15.取引
「ーー取引を始めようか」
その言葉に眉を顰める。手足を縛られている今、それは取引などではなく脅しだ。
「アイナ嬢、まずこれを飲んでくれないか。虜になるぞ」
先ほどの果実酒をちらつかせ、ニヤリ笑う。周囲にいた人々がそれを欲しがるように手を伸ばす。
「駄目だよ。これはアイナ嬢のだ」
ホクは楽しそうに言い、シャーロットにグラスを差し出す。顔を背けて拒否すると、鎌を鷲掴みにされた。
「飲むんだ。君が飲まないならそうだな。そこの君にあげようか」
ホクが指差した先には、綺麗な金髪の女の子がいた。彼女は怯えた表情を見せ、次第に目に涙を浮かべる。
「…わかったわ。飲めばいいんでしょう」
苦い顔をしながら、言われた通り果実酒を飲む。二度目のそれは、やはり美味しくない。ねっとりと喉にまとわりつく濃い味に顔を顰める。
「で?取引って何のことかしら」
吐き出してしまいたいのをグッと堪えて言うと、ホクは楽しそうに微笑む。
「この果実酒を王族御用達にして欲しいんだ。そしてこの国に広めてくれ」
「できるわけないでしょう」
顔を顰め、吐き捨てるように言うと、ホクは面白くなさそうに眉を上げる。
「じゃあ君も、ここの皆も闇市場へ直行だな」
「どういうこと?」
「これの虜になったものは遊郭に入れるか他国の貴族に売るんだよ」
とんでもない事実を知らされ、愕然とする。あの時酒を飲んでいた遊女達も、これに犯されていたのか。
「どうした、怖い顔をして」
睨み上げるが、ホクはなんでもないような顔をする。これまで他国に売られた女子供は何人いたのだろうか。考えるだけで腑が煮え繰り返る。
「威勢がいいのも今のうちだな。何、次期に君も頷くさ。あれ欲しさにね」
果実酒のことだろう。確かに、飲んで暫くしたら猛烈に欲しくなるだろう。それを耐え切れるか、自信がない。冷や汗が背中を流れ落ちる。どうこの場を切り抜ければいいか。
「ホク様、波が落ち着いてきましたよ」
「じゃあ出ようか」
そう言って、ホクは部屋から出ていった。静かになった部屋の中で、皆が息を潜めるようにして縮こまっていた。
「怪我をしている人はいない?」
話しかけてみると、皆それぞれ頷く。商品と言っていただけあり、丁重に扱われているようだ。
「あの…!お姉ちゃんが…!」
影に隠れて見えなかった。小さな子供が震える手を上げた。身体を捩って側によると麻薬に蝕まれている女の子がいた。発熱しているのか顔は赤く、汗をかいている。
「私を庇ってあれを飲んだの。そしたら、お姉ちゃん動かなくなっちゃった…!」
泣き出す女の子を宥め、どうにかして縄を解こうと試みる。思案していると、ふと思い至った。
「エレフィー!」
呼んでみると、自分の影から妖精のエレフィーが飛び出してきた。
「ちょっと…!何よ急に!しかも何!?なんであなたの影とあたし繋がってるのよ!」
不満そうにそう言ったが、こちらを見るなり驚いたような顔をした。
「どうしたのシャーロット!」
「エレフィーお願い。炎で縄を切って」
「え!?そんなことしたら火傷しちゃうわ!」
「いいの。お願い」
エレフィーは困ったように羽を羽ばたかせながら、頷いた。エレフィーが腕の縄に触れ、足の縄にも触れると、立ち待ちにそれは燃え上がる。熱くて痛いが、耐えられないほどではない。暫くすると、ぱちぱちと音を立てて縄は燃え、解けた。
「エレフィーお願い。魔王様にわたくしの居場所を教えて。助けが必要なの」
「わかったわ!」
「ありがとう」
「お礼はまたクッキーね」
「ええ。わかったわ」
エレフィーは影の中へと消えていった。影を繋げたのはスティーヴンだろう。無事戻れたのなら、感謝の意を伝えなければ。
「お姉さん、誰とお話ししているの?」
不思議そうに聞かれ、自分しか見えていないのだと知った。
「いいえ、なんでもないわ。ちょっとお姉さんを診せて頂戴」
「うん」
彼女の額に触れると酷く熱かった。
「大丈夫よ、すぐ良くなるわ」
ワンピースのポケットに入れていた携帯用の杖を取り出す。魔導書は大きくて持って来ることができなかった。普段から忍ばせている短剣とこの杖を使って、この場を凌ごう。
杖を振って、呪文を唱える。回復魔術の呪文を唱え終わると、少女は光の繭に包まれる。暫くして光が消えると、そこには寝息を立てる女の子がいた。
「お姉ちゃん…!」
「大丈夫よ。疲れて眠っているだけだわ」
「すごい…!お姉さん、魔女さんなの!?」
「いいえ、わたくしはシャーロットよ。お嬢さん」
頭を撫でると、安心したのかほっと息を吐いた。
「他に怪我をしている人はいないかしら」
皆の縄を解きながら様子を見ると、怪我人はいなさそうだった。安堵しつつ、全員の縄を解いたその時だったーー船が動き出した。
闇市場へ向かうと言っていた。人身売買が目的か。辺境伯のハクと名乗った人物は、貴族で間違いない。領地で麻薬でも育てているのだろうか。いや、今はそんなことどうだっていい。兎に角、スティーヴン達の助けを待つしか他なさそうだ。
波に揺られながら、これからのことを考えていた。




