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9.甘い言葉と苦い記憶

 熱烈なアプローチを受けたシャーロットは、戸惑いの表情を顔に張り付けたまま会場を後にする――スティーヴンと共に。


 卒業祝いの夜会は、後日改めて開催されることになった。今夜は取り敢えず帰宅して体を休めるように、と国王直々にお言葉をいただいたため、その後のことは任せて帰宅しようとしたとき、スティーヴンが家まで送ると申し出たのだ。


 それを断れるはずもなく、シャーロットは大人しく用意された馬車に乗り込んだ。驚くほどスマートなエスコートに、こちらがどぎまぎしてしまう。

 侍女のジャスミンは、スティーヴンの側近であるオスカーとロゼッタと共にしているようで、当たり前だが完全に二人きりの状態になった。

 馬車の中でスティーヴンと向き合って座るも、いったい何を話せばいいのかと視線を手元に落とすしかない。緊張を滲ませながらも、感謝と謝罪を述べようと意を決して口を開く。

「先程は」

「構わない」

 謝罪も感謝の言葉も簡単に制されてしまい、シャーロットは口を噤むしかない。

(じゃあ何を話せばいいのよ…!)

「ミー」

 静まり返った馬車の中でルーカスが鳴いた。いつの間に出てきたのかとルーカスを見ると、スティーヴンの膝に乗って頭突きをしていた。

 甘えているのかと思ったが、なんだか様子がいつもと違う。

「…シャーロットのことをいじめたら許さないよ」

「え?」

 目を丸くしてスティーヴンをいると、可笑しそうに目を細めていた。

「ルーカスがそう言っている」

「ミー」

 スティーヴンがルーカスの頭を優しく撫でて微笑む。

 なんて、綺麗に笑うんだろう。

 慈しみさえ感じるその表情に見惚れていると、視線が合った。

「恥ずかしがる貴女が可愛らしいから、つい意地の悪いことをした。すまない」

 一気に頬が火照るのが自分でもわかる。

「耳まで真っ赤にして、可愛いな」

 思わず両手で耳を覆うと、スティーヴンは眉を寄せて優しく笑い、また可愛いと言う。

「わたくしを、いったい、どうしたいのです……!」

 混乱のあまり非難するような声が出た。スティーヴンはにこりと笑みを浮かべ、当然だとでもいうように言う。


「妃にしたいと言っただろう。だから今、俺は貴女を口説いている」


(なんでそんな恥ずかしいことを平気で言うの!?)

 甘い言葉に眩暈を感じる。

(何故、わたくしに求婚なんてするの?話を聞くところ、冗談というわけではなさそうだけど…。)

「心外だな。冗談だと思っていたのか」

 恥ずかしいくらいに肩が跳ねた。

「魔王様って心が読めるの!?」

 シャーロットは気持ちを隠すことも忘れ、素で言葉を発してしまった。その様子を見て、耐えかねたようにスティーヴンが吹き出す。

「声に出ていたぞ」

「……!」

 穴があったら入りたいとはこういう気持ちなのか、と冷静に分析する頭とは裏腹に、心は大きく動揺する。恥ずかしさのあまり、俯くしかない。

「校舎の案内をしてくれただろう」

「…は、い。ですが、不思議なことにその時の会話などは覚えていな―――あら?」

 思い出せなかったことが嘘のように、その日のことを覚えていることに気が付いた。

「俺の正体に気づいたりしないように、健忘の魔術をかけていたんだ。勝手にすまない」

(だから、思い出せなかったのね。)

 原因がわかってすっきりしたのも束の間、とんでもなく失礼なことをしてしまったことを思い出してしまった。

「思い出したか?」

「今すぐにでも忘れたいです…」

 消え入りそうな声で言うシャーロットに、スティーヴンが意地悪そうに目を細める。


 全て思い出した。サミュエルに言われ、スティーヴンに校内を案内しているときに――。

(魔物は怖くない?とか、悪戯っ子もいるけれどみんなとても良い子なのよ、とか魔物の話ばかりしていたわ、わたくし…。)

 魔王相手に何をわかり切った話をしていたのだろう。無言では愛想が悪すぎると思い、会話をしようと思った結果がこれだ。

 そして極めつけは、その日の放課後、図書館を案内するためにスティーヴンを裏庭で待っていた時のこと。学園へ遊びに来た魔物たちと遊んでいるところを見られてしまったのだ。森に咲いていた綺麗な花や木の実を編み込んだ可愛らしい花冠を魔物たちにプレゼントして貰い、それを頭に乗せて喜んでいたところを丁度目撃されてしまった。


「にこりとも笑わず、淡々と業務のように案内をしていた姿は偽りなのだと、その時に気づいた。本当は可愛らしいものが好きで、よく笑う女性なのだと」

「……大変失礼な態度を取っていたと思います」

「いや、そんなことはない。とても丁寧に隅々まで案内してくれたし、俺が疲れていないか気にかけてくれていただろう?あの後一気に口数が減ったのも羞恥心からだろうしな」

「――!」

 図星すぎて返す言葉がない。

(だって、花冠乗せてはしゃいでいたところを見られたのよ?しかも魔物たちに見せるために一周その場で回ってみせてて!タイミング的に一番恥ずかしいじゃない!)

「あの後、誰にも秘密よ、と言った貴女も可愛らしかった」

「忘れてくださいっ!」

 切実に忘れて欲しいと願うも、忘れてくれるはずもない。せめて自分だけでも忘れていたかった。

「貴女を好きになったきっかけはそれだが、その他にも――」

「もう結構です!」

「そうか?」

「はい、十分わかりました。冗談だと疑って申し訳ありませんでした」

 知らぬが仏だ。誰かに見られているだなんて思ってもみなかった。寧ろ誰も自分のことに関心がないからと油断していた。どんな失態を犯しているか、知らない方がいい。

「残念だな。如何に貴女が可愛らしいのか、言い足りないのだが」

 恥ずかしさのあまり呻きそうになりながらも、話を逸らそうと頭はフル回転している。

「あ!あの、授与式の後のことなのですが!」

「なんだ」

「わたくしに、治癒魔術をかけたのですよね?」

 スティーヴンは思い出すように少し黙ったあと、一つ頷いた。

「嗚呼。首に痕がついたら困るだろうと思ってな」

(その治癒魔術が全身に効いたのかしら…?それにしても、昔の傷跡を綺麗に治せる魔術なんて初めて知ったけれど…。)

 黙って真剣に思考するシャーロットに観念したようで、スティーヴンが正直に答えた。

「ルーカスから聞いたんだ。貴女が身体の傷に悩んでいると」

 シャーロットは既に過去は過去だと割り切ってはいたが、ルーカスにだけは偶に弱音を吐いていた。

 本当は黒色以外のドレスが着たい。

 夏は暑くて堪ったものじゃない。でも傷だらけだから肌を隠さないといけない。

 そんな小さな愚痴のようなことも呟いていたのだが、それが誰かに伝わっているかもしれないとは一度も思ったことはなかった。

「思う存分、好きな服を着ればいい」

 優しさを滲ませた瞳に見つめられ、恥ずかしさや嬉しさ、そして戸惑いが混ざった複雑な感情が胸に渦巻いた。

「……ですが、わたくしは黒色の物しか身に着けてはならないので…」

「何故?」

「ご存じとは思いますが、わたくしは罪人の子どもで、呪いをかけられた身です」

 スティーヴンは納得がいかないようで、眉を顰める。

「罪人の子どもは罪人だと言いたいのか?一体、誰に黒い服しか着るなだの、首枷は魔力の暴発抑制だの……嗚呼、あいつか」

 合点がいったようでスティーヴンが腑に落ちた表情を浮かべた。

「確かに、貴女の実父は黒魔術で禁忌を犯した罪人だ。でも、貴女は罪人ではない。大体、あの首枷は一年前に私が無効化させていたから、貴女の魔力が暴発しないことは実証済みだ」

「無効化していたのですか!?」

「貴女に会って直ぐに術式を書き代えさせてもらった。外すのはさすがに都合が悪いかもしれないと思ってそのままにしていたが…それも間違いだったな。直ぐに外すべきだった」

(実証済みって、わたくしで?)

 もし魔力が暴発したらどうするつもりだったのかと問いただしたい気持ちが湧きあがったが、それもすぐに納まった。相手は魔王だ。きっとなんとでもできる。

「もう一つだけお尋ねしたいのですが…魔女の烙印は見なくてもわかるものなのですか?」

 左の太腿に刻まれた呪いの証は、シャーロットの他にジャスミンしか知らない。

「貴女にかかっている呪いはとても特殊で濃い。烙印を見なくても貴女が魔女ではないとわかった」

 その言葉を聞いて、シャーロットは新たに一つ疑問が浮かんだ。

(確か、スティーヴン様は私が魔女かどうかを調べるために留学していたのよね。私が魔女ではないとわかったのなら、一年間もわざわざこの国で勉強する必要があったのかしら?)

 あと一つだけ、と断りを入れてしまったため質問ができなくなってしまった。仕方がないから次の機会に質問しようと口を閉ざすと、スティーヴンが何か言いたげにこちらを見ていた。

「どうかなさいましたか?」

「賢い貴女のことだ。てっきり矛盾を突いてくると思った」

「あまり、質問ばかりするのも不躾ですから」

「嗚呼、なるほど。では、次はこちらが質問しても?」

 意外な申し出に驚きつつ頷くと、スティーヴンが楽しそうに指を二本立てた。

「では、質問を二つ」

 とても楽しそうな様子のスティーヴンに、なんだか嫌な予感が過る。

「貴女が魔女ではないと判断したその日に学園を辞めることも可能だった。何ならその方が効率も良かったが、それをしなかったのは何故だと思う」

(丁度聞きたかった質問だわ…。)

 考えうる可能性は一つしかない。

「この国の情勢や文化を深く学びたかったから、ですか?」

 スティーヴンはにこりと微笑み、首を横に振った。

「残念、不正解。正解は、もっと貴女のことが知りたくなったから」

 完全に油断した。ただでさえアプローチに慣れていないシャーロットに、不意打ちが効かないわけがない。

「では、最後の質問をしても?」

 油を指していないロボットのようにぎこちなく頷くシャーロットの手を取り、スティーヴンは軽くリップ音を立てて手の甲に口づけをした。


「もっと貴女のことを知りたいし、俺のことを知ってほしい。よかったら、一緒に出掛けてくれないか」


 考えるよりも先に承諾の返事をしていた。断りでもしたら、次にどんな甘い言葉が飛んでくるかわからない。それに、シャーロットもスティーヴンのことを知りたいと思うようになっていた。

 承諾したと同時に馬車の動きが止まり、屋敷に到着した。

(タイミングも完璧じゃない…。)

 驚きを隠せずにいるシャーロットに、スティーヴンが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「日時は後日改めて。行きたい場所があれば遠慮なく言ってくれ」

「はい、ありがとうございます」

「では、また。おやすみ」

「おやすみなさい」




 屋敷へ入ってジャスミンが扉を閉めたと同時に、張り詰めていた緊張の糸が切れた。

「ああああぁぁぁ……」

「お疲れさまでした、シャーロット様」

 その場で頭を抱えてしゃがみ込むと、一気にいろいろな感情が溢れ出してきた。

(なんだか、悲しむ暇もなかったわ。)

「スティーヴン様、素敵な方でしたね」

「………そうね」

「あのクソ金髪脳内ゆるゆる甘ったれ王子とは雲泥の差ですね。くそったれビビり自己決断力のない―――」

 堰を切ったように流れ出したジャスミンの言葉を遮って止める。

「ジャジー落ち着いて。わたくしは平気よ、大丈夫。婚約破棄できたのは嬉しいし、裏切り者は早めに知れたほうがよかったから」

 ジャスミンがダークブラウンの瞳から大粒の涙を流し、鼻を啜る。

 このままでは、折角の綺麗な瞳が真っ赤に腫れてしまう。優しく目元の涙を拭うが、止まる気配はない。

「なんで?なんでロティーが、こんな目に合わなきゃならないの」

 ジャスミンの涙声につられ、鼻の奥がツンと痛くなったが微笑む余裕は残っている。

「ジャジーありがとう。いつもわたくしの代わりに怒ったり悲しんだりしてくれて。ジャジーがいるから、わたくしは大丈夫なのよ」

「うううぅ~~~…」

 唸るように泣きながら、ジャスミンはシャーロットの寝る支度の手伝いを始めた。

 

 なんだかそれが可笑しくて、そして愛おしくて笑うと、漸くジャスミンの涙は止まった。


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