第一話 ―目覚め―
目を覚ました。
おかしい。
車に轢かれて死んだはずでは……
この男、アオバ カナメは生粋の日本人である。身長は174センチ。中肉中背で顔はイケメンではないが中性的な面構えをしている。小・中・高・大学と進学し大手製造メーカーの営業として就職した。先日大学時代から付き合っていた彼女に種無しと呼ばれ婚約破棄された23歳会社員。種無しである。
今日は日曜日で惰眠を貪った挙句、腹が減ったが家に何もなかったので歩いて5分のコンビニに行くところだったが、歩いているところへ車が突っ込んでくるのが見えたのが最後の記憶である。
死に直面した時目の前がスローモーションになるという話は聞いたことがあるが、実際に体験することになるとは思わなかった。
こうして目が覚めたという事は無事助かったのだろうと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
異変に気が付いたのは目の前の風景だ。
カナメは辺りを見回すと、木々が立ち並んでいるのが見えた。後ろを振り向くと大木があり、大木に背を預けて座っていたようだった。立ち上がって当りを見回すが、今まで住んでいた町ではないことだけは確かだった。
助かったのであれば、もともと歩いていた歩道にいるかもしくは救急車か病院で目を覚ますはずだ。
しかしながら、そのどこにも該当しないのである。
もう1度座り込んで考える。
次は自分の体を確認した。
服装は家を出てきた時と同じ格好、柄付きのTシャツに、チェックのジャケット。そしてジーパンといういつも来ている普段着だ。
持ち物は家を出る時に持って出た財布だけだ。定期や臓器提供意思表示カード、そして記念に使わず大事に取って置いてある2,000円札と1万円札。そして小銭が少々入っている。あとは普段からしている、就職祝いに親から買ってもらった腕時計だけだ。
そして体のどこにも異常はなかった。痛みもない。足も生えている。自分のほっぺたを抓ったが、これは痛みを感じた。
そしていくつかの、仮定をへて一つの結論にたどり着いた。
「ここがあの世というやつか……」
いろいろな文献や宗教、アニメなどであの世の描写を見てきたがそのどれとも違ったが、交通事故で死んだのだ。という結論に至った。であれば地獄か天国か黄泉の国かはわからないが、現世ではないのだろう。
俺は座っていても仕方がないので歩いてみることにした。
歩いていて実に気持ちが良かった。木の匂い、森の匂い、普段嗅ぐことがない新鮮な香りだった。木漏れ日が指していて、雰囲気もいい。カナメは子供のころ森へクワガタを取りに来ていたことなどを思い出していた。
山道を1kmほど歩いたころだろうか。森を抜けた。
目の前には草原が広がっていた。さらに遠くには雪に覆われた大きな山も見える。
そして空には2つの大きな月が浮かんでいた。
ここは天国なのだと思った。流石に地獄の風景ではあるまい。
そろそろ水先案内人のような案内が来てもいいんじゃないか?と思ったがどうも迎えが来る様子もない。
当りを再度見渡すと、遠くに建物が立ち並んでいるのが見えた。おそらく街だろう。
ここに留まっていても仕方がないので、遠くに見える街へ向かってみることにした。
草原を歩いていると、石畳で舗装された街道が見えた。
街に続いている街道だと確信し、街道を歩いた。
もう森からだいぶ歩いている。久々に長い距離を歩いたせいか足が疲れてきた。
なぜあの世なのに疲れるのか。なんとも不便なあの世である。
街道を歩いていると、畑が見えてきた。農作業をしている人々も見える。
ただ少し気になったのは、牧畜しているのだと思われる動物だが、見たことがない獣だった。
俺の見た感じでは豚と羊を足して2で割ったような感じだ。豚の顔、羊の体という感じだ。
途中大きな石に腰を下ろして休憩を取りながら歩き続けて、ようやく街にたどり着いた。
入り口にはおそらく街の名前が書かれているのであろうアーチ状の門に文字が彫られているが、読めない。見たこともない文字だ。強いて言えば英語に似ているがまるで違う。
街は活気にあふれていた。建物は石造りの建物や木造建築といった様相の建物が多く見受けられる。現代の日本ではまず見ることがない街並みだ。
露店が立ち並び、街ゆく人が行きかっている。しかしここで異変に気が付いた。どこを見渡しても女性しか見当たらない。
これは俺が男性を見ないようにしている。というわけではない。どこを見渡しても女の子しかいないのだ。
そしてもう一つの異変に気が付いた。腹が減っていたのだ。すっかり忘れていた。
腹が減って家を出て、交通事故にあって、気が付くとあの世にいて、森を歩いて街まで歩ききったところでようやく胃が空っぽなのに気が付いた。
あの世なのに腹が減るのか。なんと不便なあの世なのか。現世となんら変わらんではないか。
何か食べられるものはないか見て回ると、露店で明らかに果物と思われる商品を取り扱っているところを見つけた。見知らずの女性に話しかけるのには慣れていないが、そんなことを気にしている場合ではない。店主は三つ編みにしてエプロンを付けている。メガネをかけているお母さんといった風貌の女性だ。意を決して話しかけてみる。
「すみません、これおいくらですか?」
「×××?×××?×××?」
(え?なんだって?どこの言葉だい?)
何を言っているか聞き取れない。聞き取れないというよりは、言語が理解できない。異国の言葉といった感じだ。
俺はジェスチャーを交えてアピールしてみるが、どうも伝わらない。
あーでもない、こーでもないと、慣れない英語で会話してみたりと、どうにかこちらの意思を伝えようとするが、どうしても伝わらない。
すると通りがかった女性が割って入ってきた。
「×××。×××。×××?×××」
(やあロエル。どうかしたのかね。なにかお困りかな?どうやらトラブルのようだが)
割って入ってきた女性が店主に話しかけているようだった。
その女性は所々に青を基調とした些細な装飾を施された銀色の甲冑を付けた女性だった。身長は目算で160センチ程だろうか。髪は黒髪で、背中まで伸びたロングヘアーだ。鎧とのコントラストが映えて美しく感じた。そして何より目についたのは背中に装備している彼女の身長ほどもあろうかという長剣だ。装飾が施された鞘に納められている。騎士というよりは剣士といった格好だ。
「×××!×××!×××。×××?」
(エミス様!丁度いいところに!実はこの人漂流部族みたいでねぇ。話が通じなくて困ってたんだよ。悪いんだけどオリエル先生のところまで連れて行って貰えないかねぇ?)
店主が渡りに船とばかりに割って入ってきた女性に話をしている。どうやら俺のことを話しているようだ。
「×××?×××。×××××。×××。×××。×××?」
(漂流部族?そんな馬鹿な。もうとっくに滅びたとはずだ。そこの君。私の名はエミス・イフ・イピリウムだ。君は何という名前なんだ?)
黒髪の剣士がこちらを向いて何かを喋っている。話しかけられているのだろう。なんと言われているかは分からないが、咎められたり怒られたりしているような雰囲気ではなかった。
「すみません。僕はおなかが空いてこの果物と思われる商品を買いたいんですが話が通じなくて困ってるんです……」
今度は財布を取り出して、お金を支払うジェスチャーを交えて黒髪の女性に状況を説明した。
「×××。×××。×××、×××、×××。×××」
(なるほど。確かに聞いたことがない言語だ。身振り手振りの動作から察するに、この果物を買いたいのだろうが、漂流部族のお金しかなく言葉が通じなくて困っている。というところだろうか)
黒髪の剣士は手を口に当てて頷きながら何かを呟いている。
「×××!×××。×××、×××?」
(よし!ここは僕が立て替えておこう。ロエル、旬の果物を二つ頂けるかな?)
先ほどまで神妙な面持ちだった黒髪の剣士が、不意に何かを思いついたように店主に声をかけている。
剣士が懐から袋のようなものを取り出すと、硬貨と思しきコインを取り出して店主に手渡した。
そして店主はそのコインを受け取ると店頭に並んだ果物を二つ取り、黒髪の騎士に手渡した。
果物を受け取った騎士は、果物の香りを嗅ぐと笑みを浮かべ、二つのうち一つを俺に手渡してきた。
「×××?×××。×××。」
(おなかが減っているんだろう?僕の奢りだ。食べるといい)
黒髪の剣士が果物を俺に恵んでくれたのだと理解した。
「ありがとうございます!!ごちそうさまです!!」
俺は精一杯お辞儀をして黒髪の剣士に感謝の意を表した。言葉は通じていないのだろうが、先ほどジェスチャーが通じたのだ。この感謝の意も伝わっていると思いたい。
「×××。×××、×××。×××。×××。」
(気にしなくていいよ。しかしそれにしても、言葉が通じなくては大変だね。オリエル先生のところまで案内しよう。この果物を食べ終えたらね)
黒髪の剣士が何かを話し終えると、果物を両手で持ち口へ運んだ。
手渡された果物はミカンほどの大きさで、表面はスイカのそれに近い。黒髪の剣士が食べている様子から察するに、皮を剥かずに食べられる果物なのだろう。
俺も同じように両手で持って果物に噛り付いた。
噛り付いた瞬間にシャリシャリとした触感に加えて、口の中に甘い果汁が広がる。滴り落ちるほどではないが、口の中は果汁で溢れている。味のそれはリンゴのそれに近いが食べたことのない味だ。味わってだべる間もなく食べきってしまった。腹は多少満たされたが正直物足りなかった。とはいえもう一つくれ。と要求するほど常識知らずではなかった。
「×××?×××。×××。」
(食べ終わったかな?美味しそうに食べてくれて僕も嬉しいよ。それじゃあオリエル先生のところに案内しようか)
何か話しかけられたのだろう。黒髪の剣士も丁度果物を食べ終えたようだ。
「×××。×××。×××。」
(ロエル。この漂流部族は僕がオリエル先生のところまで案内しよう。お仕事頑張って)
「×××、×××。×××。×××。」
(いえいえ、こちらこそ。丁度エミス様が通りかかって頂いて助かりました。王護隊の隊長様にお願いする事じゃないかもしれませんが、お願いします)
「×××。×××。×××。」
(お気になさらず。街の警備や困っている人が居たら助けるのも王護隊の務めだからね)
黒髪の剣士が店主と談笑しているようだ。時折店主がお辞儀をしているところを見ると、目上の人物なのであろうか。
「×××、×××。×××。×××。」
(さて、待たせたね。先生はもう少し奥に進んだところだ。行こう。)
黒髪の剣士が僕に向かって何かを話しかけたかと思うと、剣士は俺の手を握り歩き出した。
手を引かれるまま俺は歩き出した。どこかに連れていかれるのだろう。歩くスピードや手の握り方を考えるに、連行されているといった感じではない。横並びで歩幅を合わせて歩いてくれている。散歩している感じだ。
黒髪の剣士を改めて近くで横顔を見ると途轍もない美人だった。青い瞳に漆黒の黒髪。息を呑むような整った顔立ちだ。肌は健康的な色をしていて、スレンダーな様だが、所々見える筋肉は引き締まっているように伺える。胸の形に成形された胸冑から察するに、バストもなかなかのものだった。
こんな美人と手を繋いで歩いていると考えると、途端に緊張してしまった。
体の強張りを感じ取ったのか、黒髪の剣士が話しかけてきてくれた。とはいえ言葉はやはり理解できない。
「×××。×××。×××。」
(言葉が通じなくて不安だろう。だが心配しなくていい。オリエル先生のところに行けばきっと何とかしてくれるさ)
言葉は通じなかったが、力強い眼差しで語られた後、最後にニコっと微笑んでくれた。
この人は信用できる。俺はそう確信して彼女と一緒に街の中へ進んでいった。
1話ごとに引きのある終わりで締めくくれているか心配です。
是非次話も読んでみてください。