感じるが、それだけの手練れなのだろうか。
作戦概要を説明し終えると、兵舎の外へと移動し駐屯所の入口へと5人で移動した。駐屯所の入口にはラウフェンバードと思しき巨大な鳥が四羽留まっている。以前見たゲウフェンバードより後ろ脚が非常に大きく、前足が後ろ脚と比べるとスリムだが、やはり四足歩行だ。顔はダチョウのそれに近いが、立派なたてがみが生えている。鞍も装備されており、荷造りなどは終わっているようだ。
「それではこれより出発する。市街地は一列縦隊。市街地を抜けて平野へ入ったら、先頭を僕、真ん中にミョリ、殿<しんがり>を左右にインディスと、キャルで随伴してくれ」
「「「了解」」」
各自敬礼とともに、騎乗を開始する。俺自身乗馬の経験が無かったのでどうやって乗るのか不安だったが、ミョリがラウフェンバードに近づいて合図をすると、ラウフェンバードは足を折り曲げて地面に伏せてくれた。
「落ちないように気を付けてくださいね。鞍の真ん中の出っ張りをしっかり握っていてください」
そう同乗するミョリに教えてもらった。俺はてっきり後ろからピッタリ抱き着けるのかと少しだけ期待していたのだが、どうもタンデム仕様の特別な鞍のようだ。鐙<あぶみ>が合計四つついていて、鞍が2つ連なっているような形状だ。ミョリが座っている鞍尾に取っ手のような出っ張りがついている。先ほどミョリが握っていろといったのはこれの事だろう。
「出発する」
そうエミスが発すると、俺たちの乗った四羽一班が動き出した。後ろを振り返ると、守衛の他にノルンも居てこちらに向かって敬礼をしている。
事態は流されるがままに進行している。この後王都へ着いてからどうなるのか。考えても解消されないモヤモヤを抱えたまま、俺はオルメカの街を後にした。