8.卒業パーティーⅤ
(恋焦がれる……?誰が、誰に?)
数度、瞬きを繰り返してスティーヴンの言葉を咀嚼する。
シャーロットの心中を知ってか知らずか、スティーヴンは続けて愛の言葉を紡ぐ。
「シャーロット嬢。私は一年間、ずっと貴女だけを見ていた。誇り高く、誰よりも心優しい貴女が私の隣にいてくれたらと…願ってやまないんだ。貴女に強く、恋焦がれている」
先程までの鋭い視線も、なんだか柔らかく温かみのあるものに変わっている…気がする。
(なにか、言わないと…。)
そう思って口を開くも、言葉が出てこない。
シャーロットは男性からのアプローチに全く耐性がなかったのだ。
確かに、普通の人とは異なった珍しい容姿をしているが、男性から人気がないわけではない。ただ、第一王子の婚約者であることを理由に、声をかけられる男性などいなかった。
「わたくしは、そのように言っていただけるような者では、ありません」
シャーロットは何とか声を絞り出すも、スティーヴンは手を離さない。
「貴女はもっと、自身の魅力を自覚した方がいい」
生真面目な表情にどぎまぎし、つい視線を逸らしてしまう。
(なに、これ、一体何が起こっているの?)
居心地の悪さに、今すぐこの場を飛び出してしまいたい衝動に駆られる。そんなことは勿論できないが、そう考えてしまうほどには彼女は動揺していた。
だが、そのようなシャーロットには構わず、スティーヴンは言葉を続ける。
「生糸のように細く幻想的な純白の髪も、雪のように柔らかい白の睫毛も、ヴィオレットの静かな瞳もとても可憐で美しい。凛と澄んだ耳触りの良い声も、強く気高くあろうとする貴女の澄んだ心もすべて、愛おしい」
このような熱烈なアプローチをされて赤面しない人間がいるのならば教えて欲しい。
いつも冷静で顔色の変わらないシャーロットも、耳まですっかり淡い桜色に染めた。
「私の妃になってほしい」
シャーロットのキャパはもうとっくに超えていた。
(こんな時どうしたらいいかなんて、教科書にも書籍にも載ってなかったわよ!)
そう叫んでしまいたい。今すぐこの場から立ち去って自室に籠ってしまいたい。
恥ずかしい。
(……しっかりしなさい、シャーロット・フローリー!)
あまり黙り込んでいてもいけないと思い直し、そっと深呼吸をして心を落ち着かせる。
「わたくしの一存ではお応え致しかねます。少し、お時間をいただけないでしょうか」
そう言い、フェリクスに目を向ける。
(助けて!今すぐ!お願い!)
目で懸命に訴えるが、フェリクスは非常ににこやかな表情で頷くだけだ。
スティーヴンはというと、機嫌を損ねた様子もなく納得したように頷いていた。
「他の者に先を越されては堪らんと思ったが、だからと言って確かに早急すぎたな」
スティーヴンが立ち上がり、そっと手を離した。
(魔王様って、こんな甘い言葉を並べるものなの!?なんか、もっとこう、威圧的な感じを想像してたんだけど…!)
緊張と恥ずかしさで頬が熱を持っているのがわかる。一体、自分が今どのような表情をしているのかまるで想像がつかず、無意識に視線が下がる。今日ほど自分の身長に感謝したことはない。低めの身長のおかげで顔を見られないで済む。
「フェリクス、お前はいいのか」
国王がフェリクスに声をかける。思わぬ助け舟に心から感謝の念を抱いた。
「……そうですね。娘を救ってくださった恩人でもありますし、バンターキッシュ王国との友好な関係を築くきっかけにもなりますから、私としては歓迎いたしますが…一番に、ロティーの…失礼、娘の気持ちを尊重したいと思うのです」
フェリクスの言葉に、スティーヴンが大きく頷く。
「私も無理にとは言いません。魔王であり他国の第一王子でもある者に嫁ぐ不安は計り知れないと承知しています。ですが、どうか彼女に愛を伝えることだけはお許しいただきたい」
「それは勿論、思う存分になさってください」
(お養父様!?)
ぎょっとして顔を上げると、フェリクスは非常に満足そうな表情で笑みを浮かべていた。
シャーロットはこれからのことを考えて頭を抱えたくなった。