表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/15

第四話 ―王護隊―

このエピソードは最初に登場したエミス視点での話になります。





「エミス隊長。お勤めご苦労様です」



そう言ったのは王護隊の副隊長のノルンだ。


今しがた、僕は当直勤務を終えて引継ぎをノルンに行ったところだ。


王護隊はその名の通り王を護る部隊であるが、一番隊から四番隊まで組織されており一定期間ごとに国境警備、市街警備、王国警備、修練を隊ごとにローテーションしている。


僕が所属している王護隊一番隊は現在、市街警備勤務中である。


市街警備は、隊の中から分隊長を各地の街や村にその規模に合わせて隊員を引き連れて派兵して警備に当たっている。


僕とノルンは数名の隊員を引き連れて、各地の駐屯地を回って派兵された分隊長からの報告を受けるなど規律が乱れていないか、異常がないか等を監視、監督しているという訳だ。


国境警備については他国とのにらみ合いが続いている為緊張状態が続くが、市街警備ともなると特に治安が悪いわけではないのでそこまで忙しくはない。市街地を巡回して稀に起こる市民同士のいざこざの仲裁や、近隣の増えすぎたモンスター退治などが主な任務である。


それこそ戦争を行っていた頃は命を賭して戦ったが、今は平和なものだ。40年ほど前に3国が休戦協定を結んでからは各国の国境地帯では今もにらみ合いが続いているが、特に小競り合いが起こるようなことはなかった。お互いを牽制している状態ということだろう。


しかしあくまで休戦だ。いつ再度開戦してもおかしくはない。とはいえ政治は門外漢だ。僕たちはあくまで与えられた任務を遂行するまでだ。


何十年と続けている任務だ。毎日が同じように過ぎていく。しかし今日はいつもと少しだけ違っていた。


最後に漂流部族と出会ったのはもう100年以上前だ。100年程前に起こった魔女の争乱を経て殆ど見かけなくなってしまった。


それがまだ生きていたというのだから驚きだ。


彼女は少し違っていた。同じエダエナ族なのだろうが、手を繋ぐと不思議と胸が高鳴った。


こんな事は初めての経験だった。


命を懸けた死闘で感じる心臓の高鳴りとも違った。言葉で言い表すならば、ドキドキした。


名をカナメと言った。珍しい名前だ。おそらく漂流部族特有の名前なのだろうと思った。


もう一度会って、ゆっくり話をしてみたいと思った。同じことの繰り返しの日常に正直飽いていたからだ。


すでに辺りが暗くなってきた頃だが、まだ街の灯は落ちていない。仕事を終えた労働者などが酒場で酒を酌み交わしている頃だろう。訪ねても失礼に当たる時間ではない。


当直勤務を終えて非番に入る。僕は鎧を脱ぎ、私服に着替えて駐屯所を後にした。装備は護身用のナイフを腰につけているだけだ。


駐屯所はオルメカの中に設営されている。オリエル先生のところまではそう時間はかからないだろう。


駐屯所は街の外れにある。街の至る所には魔法で発光する街灯が整備されているので日が落ちてからでも比較的明るい。


駐屯所から工業エリアは、繫華街エリアを挟んで反対側にある。


繫華街を歩いているとやはり人通りは多かった。酒を酌み交わしている人々の姿が多く見受けられる。


酒は人々の主要な娯楽の一つだ。酒は良い。僕も好きだ。


100年ほど前に起きた魔女の争乱によって男が絶滅してからこの世界の終わりは約束されていた。自国でもそうだが他国でも、男を新たに生み出す研究や子孫を反映させる研究は行われているようだが、成果は芳しくない。だからこそ今生き残っている人々はその大半がいずれ来る運命を受け入れているのだろうが、その為か皆好んで酒を飲んだ。


繫華街を抜けると、中央の広場にでる。噴水が設置されていて何か催しなどがあればここを使う。夜なので人通りは昼間と比べると少ないが、まだまだ歩いている人々がいた。


工業エリアに入ると、こちらはすでに人通りが全くない。恐らくすべて仕事を終えてしまっているのだろう。仮に人が歩いているようなら少し警戒しなくてはならない。こんな時間にこの辺りをうろつく人がいるとしたら、泥棒の可能性があるからだ。


程なくしてオリエル先生の家につく。家の中から光が漏れている。まだ起きて居られるようだ。


扉をノックしてから先生を呼ぶ。返事がないのでこちらから扉を開けてしまった。



「こんばんは。オリエル先生。夜分遅くに申し訳ない」



先生は、実験台の前で作業をしている様子だった。



「ああ、エミスかい。どうしたんだいこんな時間に」



先生は視線を少しこちらに向けて話をすると、また作業に戻った。



「昼間の漂流部族が気になってね。カナメと言ったかな。今はどちらに?」



「カナメなら客間で寝ているよ。報酬として血を頂いたのだが少し頂きすぎてしまってね。それと合わせて疲れが溜まっているようだね」



まだ寝るには少し早い時間だと感じたが、疲れているのだろう。話をしたくてここまで来たのだが、さすがに寝ているところを起こしてまで話をしたいとは思わなかった。



「そうだったか。彼女の話をいろいろ聞いてみたかったのだが致し方がない。失礼させて頂くよ」



そう言って立ち去ろうとした時、先生が作業を止めてこちらへ振り返って言った。



「まぁ待ちなさいな。私服で来たってことは非番なんだね?カナメの話が聞きたいんだろう?お茶を入れるから少し向こうで話をしようかね」



先生は含み笑いをしながらそう言った。確かにカナメの話を聞きに来たのだ。本人から聞けずとも先生が話をしてくれるというのなら聞いてみたかった。



「ありがとう。お話を伺えると助かる」



先生が指で手招きをしたので、僕は部屋の右側の扉から奥の部屋へ先生の後に続いて入っていった。



「まぁ適当に座っておくれ。今お茶を用意するからね」



そう言うと先生は魔法で火を起こし、水瓶から水を掬いポットに入れて火にかけた。



「お構いなく」



と、社交辞令を述べつつも僕は椅子に座った。


先生は茶葉を用意しているようだ。澄んだ香りが微かに漂ってくる。



「さて、何から話そうかね」



先生はそう言いながら、お湯が沸いたポットからティーカップにお湯を注いでいる。ポットの先端に茶葉が入った籠のようなものが付いていて、そこを通ってお湯が注がれてお茶になる。



「オリエル先生。漂流部族……いえカナメの事だが、彼女は本当に漂流部族なのか?着ている服装も見たことが無い服装だったし、漂流部族の服装にしては綺麗すぎるように感じた」



頭の中で考えていた疑問を口にした。本来は直接カナメに聞きたかったが寝ているのであれば仕方がない。



「おや、さすが王護隊の隊長だ。鋭いね。確かにカナメは漂流部族じゃないよ」



お茶の入ったティーカップがテーブルの上に置かれる。先生も自分のカップを手に持ったまま椅子に座った。



「では何だ?他国の間者<スパイ>?」



仮に間者であればとっくに先生が捉えて王護隊に引き渡しているはずなので、その答えは間違っていると思いながらも聞いてみた。他に思い当たる節がなかったからだ。



「間者だとしたら大したものさね。ただカナメは間者じゃないよ。カナメは異世界からやってきたのさ。笑っちまうだろう。私だって精神を繋いで直接聞かなきゃ信じなかったさ」



先生は笑みを浮かべながら楽しそうにそう語った。こんな楽しそうな先生を見るのは何十年ぶりだろうか。



「まさか。冗談だろう。異世界からのまれびとなど聞いたことが無い」



140年余り生きているが、異世界からの来訪者というのは聞いたことが無かった。先生が僕をからかっているのだろうと思ったのだ。



「さっきも言ったろう。私だって精神が繋がってなけりゃ信じないさ。しかもカナメは絶滅した人間族だ。カナメがもともといた世界は人間族の世界だったそうだよ」



人間族と聞いて驚きを隠せなかった。人間は全て100年ほど前に起こった魔女の争乱の後、時の流れに埋もれて全て絶滅してしまったからだ。



「そんなことが……本当にありえるのか?」



それから先生はカナメから聞いた話を教えてくれた。


どれも突飛な話で俄かには信じがたかったが、先生のおっしゃる通り精神を繋いで聞いたというのであれば間違いはないだろう。



「それでまだ面白い話があってね。これは明日にでも報告しに行こうかと思っていたんだけど、わざわざここまで来たなら丁度いい」



頭の中の整理が追い付いていないというのに、まだこれ以上何かあるのか。しかし、聞かない訳にはいかない。



「カナメは男だよ。絶滅したはずのね。人間だけの世界からやってきたんだ。男がいても不思議じゃないさね」



男と聞いて胸が激しく鼓動した。全く想定していない答えだったからだ。



「本来なら直ぐにでも報告した方がよかったとは思うけどね。カナメはこの世界に来たばかりで何も分からず言葉さえ通じない状態だったんだ。そんな状況で疲れて眠っているんだ。可哀想じゃないか。どうせ報告したら連れていかれてしまうんだから」



当然だった。男が生きているとなればこの世界の一大事だ。男がいなくなってから子孫が残せなくなってしまい、人々は残された時間をただ漫然と過ごしているだけに過ぎなかったが、男がいるのであれば子が望める。もちろん王護隊で保護しなければならなかった。



「何を言っているんだ先生!これは一大事だ!直ぐにでも保護して至急王女にご報告するべきだ!」



僕は声を荒げて先生に進言した。だが先生は目を瞑りゆっくり首を横に振った。



「気持ちはわかるがね。確かに一大事だ。この世界にとってはカナメは掛け替えのない存在なのは間違いないわね。でも疲れている状態のカナメを無理やり連れて行ったらカナメはどう思う?良い印象は持たないだろうね。それに寝ているんだ。逃げやしないさ」



先生がおっしゃることも一理あるが、居ても立っても居られなかった。



「寝かせておけとおっしゃるなら、なぜ男だと僕に明かしたんだ?僕が知れば必ず保護するべきだと言うのは先生なら目に見えていただろう」



先生が真っ直ぐな目でこちらを見ている。先ほどまでの楽しそうにしていた先生はそこにはいない。



「そりゃあもちろん。エミス。アンタを信用していたからさ。堅物じゃないとは分かっているからね。ま、私を切り伏せてでも連れて行くというなら止めはしないがね」



そう言って先生は笑った。先生の笑みは時折恐ろしさを感じる時がある。



「冗談はやめてくれ。先生を切り伏せることができることができる人物なんて聞いたことがない」



先生は大変ご高齢だ。正確な年齢は誰も知らないが300年以上この地に生きて居られる。


長寿の種族が多いこの地でも300年も生きている物は早々居ない。というのも長く生きた者はあらかた魔女の争乱で魔女が使役した魔獣との戦闘で死亡し、残った者もその後に起こった戦争で命を落としたからだ。その長い年月の中で培われた魔力は膨大だろう。王護隊の隊長である僕ですら、刃を向けるのには勇気がいる。



「という訳さね。大分夜も更けたろう。泊っていったらどうだい。どうせ明日朝一からカナメを連れて行くんだろう」



確かにその通りだった。ここから駐屯所に帰って明日の朝また来てもよかったが、面倒かどうかと言われれば面倒である。僕は先生のお言葉に甘える事にした。



「ありがとう。そしたら一晩泊めさせて頂くとしよう。それにここならカナメの護衛も可能だしな」



命を狙われる予定は無かったが、念の為だ。護衛という名目でもなければ王護隊の隊長が駐屯所を離れて外泊する理由にならない。



「護衛か。そりゃあ丁度いい。客間のベッドは一つしかなくてね。一緒に寝てやってもらえるかね」



そう言って先生は僕を客間へ案内した。ベッドは大きくもなく小さくもないサイズだ。成人が2人並んでも多少窮屈ではあるが問題なく寝られるだろう。


カナメは布団に包まって寝ているようだ。寝息が聞こえてくる。



「おやすみ」



そう先生と挨拶して先生は部屋から出て行った。


カナメはベッドの壁側を向いて寝ている。僕もベッドに潜り込んだ。カナメとは背中を合わせだが、背中と背中は離れている。


目を瞑り、寝る態勢に入った。王護隊に入隊した者は、一般市民と比べれば高給だ。それはひとえに労働時間が長いからに他ならない。当直勤務の際はローテーションで24時間勤務しているが、仮眠時間は限られている。だからこそ隊員は皆眠りが早い。


僕もその例に漏れず眠りは早い方だ。


しかし、ベッドに入った先ほどから心臓が高鳴って眠れない。原因はわからないが、興奮して眠れないのだ。こんなことは初めてだった。決闘の前日でもこのようなことは無かった。


原因があるとすれば一つしかない。カナメの存在だ。なぜカナメが近くにいると心臓が高鳴ってしまうのかは分からないが、不思議と嫌いではなかった。


そんなことを考えながらも目を瞑り、心臓の鼓動を数えている内に眠りに落ちていった。













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ