2.秘密の手記
風呂から上がり、気軽なワンピースに着替えた頃、丁度スティーヴン達が戻ってきた。
「シャーロット、ジャスミン殿、少し話がある」
「はい」
「髪は俺が乾かしてやろう」
側へ寄ると、スティーヴンの手が髪に触れたーー途端、その部分が乾く。数度髪を梳いた後、髪は完全に乾いた。
(魔法の手だわ…!)
いつか思ったことと同じことを思いながらも、神妙な面持ちの三人を見上げる。
「どうかなさったのですか?」
「少しここに滞在することになった」
スティーヴンはそう言うが、理由を話さない。
「お尋ねしても?」
聞いてみれば、スティーヴンは少し困ったような顔をした。何事かと思えば、オスカーが肩を竦めて言う。
「お嬢さん、まーた首突っ込みそうだと思われてんですよ」
「あら」
それは是非とも聞かせてもらいたい話だ。
「スティーヴン様、何があったのですか?」
「そうだな…。シャーロットはここで大人しくしていて欲しいのだが、話すとそうもいかないだろうからな」
「失礼ですわね。わたくしはそこまでお転婆ではありませんわよ」
「どの口が言う」
ぐっと喉が鳴った。言い返せない。
「まぁ、隠していてもいずれバレることだ。伝えておこう」
「ありがとうございます」
スティーヴンの向かいに腰掛けると、話が始まった。要約するとこうだ。
ドラゴンの主が消えたとのことだ。管理は村長であり、ドラゴン遣いでもあるグルーストがしていたらしい。ところが、一週間ほど前のこと、夜管理室へ向かうと檻が破られ、ドラゴンが消えていたらしい。
「呼び笛を鳴らしても帰ってこないそうだ」
「それは…」
賊の仕業か、それとも逃げてしまったのか。
「賊かドラゴン狩りの仕業かとのことで、魔王様の元に仕事が舞い降りてきたってわけです」
オスカーが言う。それに頷いて、私もできることがあれば手伝うと申し出ようとしたが、スティーヴンが首を振る。
「賊もドラゴン狩りも剣術も魔術も長けている。危険だから手を引いてくれ」
一呼吸置いて頷くと、スティーヴンが訝しげな顔をした。
「本当にわかっているのか?」
「えぇ、勿論」
「大人しくこの部屋で待てるか?」
「子供じゃありませんもの」
平然と言ってのけると、スティーヴンは渋々と言った風に頷いた。
「ここの施設からは出なければ良いのですね?」
「そうしてくれると助かる」
「わかりました」
頷くと、またスティーヴンが訝しげな顔をした。
「どうした、今日は素直じゃないか」
「いつも素直ですよ、わたくしは」
「いや、君ならわたくしも、と言うと思っていたのだが…」
「お望みなら、そう致しますが」
「いや、いい。大人しくしていてくれ」
「わかりました。では、わたくしは部屋で休みますわね。少し疲れてしまいました」
「本当に素直だな…」
スティーヴンの声を後ろに、用意された部屋に入る。後からついてきたジャスミンが、不思議そうに首を傾げた。
「どうされたのです?らしくありませんよ?」
扉を閉めてから、ジャスミンが小声で聞いてきた。本当に自分は皆にどう思われているのかと、苦笑いが出る。
「最近は心配させてばかりだったから、少しは安心させたいのよ。今回わたくしは大人しくこの施設にいるわ」
「わかりました、では私も」
「ジャジーはスティーヴン様達といなさい」
「え!何故です?」
「勉強になると思うわ。魔法も少し教えてもらいなさい。オスカーとロゼッタにはわたくしから話をつけておきますから」
「で、ですが、それではシャーロット様が」
「大丈夫よ、この施設からは出ないから」
「そう…ですか…」
腑に落ちないような声を出しながら、ジャスミンが頷いた。
勿論力になりたいが、ドラゴンは専門外だ。役に立てると思えない。それどころか、足を引っ張ってしまいそうだ。
「ジャジー、紅茶が飲みたいわ」
「わかりました。すぐ用意致しますね」
頷いて、ベッドに腰掛けた。少し埃っぽかったため、窓を開けて換気をする。窓を開けると、一階だからすぐ外に出れる高さだった。逃走されると思われそうだな、と苦笑いしつつ、ベッドに腰掛ける。ふと机を見ると、引き出しがいくつか少し開いていた。閉めようと屈むと、古い手帳のようなものを一冊見つける。中を少し覗き見ようとすると、魔術で鍵が掛けられていた。悪戯心で腰から杖を取り出し一振りすればーー簡単、鍵が開いた。
『ドラゴンの琥珀石化について』
そう書かれた頁を見つけた時、扉をノックされた。慌てて手帳を枕の下へ滑り込ませ、引き出しを閉める。
「シャーロット様?どうかされましたか?」
「いいえ、なんでもないわ」
これをジャスミンに見せれば、取り上げられてしまいそうだと思い、思わず隠してしまった。少しの罪悪感を紅茶で流す。
「ジャジーもお風呂入ってきたら?わたくしはもう少しゆっくりするわ」
「では、そうさせていただきます。私はロゼッタ様と同じ部屋にいますので、何かありましたらベルを鳴らしてください」
「わかったわ。ありがとう」
にこやかに答えて、ジャスミンを見送り、部屋に戻ってまた手記を取り出す。
「ドラゴンの琥珀石化についてーー」
書き殴られたその手記には、こう綴られていた。
○○年×月△日
ドラゴンの琥珀石化について。
ドラゴンの瞳は琥珀色をしている。特殊な魔力を流し込むことによって、瞳は琥珀石に変わり、姿形は消え去ってしまう。このことを今度の研究会で発表すれば大儲けだ。今から楽しみで眠れそうにないーー。
「何、これ」
手記から滲み出る自己顕示欲に慄いてしまった。頁を捲ると、更に琥珀石化の魔術について詳細が書かれていた。
「待って、何よこれ」
頁を捲るごとに、ドラゴンについての秘密が書かれていた。自分が見ていいものではないと思うのだが、好奇心に勝てず、続いて読んでしまう。
○○年×月△日
ドラゴンは群をなして生きる。ここシニアンでは一頭一頭が、ドラゴン遣いによって管理されている。そこが難点だ。あの堅物共が、この丸儲けの話に乗るとは思えない。さて、どうしたものか。
○○年×月△日
最近、夜道を歩いていたら、誰かに後をつけられているようだ。私の研究が気づかれたのか。琥珀石化は成功している。明日の研究会で発表すれば、晴れて私は博士だ。
○○年×月△日
研究会は失敗した。何故だ、何故わからない!こんなにもいい儲け話があるというのに!絶滅危惧種だからなんだ!私は諦めない絶対に、絶対にあいつらを見返してやる!
そこで手記は途切れていた。頁を閉じ、魔術をかけて鍵をかけ、元の引き出しへ戻した。
心臓が嫌な音を立てる。偶然とはいえ、ドラゴンを琥珀石にする魔術を知ってしまった。ーーそれを知っていると知られたら。
ゾッとして、慌てて布団に潜った。とんでもないものを見てしまった。一体あの手記の持ち主は誰なのだろう。
そんなことを考えながら、長い夜が始まった。




