17.魔王様の看病Ⅱ
ーー可哀想なシャーロット。貴女はもう死ねないわ。一生孤独の身。嗚呼なんて可哀想なのかしら。
そう言ったのは魔女だった。白髪に綺麗なルビーの色の目。若い女のように見えるが、実は何百年も生きている魔女なのだとか。
ーーまたね、シャーロット。
そう言って消えていった魔女。その後、何が起こるかはわかっていた。斧を持ったウェルバートが寄ってくる。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
押さえつけられ、首根っこを掴まれる。そして持っていた斧を振り下ろしーー。
「シャーロット!」
その声で目が覚めた。勢いよくベッドから身体を起こし、身体を抱きしめるようにして震える。試しに首を触ってみると、ちゃんと繋がっていた。
「シャーロット、酷く魘されていた。大丈夫か」
熱があるようだ。くらくらする。酷く酔っぱらったかのようなこの感覚には覚えがある。またあの果実酒のせいだろう。熱は上がり、額に汗が滲む。
「あの、皆さんは…」
船に残っていた人々は無事だろうか。そう思って聞くと、スティーヴンは頷く。
「皆、無事だ。ただ中毒症状が出る患者が多く医者に診てもらっている」
「そうですか…。あの、遊郭の方々も飲まれていたと聞いたのですが」
「嗚呼。その件はオスカーとロゼッタが受け持っている。心配しなくて良い。今は休め」
「はい…」
こほこほと咳をすると、背中を優しく摩ってくれる。優しい手つきに甘えて咽せると、また吐血した。
「手を洗って参ります」
「いい、これを使え」
差し出された白のハンカチーフを受け取る。申し訳なく思いながらも手を拭く。手は綺麗になったが、ハンカチーフは一部赤黒く染まってしまった。
「あの、新しいのを返しますので…」
「気にしなくていい」
「気にします」
押し問答になったが、勝った。頑なにハンカチーフを握りしめていると、スティーヴンが諦めてくれた。何か刺繍でも施して新しいものをお渡ししよう。
「わたくしは休みますので、スティーヴン様も休んでくださいね。わたくしは大丈夫ですので」
以前飲んだ時よりは症状は幾分かマシになっている。耐性がついたのだろうか。熱も高く意識も朦朧としているが、何とか話はできる。
「君の大丈夫は大丈夫じゃない」
スティーヴンに髪を梳かれた。優しい手つきが嬉しくて安心する。
「暫く側にいさせてくれ。心配なんだ」
「魔力の暴発はないですよ。以前より、意識ははっきりしています」
「そんな心配はしていない!」
スティーヴンは怒ったように言い、シャーロットを抱き寄せた。
「無茶ばかりするロティーを心配しているんだ」
熱った身体がさらに熱くなる。頬の赤らみがバレないように、スティーヴンの肩に顔をうずめる。
「本当に心配した。今も心配している。どうにかなりそうだ」
「…大丈夫ですよ。わたくしには、スティーヴン様がおりますから」
花火を打つ瞬間、恐怖心はなかったが不安はあった。上手くいくだろうか。合図を見つけてくれるだろうか。だが、スティーヴンはやはり駆けつけてくれた。いち早く庇うようにして立った背中を、また好きになる。
「ありがとうございます。助けてくださって」
髪を梳く手は止まらない。優しい手つきが心地良い。
「立ち向かってくれてありがとう、シャーロット。君は勇敢だ」
讃えてくれるスティーヴンに頷く。そう、わたくしはシャーロット・フローリー。魔王様の隣に立つ存在。
「貴方様の側に…立ちたいんです…」
か弱い侯爵令嬢ではいけない。強く曲げない信念を持って行動したい。スティーヴンの役に立ちたい。
「君は充分すぎる成果を上げているよ」
「ありがとうございます」
光栄な言葉に微笑む。今は熱で苦しいが、微笑む余裕は残っているらしい。顔を上げてスティーヴンを見ると、彼もこちらを見た。
「シャーロット、褒美は何が良い」
「褒美ですか?」
「今回もよく頑張ってくれた。何が贈らせてくれ」
「そんな…!わたくしは出来ることをやったのみですので…」
「謙遜しなくて良い。よくやった」
頭を撫でられた。真っ直ぐに褒められて何だか擽ったい気持ちになる。
「では、次の国で刺繍糸を買いに行きたいのですが…」
「そんなものでいいのか?」
「はい」
スティーヴンに贈るため、とはまだ言わないでおこう。デザインも考えないといけないと考えている時、ドアがノックされた。
「シャーロット様!」
ジャスミンが駆け寄ってきて、加減はどうか聞いてくる。大丈夫だと伝えると、ほっと一息をついた。
「ご飯は食べられそうですか?」
「今はいいわ。また明日の朝、お粥だったら食べられるかしら」
「わかりました。用意いたします」
「ありがとう」
話すぎて少し喉が痛くなってきた。またあの果実酒の中毒性に蝕まれる時間がやってきたようだ。
「一人になりたいわ。スティーヴン様、ジャジー、もうお休みになって」
「はい…」
ジャスミンは心配そうに眉を寄せながら返事をし、スティーヴンを見る。
「私は休ませていただきますが、スティーヴン様、シャーロット様をお任せしても…?」
「勿論だ」
そう言って、スティーヴンはまたベッド横の椅子に座る。
「スティーヴン様もお休みになられてください。お疲れでしょう?」
「君ほどは疲れていない。それにまだ中毒症状が出ていないな。苦しいのはこれからだぞシャーロット。側に居させてくれ」
しょんぼりとした顔で言われると、断りきれない。ベッドに横になって、スティーヴンを見る。
(睫毛長いわね…。)
そんなことを呑気に考えていると、スティーヴンの手が目を覆った。
「おやすみ、シャーロット」
また睡眠の魔法をかけられるのだとわかり、目を瞑った。




