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第二話 ―意思疎通―


黒髪の剣士と手を繋いで2人で歩いていく。


街を歩く人々は、いずれも女性しかいなかったが黒髪の剣士とすれ違うたびに会釈をしたり、声をかけたりしていた。おそらく挨拶をしているのだろう。


そのことからも、やはりこの女性はある程度位の高い人物なのだろうと思った。


時折すれ違う荷馬車を見て驚いた。荷馬車と言うと語弊があるかもしれない。引いているのが馬ではないのだ。巨大な四足歩行の鳥という表現が最もしっくりくるだろうか。ヒクイドリ2羽を合体させて巨大化させた姿を想像すると近いかもしれない。巨大な鳥が荷台を引いて走っているのだ。驚いて立ち止まって見ていると、黒髪の剣士が指をさして話をしてくれた。言葉は通じないがおそらく説明してくれているのだろう。それからも黒髪の剣士は歩きながらも、時折足を止めて話しかけてくれた。


その何れも言葉は通じなかったが、指をさして話をしているので街を案内しているのだろうと思った。


言葉は通じてはいないがその心遣いがうれしかったので、話しかけられるたびに頷きながら「ありがとうございます」と伝えていった。


商店街を抜けると、石造りでできた建物が立ち並ぶエリアに入った。看板を見ると剣のマークや馬の蹄鉄のようなマークがあるところをみると、工業エリアといったところだろうか。


やはりこのエリアを歩いている人も女性しか見当たらないが、商店街では見かけなかった筋肉質な女性が多い。あの世は男女が別れて暮らしているのか、かえって諍いが少ないのではないかと思った。


15分ほどあるいたところで、彼女は目当ての建物を見つけたのは声を上げて指をさした。



「×××!×××。」

(あそこだ!オリエル先生のお家は)



彼女が足を止めたのは、特に看板のない建物の目の前だ。建物は石造りでドアは木製のようだ。



「×××。×××、×××。×××。」

(こちらがオリエル先生のお家だ。とても博識で、考古学や言語学などいろいろな学問に精通されている先生だ。きっと先生ならなんとかしてくれるだろう)



彼女が楽しそうに話をしている。何かを説明している風ではあるが、やはり言葉が通じないのでとりあえず頷く。


彼女が扉をノックしてから声をかけ、扉を開けて中に入っていく。


中が暗くてよく見えなかったが、彼女に手を引かれるままに家の中へと入っていった。


部屋は本棚が一面に立ち並び、加熱しているフラスコなどが並んでいる台も見える。理科の実験室と書斎を足して2で割った感じだ。


部屋の真ん中にはいくつかの本が積まれた机があり、奥には誰かが座っていた。



「×××。×××、×××」

(オリエル先生、こんにちは。ちょっと漂流部族の方が迷い込んだみたいでね。お話が通じるか見て頂きたいのだが大丈夫かな?)



俺を連れてきた彼女が奥の人物に向かって話しかけている。



「×××?×××?×××。×××」

((漂流部族?とっくにいなくなったと思っていたけどまだいたのかい?面白いね。ちょっとみてみようじゃないかね」



奥の人物が答えた。もちろん何を言っているのかはわからない。


奥に座っていた人物が、立ち上がってこちらに近づいてくる。


まず目についたのは尖った耳だ。髪は銀髪というより白髪だろうか、金髪がと白髪が混ざっているようでわかりにくい。瞳はグリーンだろうか。身長は見たところ黒髪の剣士より少し小さい。


髪型はショートヘアで髪が肩に少し着くぐらいの長さだ、体は日焼けをしているような褐色肌だ。肩が空いた黒を基調としたチャイナドレスのような洋服を着ていて、その上に透き通った羽衣のようなものをかけている。


男性とも女性ともとれる姿だった。



「×××。×××、×××。」(この娘が漂流部族かい?見たこともない服を着ているが、やけに小綺麗だね)



近づいてきた人物が俺に話しかけているようだ。


俺もとりあえず喋ってみたが、やはりこの人物にも話が通じていないようだ。



「×××。×××、×××。」(なるほど。こりゃあ確かに聞いたことがない言葉だね。そしたら精神接続してみようかね)



目の前の人物が何かを呟くと、目の前で手を合わせた。


さらにブツブツと何かを唱えるように喋りだしたかと思うと相手の手がぼんやりと光りだした。


突然の事に驚いていると、目の前の人物はその光る手を俺の頭に押し付けてきた。



(どうだい?私の声が届いているかね?)



頭の中に直接声が聞こえてきた。



(驚かなくていいよ。私と貴女との精神を接続させて直接意思の疎通を行っているんだ。話したいことを考えれば相手に伝わる。私の名前はオリエル。貴女の名前は?貴女はいったいどこから来たんだね?)



そう頭の中に声が聞こえてきて、目の前の人物を見ると優しく笑っている。


声を聴いて?ようやく目の前の人物が女性だとわかった。



(僕の名前はアオバカナメ。現世で死んだら森で目が覚めたんだ。森に居ても誰も迎えに来なかったから森を歩いた。森を抜けると街が見えたので、この街までやってきたんだ。そしたら見たことがない文字でさらに言葉も通じない。おまけにあの世なのに腹は減るし疲れもするし、一体ここはどこなんですか?)



俺は端的に状況を頭の中で説明した。



(現世で死んだ?何を言っているんだい?あの世というのは冥府の事かい?残念ながらここは冥王の支配する世界じゃないよ。そりゃあ腹も減るし疲れもするさね。ここはアルエイン。アリエス地方のオルメカって街さね)



言葉というか意思は通じているはずなのに、相手が何を言っているのか理解するのが追い付かなかった。あの世?冥府?冥王の支配する世界じゃない?腹も減るし疲れもする?アリエス?オルメカ?


あの世だと思っていたらそうではないらしい。しかしおかしい。死んだはずだ。確実に。


ただ確かに疑問もあった。あの世なのに腹が減るし疲れもする。尚且つ見たことがない文字に聞いたことがない言語。あの世であればそんな垣根があろうはずがない。



(家から出てコンビニに飯を買いに行く途中車に轢かれて死んでしまったんだ。死んだという自覚はある)



俺は死ぬ前の状況を話した。さすがに婚約破棄されたことまでは言わなかったが。



(コンビニ?車?荷車の事かい?それは災難だったねぇ。でも死んだってならなんでここにいるんだね?)



当然の疑問だ。俺が聞きたかった。



(僕にもわかりませんよ。むしろ教えてほしいぐらいです。なんでこうなったか)



俺は当日の状況以外に俺が住んでいた世界の話をした。国、文化。そのいずれもオリエルは知らないようだった。


いろいろ話をして相手が何かを知っているか確認しているが、どうもオリエルもわからないようだった。オリエルが首を傾げている。落ち着き払った雰囲気とは裏腹にしぐさが可愛らしい。



(貴女の話を聞いてる限りでは、異世界から迷い込んでしまったかもしれないわね。理由はわからないけれども。ただ少なくともこの世界に日本という国もコンビニというお店も存在しないわね)



そうか。異世界と来たか。あの世でなかったのは残念だが、異世界というのも悪くない。今までの事をすべて忘れられそうな気がするからだ。



(異世界の住人だから見たこともない服を着ているし、言葉が通じないのも納得だわね。言葉が通じなくては何かと不便でしょうし、私なら何とかしてあげられるわ。もちろんタダという訳にはいかないけどね)



それを聞いて俺は驚いた。異世界へ迷い混んだことへも驚いたが、言葉が通じるようにしてもらえるというのも驚きだ。さすが異世界。



(お支払いできるものがあれば、可能な限り払います。ただ僕はこの世界のお金なんて持ってないですよ。あるのはそれこそ異世界の通貨しかありませんし。)



そういって俺はポケットに入っていた財布を出した。譲れるものは時計もあったが、これは早々譲れる物ではない。



(そうね。確かに異世界の通貨も気になるわ。ただそれより私は貴女の血が欲しいのね)



血と聞いてヒヤッとした。確かに血であれば少量であれば抜かれても困るものではない。少量であれば、だ。



(血ですか?量によりますけどどれぐらい欲しいんですか?)



オリエルは先ほどから笑っているが、少し不気味にも見える。



(そうね。本当は全身の血を頂きたいところだけれど、そうもいかないものね。貴女は体格が良いからこの容器一杯でどうかしらね?)



そうオリエルが言って手に持ったのは、中学のころ理科の実験で使ったこともある試験管のような容器だ。ただし自分の知っているサイズより一回りデカイ。ただメスシリンダーよりは小さい。容量は100ml程度だろうか。


生きていた頃というか元の世界に居た頃は何度か献血に行ったこともある。200ml献血しても問題はなかった。であればあの程度の血の量であれば致死量になることはないだろう。



(その量でよければ、こちらからも是非お願いします。一から新たな言語を勉強する苦労を考えたら安いものです)



実際その通りだ。頭は悪い方ではないが、まったくとっかかりのない言語を新たに覚えることを考えたら安いものだった。これからこの世界で生きていかなければならないのであれば当然だった。



(それでは交渉成立ね)



そう言うとオリエルは俺の頭から手を放した。手を胸の前で掲げ、目を瞑り何かを呟くと


掲げた手の中から黒いモヤモヤが浮き出してきた。


モヤモヤが浮いていることを確認したのもつかの間、顔に向かって飛んできた。


躱すこともできず、目を瞑るのがやっとのスピードだった。


ぶつかったとは思うが、何も衝撃が無かった。



「どうかな?私の声は認識できるかしらね」



オリエルの声が聞こえる。頭の中からではない。ちゃんと目の前のオリエルから発声されている声として認識できる。



「私の魂の一部を貴女の体に住まわせてあるわ。貴女の脳、目、耳、喉に接続して言語を翻訳して貴女の脳に認識させているのさね」



なるほど。さすが異世界だ。



「ありがとうございます、目にも接続してあると言っていましたが文字も見えるようになるんですか?」



オリエルは笑いながら答えた。先ほどの不気味さは消えているように思えた。



「ええ。私が覚えている言語の文字や言葉であれば話せるし読めるわ。ただ残念ながら文字は書けないけどね」



それだけでもありがたかった。



「流石は先生だ。あっという間でしたね」



少し離れて立っていた黒髪の剣士がそう言った。


黒髪の剣士がここまで連れてきてくれたのだ。今までは言葉が通じなかったが、ようやく感謝の言葉を述べられる。



「ここまで連れてきて頂いてありがとうございます!言葉が通じない中、果物迄恵んで頂いて本当に感謝しています!」



俺は会社勤めで培った、直角お辞儀で最大限の感謝を表した。



「なに。気にすることはないさ。これも王護隊の仕事だからね。名前をもう一度名のろう。僕はエミス・イフ・イピリウムだ。エミスと呼んでくれて構わない」



どことなく異世界風の名前だと感じた。恐らくエミスが名前なのだろう。



「俺の名前はカナメ・アオバと言います。カナメと呼んでください」



俺が名のるとエミスは手を差し出してきたので、俺も握手で答えた。


名を名乗るとき咄嗟に名前と苗字を逆に伝えた。この世界の名前の成り立ちは分からないが、『エミスと呼んでくれ』という台詞から名前が頭にくるものだと判断したからだ。



「それじゃあ先生。僕はまだ仕事があるので失礼するが、カナメの事をお願いできるだろうか」



エミスは仕事中のようだ。一つの案件に深くかかわっている時間はないのだろう。



「先生はよしとくれ。もちろん構わないよ。むしろ連れていかれちゃ困るよ、まだ支払いが残っているんだからね」



すっかり忘れていた。俺は自分の血と引き換えにこの言語を習得?したのだった。



「ありがとうオリエル。それじゃあカナメも何か困ったことがあったら何でも相談してくれ。僕はまだ数日この街に留まっている。駐屯所を訪ねて貰えればいい」



そう言うとエミスはお辞儀をして部屋から出て行った。



「それじゃあカナメ。約束通り血を頂くわね」



「はい。逃げも隠れもしませんのでどうぞ採血してください」



採血は嫌いではなかった。それこそ何度か献血にも行ったことがある。血を見るのも苦手という程ではない。



「それじゃあ失礼するわね」



そう言ってオリエルはこちらに近いてきた。しかし手には採血をするための道具などを持っている様子はない。



「え。ちょっとまって!?どうやって血を抜くの!?」



今まで敬語を使っていたが突然の状況で素の言葉が出てしまった。



「心配しなくても大丈夫」



心臓が激しく鼓動した。オリエルがある程度の距離まで近づいたと思ったら一気にとびかかるような格好で抱き着いて来たからだ。



「ちょ!なにを―――」



言いかけたところで、俺の顔の前に顔を寄せてきた。呼吸が感じられる距離だ。俺は言葉を呑んだ。



「久しぶりだからちょっと痛いかもしれないけど我慢してね」



そう言ってオリエルがほほ笑んだと思ったら、俺の首筋に唇を寄せた。


体を振りほどこうとしたり、抵抗しようとしたりは思わなかった。いや、できなかったというべきだろう。


オリエルからとても良い香りが漂ってきたからだ。女性特有のフェロモンのようなものだろうか。髪から、体から漂ってきて俺の鼻腔をくすぐった。


そして抱擁されている体。乙女の柔肌というほど柔らかさは感じないが、温かさを感じた。柔らかさを感じなかったのは胸が当たっているはずなのにボリュームをそこまで感じなかったからかもしれない。


オリエル歯が俺の首筋に食い込んだ感覚があった。しかし痛みは無い。それどころか非常に気持ちいい。性的快楽を満たされている感覚だ。血を吸われている感覚もあるが、それ以上に幸福感、恍惚感が勝った。すべて吸ってもらっても構わないからこのままで居たいという気持ちさえあった。



「ふぅ……痛かったかい?もうお終いだよ。久々だったけど上手くいったみたいね」



そう言ってオリエルは俺から離れ、置いてあった試験管を取りにいった。


俺は先ほどの恍惚感の余韻と、そのあと急激に襲ってきた疲労感、空腹感から立ち尽くしていた。しかし驚いたことに、あれほどまでの性的快楽を経験したにも拘わらず自分の息子は微動だにしない。全くの無反応だった。


俺は興奮と不安とが入り混じった初めての感覚を感じながら目の前の女性に見とれていた。




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