10.魔王様の看病
離脱症状はかなり苦しかった。夜になると熱は上がり、苦しさに枕に爪を立てる。果実酒が無性に欲しくなり、出掛けてしまおうかと考えてしまうくらいには、蝕まれていた。
「シャーロット」
様子を見にきたスティーヴンに平気な顔をして笑う。
「大丈夫ですよ。少し熱が上がってきましたが、それ以外は特に問題ありません」
「嘘をつかなくていい」
スティーヴンはベッドの横の椅子に腰掛け、シャーロットの手を握った。
「スティーヴン様はずっと側についてくださっていたのでしょう?もうお休みになってくださいな」
「いいや、君を一人にはさせない」
「どこにも行きませんよ」
「いいや、君は絶対に行く。囮になろうと言っていたではないか」
図星を突かれて気まずくなった。自分が囮になって情報を得た方が早いに決まっている。そう思うのだが、皆は頷かない。当たり前だ。
「私が囮になれば、情報が手に入ります」
「駄目だ。今オスカーにあの店を調べてもらっている。心配しなくとも、この件はカイ王子と共に捜査し、解決する。安心しろ」
スティーヴンがそう言うのなら、頷くしかない。
「スティーヴン様、もうお休みになってください。わたくしも休みます」
「嫌だ」
スティーヴンはそう言い、強く手を握る。
「君は今我慢しているだろう。苦しいのに、どうして笑える」
「これくらい、どうってことありませんのよ」
冷や汗が流れるが、笑ってみせる。少しでも安心してもらえるように。
「俺の前では無理をしないでくれ」
「していませんよ」
「嘘だ」
スティーヴンの握る手に力が入る。なんだか幼く感じるその表情に見惚れていると、スティーヴンと目が合う。
「苦しい時は苦しいと言ってくれ。君は隠すのが上手いから、気づけないじゃないか」
苦い顔をしながらそう言う。なんて優しい人なのだろうと思いながら、笑う。
「スティーヴン様はお優しいですね」
「そんな言葉を聞きたいわけではない」
困ったように息を吐き、スティーヴンが手を握る。
「シャーロット。苦しい時は、笑わなくていい」
笑みが次第に引き攣ったものへと変わっていくのが自分でもわかる。息も上がり、正直身体を起こしているだけで精一杯だ。
「わたくしは休みますので、どうぞスティーヴン様も休んでください」
せめてもと、にこりと笑えばスティーヴンは困ったような顔をする。どうすれば安心してくれるのかと思案していると、額に手が触れた。
「熱が高い。冷やした方がいいな。タオルを取ってこよう」
「大丈夫です…!ジャスミンに頼みますから」
「いいや、君の熱が下がるまでは、俺が看病する」
「え」
「嫌なのか?」
しょんぼりとしたスティーヴンを前に、頷けるはずもなく、慌てて首を横に振る。
「スティーヴン様のお手を煩わせるわけにはいきませんので…!」
「ロティー」
「はい」
「俺は君の何だ?」
「こ…婚約者です」
「だったら面倒を見てもいいな?」
「ですが…!」
スティーヴンに弱いところを見られるのは嫌だ。みっともないところを見せてばかりで、恥ずかしい。嫉妬心から勝負を仕掛けたり、妬み嫉みをぶつけてしまったり、挙げ句の果てには麻薬を飲んで暴れ狂うなんて。
咳き込めば、スティーヴンの手が背中をさすってくれた。その優しい手つきに甘えて、つっかえが取れるまで咳き込む。手には、赤黒い血が付着していた。
「手を洗ってきます」
「いい、ここにいろ」
スティーヴンはそう言い、部屋を出て行った。暫くして戻ってきたスティーヴンの手には、水が入っているたらいがあった。
持ってこられたそれに手をつけ、洗う。綺麗になった手を、スティーヴンが丁寧にタオルで拭く。
「少し待っていろ」
「あの、ジャスミンに…」
「ジャスミン嬢には許可を得てある。心配するな」
(えぇ…。本当に看病する気だわ…。)
スティーヴンは慌ただしく部屋を後にし、またすぐに戻ってきた。新しい水の入ったたらいにタオルが浸されている。
「横になれ」
「…はい」
諦めて、スティーヴンの言う通り従う。横になると、少し身体が楽になった。
「熱が高いな」
タオルを絞り、額に乗せてくれる。ひんやりとしたそれは心地よい。ほっと一息ついて、ぼんやりとしていると、スティーヴンの手が髪に触れた。
「すまない、魔法が使えないと何の役にも立たないな、俺は」
「そんなことありませんよ。タオル、ありがとうございます。少し楽になりました」
回復魔術も回復魔法もやはり効かなかったのだと、スティーヴンの様子から窺い知れた。ということは、贄にされた代償として不死身になり、風邪などは自力で治すしかない身体だともう知っているのだろうか。昔、実父に麻薬を血液に混入させられたことがあった。その時も、苦しむだけ苦しみ、死にはしなかった。だが、魔術も効かなかった。
「シャーロット?」
ハッと我に返り、スティーヴンに微笑む。
「わたくしは大丈夫ですから、スティーヴン様もお休みになって」
「君が寝たら、俺も休もう」
引く気のないスティーヴンに苦笑いをし、大人しく目を瞑る。ガンガンと激しく殴られるような頭痛に唇を噛み締めた。スティーヴンがいる間は、平気なふりをしたい。また醜いところを見せるわけにはいかない。
「シャーロット」
嗜めるような声に、目を開ける。
「強がらなくていい。俺の前では、ありのままの君でいてくれ」
「…スティーヴン様…」
いいのだろうか。
甘えてしまって。
思案しているうちに、また咳が込み上がってくる。吐血してしまわないように、慎重に咳き込み、はーっと長く息を吐く。呼吸が乱れ、意識が混濁してきた。こんな姿を好きな人に見せたくない。
「…見ないでください…。こんな、わたくし…とても、醜いですわ…」
うつ伏せになり、枕を強く握りしめる。苦しさに踠き苦しみたいが、そんなはしたないところはもう見せたくない。
「シャーロット、大丈夫だ。君に醜いところなど一つもない」
そんなことはない。わたくしは醜い。左の太腿には贄の印が刻まれている。大きな傷跡は消えたが、それでわたくしの醜さが消えたわけではない。
「ロティー、無理をしないでくれ。笑わなくていい。苦しいなら苦しいと言っていい」
スティーヴンに優しく頬を撫でられ、何故か涙腺が緩み始めた。この苦しさから解放されたい。あの日何故、意地を張ってしまったのだろう。
「…ごめん、なさい…」
「何故謝る?」
「視察だとわかっているのに、怒ってしまって…」
「いいや、悪いのは俺だ。君の了承を得ずに行ったこと、許してほしい」
しょんぼりとしたら顔をされて、許せないわけがない。頷くと、優しい手が頭に触れた。
「シャーロット。今は何が辛い?何故そんなに泣きそうな顔をする」
「……苦しい…です…」
弱音を吐き出せば、スティーヴンの顔が曇る。優しい手つきで頭を撫で、心配そうに息を吐く。
「全て俺に移ればいいのに」
「駄目ですよ。こんな思い、誰にもして欲しくありません」
微笑むと、スティーヴンは苦しそうな顔をする。こんなに心配させてしまうのは、初めてだ。喉が掠れてきた。水を飲もうかと起き上がれば、スティーヴンがそれを制する。
「…あの、お水を…」
「汲んでこよう」
スティーヴンが席を立ち、部屋から出ていった。ぽすんとベッドに身体を預け、頭痛と戦う。全く良くなる気配がない。痛みで眠ることもできなさそうだ。
「今のうちに出かけてしまおうかしら…」
「駄目だぞ」
スティーヴンが戻ってきていた。子供を叱りつけるように言い、椅子に腰掛ける。
喉が渇いた。水をもらおうと手を出すと、スティーヴンは自分の口にそれを運ぶ。
「何故スティーヴン様がーー」
飲むのですが?と聞く前に、唇が塞がれた。流れ込んでくる冷たい水が、喉に流れていく。こくこくと飲むと、スティーヴンは満足そうに微笑み、またコップに口をつける。
「わたくし自分で飲めまーー」
真っ赤になって抗議しようとしたが、また口を塞がれてしまう。流れ込んでくる水を飲む。果実酒よりも甘美な味がする。くらくらと目眩がしてスティーヴンに倒れ掛かかると、軽々と支えられた。
「ずっとこうして飲ませていた。何を今更恥ずかしがることがある」
「ずっと…!?」
記憶にない。酷い喉の渇きを潤すことしか考えていなかった。
「すっ、すみません…!こんな、お手を煩わせるようなことを…!」
「もういいのか?」
「もう結構です…!」
熱がさらに上がる。真っ赤になったシャーロットを、スティーヴンはまた更に心配そうな顔をして見る。
「俺にできることは何でも言ってくれ」
弱った様子は初めて見る。なんだか新鮮味を感じながらも、首を横にふる。
「あとは眠るだけです。大丈夫ですよ」
記憶にはないが、医者に診てもらったらしい。もらった解毒剤はもう飲んだし、やれることももうない。ベッドに身体を預け、目を瞑る。猛烈に痛い頭痛に顔を顰めつつ、眠ろうとしていると、優しい声が降ってきた。
「おやすみ、ロティー。時期に良くなる」
「はい。スティーヴン様も早くお休みになられてくださいね」
眠れないだろうなと思いつつ言えば、手で目を覆われた。
(回復魔法は効かないのだけれど…)
そんなこと、スティーヴンもすでにわかっているはずだ。何をするのかと思っていると、次第に眠気に襲われていく。
(そういえば、お養父様も眠らされてたわね…)
懐かしい思い出を思い返しながら、意識を手放した。




