1.ドラゴンの村
白桃酒事件も解決し、バンターキッシュ王国へ向かう道中、スティーヴンが寄りたいところがあると言った。一度世話になったドラゴン遣いの一族に会いたいそうだ。
「ドラゴンは見たことがないです」
「そうだろうな。昔はどの国にもいたが、今はこの国ーーシニアンにしかいない。絶滅危惧種だ」
馬車の中、スティーヴンと向かい合いながら話をする。今はバンターキッシュ王国までまだ距離のある、シニアンという国に来ていた。車窓から見る景色は、美しい渓谷が広がっている。見える川は透き通っていて、魚まで見えるから驚きだ。川を眺めていると、馬車が止まった。
オスカーがドアをノックして、開ける。
「着きましたよ」
扉の向こうはとても美しい世界が広がっていた。川に太陽が反射して眩しい。その先には民家があった。煉瓦造りの建物が並び、村人たちが生活を送っているようだ。
「綺麗な村ね」
「自然豊かっすよね」
オスカーの声に頷き、スティーヴンのエスコートで馬車を降りる。すると、村人たちが集まってきた。
「魔王様!」
スティーブンは普段の姿のままだ。だが、駆け寄ってくる子供たちは怯えた素振りを見せない。
「肩車して〜!」
「ずるい!」
「おれもおれも〜!」
子供に囲まれ、スティーヴンは仕方なさそうに子供達を担ぎ上げた。高い視線に楽しそうな歓声が聞こえる。そんな姿を微笑ましく眺めていると、村人の大人たちも駆け寄ってきた。
「こらこら、魔王様を困らせるんじゃないよ」
村人たちが微笑みつつ、子供を嗜める。スティーヴンは構わないと首を振り、子供達の戯れに付き合っていた。
「わー!おねえさん、かみの毛、きれい〜!」
肩車をされていた女の子が、こちらを見て言う。自分のことかと驚きつつ、微笑む。
「ありがとう。貴女のその髪のリボンも素敵ね」
「そうなの!ママがつくってくれた、とっておきなの!」
普段子供と関わることは殆どない。怖がられてしまうことが多いのだが、ここの村の人たちはスティーヴンといい、シャーロットといい、怖がる素振りを見せない。否、怖くないのだろう。
「ようこそいらっしゃいました、魔王様。どうぞゆっくりなさってくださいな」
「爺さん、元気そうだな」
「ええ、この通り」
爺さんと呼ばれた男は村長らしい。こちらに目を向けられ、慌てて淑女の礼をする。
「シャーロット・フローリーと申します」
「おお、これはこれは、はじめまして。東の魔女さん」
「おい、シャーロットは魔女じゃない」
「ほほほ、わかっておる」
和やかな笑みを浮かべつつ、村長が言う。
「冗談じゃ。すまんかったな」
「いいえ」
『東の魔女』という名がこの村にまで広まっていたとは、驚きだ。
(一体どこまで広まっているのかしら…)
そんなことを思いながら、スティーヴンを見ると、彼はまだ子供たちと戯れていた。
「村を案内しよう。名乗るのが遅れたな、わしの名はグルーストじゃ。よろしくな、魔王様のお姫様」
歳は70代ぐらいだろうか、言われた通り後に続くと、大きな教会のような施設に案内された。スティーヴンとオスカー、ロゼッタ、ジャスミンと続き、中へと入る。
「わぁ…!」
中に入ると思わず感嘆の声が出た。美しいゴシック建築の作りで、ステンドグラスが一段と輝いている。光が透き通る青色で部屋が照らされていた。ステンドグラスの模様をよく見ると、ドラゴンが描かれていた。
「ここは村の教会施設じゃ。今日はここに泊まるといい。奥に部屋があるからのぉ」
「ありがとうございます」
村長に返すと、彼はにこやかな笑みを浮かべてシャーロットを見た。
「お姫様は、魔王様のどこを好いておるんじゃ?」
「え…!?」
思わず赤面してしまうと、スティーヴンが隣に来た。
「それは俺も聞きたいな」
「スティーヴン様まで…!」
「おねえちゃん、まおうさまのこいびと!?」
肩車されていた子供にも言われ、耳まで赤くなる。
好きなところなんて、数えきれないほどある。だがーー。
(そんなの、こんなところで言えるわけないじゃない…!)
ロゼッタもオスカーもジャスミンもいる。大勢の前で言える程耐性はない。
「一つでいい、教えてくれんかの」
「は…はい…」
何故かはわからないが、揶揄われているわけではないとわかる。迷いに迷って、一つ言葉にした。
「迷わず、誰かのために行動を起こせるところを尊敬しております」
そう言うと、スティーヴンがへぇ、と声を出した。じわりと赤面し始めた時、グルーストが笑う。不快な笑みではなかった。
「お似合いのお二人じゃな」
「ありがとうございます」
「魔王様は、どこが好きなんじゃ?」
「聞かなくてもわかるだろう?こんなに愛らしいのだから」
グルーストは目を丸くして、笑う。
「魔王様にも愛する相手が出来たとはのぉ。ほれ、わしの言った通りだっただろう?」
「あぁ」
何の話かと首を傾げると、スティーヴンは少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、人差し指を唇に当てた。
「内緒だ」
(気になるわ…!)
爛々とする瞳を避けるように、スティーヴンがグルーストの後を追った。それに続くようにして、奥の部屋を紹介してもらう。
「ここを使うといい。まぁ、以前と使い勝手は同じだ。ゆっくりしていくといい。魔王様、少し来てくれるかね、相談事がある」
「あぁ。シャーロット、長旅で疲れただろう。風呂にでも入るといい」
「ありがとうございます」
部屋は広く、リビングのような客間の他に四部屋程あった。
「俺らは魔王様についていくんで、ごゆっくり!」
「ありがとう」
オスカーとロゼッタが部屋を出ていき、ジャスミンと二人部屋に残った。改めて部屋を眺めると、なんだか旅人が屯ってそうな部屋だと印象を受けた。あまり綺麗ではないが、食器類やベッドなどは各部屋に用意されていた。普段は使われていないのだろうと窺い知れる。
「お風呂、お掃除してきますね」
「ありがとう、ジャジー」
ジャスミンが風呂掃除に取り掛かっている間、教会内を少し散策をすることにした。先ほどの大聖堂に戻り、ステンドグラスを惚けて見る。ドラゴン遣いとドラゴンが彫られており、早くドラゴンに会いたい気持ちが増した。
先程の部屋のもっと奥へと進むと、立ち入り禁止の看板が貼られた、地下へと続く階段があった。気になったが、さすがに進むわけにはいかない。踵を返した頃、ジャスミンに名前を呼ばれ、部屋に戻った。




