3.妖精
馬車に揺られること半日、隣国水の都クーンメイン王国へ入った。湖の上に建てられた都は賑わい、夜だというのに、多くの人々が忙しなく働いている。馬車で移動しながらも窓の外から様子を伺う。魚の丸焼きや刺身、見たこともないような魚介類も沢山屋台に並んでいた。
また、景色も絶景だ。海に連なる湖のは透き通っており、流れる川も美しい。海岸側に沿って建てられた家々の屋根はカラフルで、青、黄色、赤、オレンジと見ていて飽きない。
「ここが、クーンメイン王国」
見惚れつつ呟く。初めて足を踏み入れた国の言語を、シャーロットは知っている。書籍で読んだだけだった水の都が、今目の前にある。そのことに感動していると、馬車が止まった。
「今晩はここに泊まる」
それはとても立派なお屋敷だった。別邸と言っていたものの、それにしては大きすぎやしないか。馬車から降りると、多くの使用人達に出迎えられた。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」
(奥様!?)
危うく大声を出すところだった。スティーヴンとは婚約をしたが、まだ婚約式は行なっていない。奥様など呼ばれて良いものなのだろうか。
「今宵はクーンメイン王国の料理を。ルフンデルク、シャーロットを案内しろ」
「畏まりました、旦那様」
呼ばれたのは、まだ歳の若そうな執事だった。その執事に挨拶をし、後をついて歩く。通された部屋は広い一室だった。紫を基調とした家具で揃えられている贅沢な一部屋。天冠付きのベッドは見ただけで柔らかいとわかるくらい、ふっくらとしている。
「お寛ぎになられたら、広間へおいでください」
「わかったわ」
「では、失礼致します」
扉が閉まると同時に、ベッドへダイブする。やはり思っていた様に柔らかい。ふかふかのお布団に身を預けていると、眠たくなってきた。眠気に負けないよう体を起こし、伸びをする。これから広間へ行かなければならない。
「あら。広間ってどこかしら」
見取り図でもあればいいのだが、そんな都合の良いものはありはしない。シャーロットは部屋を出て、取り敢えず散策することにした。
また。廊下も豪華なもので、真っ赤な絨毯がしかれている。踏むのが勿体無いくらいふかふかで綺麗な絨毯を見ながら、先を進んでいく。
「シャーロット、どこへ行くんだ?」
「スティーヴン様!」
散策はすぐ終わりを迎えたらしい。スティーヴンの元へ駆け寄ると、手を差し出された。
「夕食の準備が整った。広間へ行こうか、迷子の子猫さん」
「子猫ではありません!」
迷子なのは否定せず、スティーヴンの手を取る。広間で食事をするらしい。クーンメイン王国の料理を楽しみにしていた。それが顔に出ていたのか、スティーヴンに笑われる。
「今夜はパエリアと海鮮焼き、ロブスターもあるぞ」
「どれも美味しそうです」
心躍らせながら広間の扉は手をかけると、スティーヴンがそれを押した。
部屋の中へ入ると、はたまた広い部屋に唖然とする。己の屋敷の半分のスペースはあるのではないかと思う程の広さだ。用意されたロングテーブルには、たくさんの料理が並んでいる。そして、ジャスミン、オスカー、ロゼッタが先に部屋にいた。三人は振り返ると、律儀に礼をした。
「お先に失礼しておりました」
「オスカーよせ。もうここは俺の家だ」
そう言うと、スティーヴンはぱちんと指を鳴らし、いつもの魔王の姿へ戻る。妖艶な笑みを浮かべ、シャーロットのローブのフードを外す。
「もうここは安全だ。普段通り過ごすといい」
ローブを脱ぐと、ジャスミンがそれを受け取る。クローゼットにそれを仕舞うと、スティーヴンが酒の入ったグラスを持った。
「皆、準備はいいか」
何のことかと首を傾げる。オスカーとロゼッタもグラスを手に取った。それに倣い、グラスを手に取る。
「ジャスミン殿」
オスカーがグラスをジャスミンに渡す。ジャスミンはおっかなびっくりそれを受け取り、首を傾げる。
「これから長旅になる。今は気にせず寛ぐといい」
スティーヴンの言葉にジャスミンは頷く。
「では、乾杯」
「乾杯!」
スティーヴンの乾杯に合わせて、皆がグラスを傾ける。その様子を見ていたシャーロットとジャスミンが顔を見合わせる。
主人と従者が同じ卓で食事をするなど、許されるのだろうか。そう思い戸惑っていると、ロゼッタが口を開く。
「スティーヴン様は上下関係を嫌ってらっしゃるのです。私共も、よく共に食をします」
「そうなのですね!」
ジャスミンと食事をするなど、久方ぶりだ。喜んでジャスミンの元へ行き、グラスをくっつける。
「乾杯!ほら、飲みましょ」
「は、はい」
恐る恐るといったようで、ジャスミンがグラスに口をつける。それに続いてグラスを傾けると、甘酸っぱい果実酒が口の中に広がった。
「美味しいです!これは…ラズベリーの果実酒ですね」
「クーンメイン王国は果実酒も有名なんだ。まぁ、シャーロットなら知っているだろうが」
スティーヴンの言った通り、知っている。だが、こんなに美味しいだなんて。自作の果実酒と比べたら、なんと美味しいことか。まろやかな口当たりで、果汁が濃厚だ。アルコールをあまり感じさせない爽やかさも兼ね備えており、クセのない味が美味しい。
(弟子入りしたいわ…!)
そんなことを思いつつ、グラスを傾けた。
「食事も好きなだけ食べるといい」
スティーヴンはそう言って、席についた。倣って皆も席につき、食べ物に手を出す。
「うめェ〜!パエリア美味すぎる!」
オスカーの声に釣られ、パエリアを頬張ってみると、ん〜!と声が出る。魚介の旨みがこれほどまでに活かされた料理を、シャーロットは知らなかった。美味しさに頬を緩ませ、ジャスミンにも勧める。ジャスミンも同じ様に声を上げ、微笑んだ。
皆で囲む食卓は暖かくて、なんだか懐かしい気持ちになった。
風呂に入り、自室に戻ろうとした時、スティーヴンに呼ばれた。ジャスミンは下がり、スティーヴンに着いて歩くと、書籍へ案内された。
「ここには珍しい本がある。まだ寝るまでに時間があるから、好きなだけ読むといい」
そう言って、スティーヴンは一冊の本を取り出し、一人用の椅子に腰掛けた。壁一面に並んだ本を眺めて、心を躍らせる。いつだってシャーロットは本が好きだった。
「クーンメイン王国の言語で書かれているものが多いですね」
「少し難しい本が多いが、シャーロットなら読めるだろう?」
「えぇ、外国語も力を入れてましたのよ」
学園で学べる言語はすべて習得した。スティーヴンには敵わないが、ある程度の外交はこなせる程の言語力は身についている。
「知っている。常に一位の成績を保っていたこともな」
スティーヴンが頁を捲りながら話す。
「スティーヴン様も、好成績を収めていらっしゃいましたね」
「シャーロットには敵わないよ」
「とんでもございません。ですが、お褒めいただき感謝します」
スティーヴンから褒められるのは、心地がいい。機嫌良く、並んでいる本を眺め見る。興味のある果実酒についての書籍はなさそうだ。代わりに、魔術に関しての書籍を三冊ほど手に取り、椅子に腰掛けた。
「君は魔術が好きだな」
「えぇ」
実を言うと、魔女の呪いを解く方法を探しているだけなのだが、それは黙っておこう。無駄な心配をかけてしまうだけだ。
「魔法にも興味があるのですが、書籍も少なく、知識も浅いですから、魔術を極めるのが宜しいかと思いまして」
魔法は、魔物や妖精などと交渉を行い成しえる強力な力だ。魔物を統べる魔王、そしてその側近が使えるのは納得だが、果たしてシャーロットやジャスミンが扱えるものなのか。
「魔法を扱うのは少し手こずるとは思うが、何も怖がることはない。魔物や妖精達と仲良くなれば、きっとシャーロットにも使える」
「そうなのですか?」
「魔術は杖や魔導書を媒介に扱うものだが、魔法は魔物や妖精と取引を行って扱うものだ。魔物に好かれやすい君は、妖精にもきっと好かれるだろう」
「妖精は目にしたことがないので、早くお会いしてみたいです」
「見えていないだけで、ここにもいるぞ」
「え!?」
スティーヴンの言葉に驚き、キョロキョロと辺りを見渡す。この部屋にはスティーヴンとシャーロットしかいない様にしか思えない。
「エレフィー」
スティーヴンが人差し指を出すと、指先から蝋燭の炎のような光が灯った。
「すごい!一体どうやって…」
「ここにエレフィーという妖精がいる。君にも見せてあげよう」
そう言うと、ぱちんと指を鳴らす。するとそこには、手のひらサイズの小さなフェアリーが飛んでいた。
「まぁ…!」
図鑑でしか見たことのない妖精を、始めて目にし、感嘆の声を漏らす。エレフィーは羽をぱたぱたと動かし、こちらを見た。
「あら?あたしが見えているの?」
「えぇ…!初めまして、わたくし、フローリー家の娘、シャーロットと申します」
淑女の礼をし、改めてエレフィーを見る。赤色がかったワンピースのような形をした体に、細長い手足が生えている。顔立ちは整っていて、鼻筋が高い。頬は桜色に染まり、何とも可愛らしい容姿をしていた。
「エレフィー、シャーロットに魔法を使わせてやれ」
「え〜、あたし、気に入った子しか使わせてあげないのに〜」
「お願いだ、エレフィー」
「わかったわよ、魔王様のお願いならね。特別よ?シャーロット」
「ありがとう。でもどうやって…?」
「心の中で呼びかけるんだ。試しにこの部屋の電気を消してごらん」
「は、はい…」
初めて魔術を習った時かの様に、恐る恐る試してみる。
(部屋の明かりを消して)
そう心で呟いた途端、ふと部屋の明かりが消えた。驚いてスティーヴンを見るが、暗くて彼の顔は見えない。
(部屋の明かりをつけて)
そう唱えると、ぱっと部屋が明るくなった。
「すごい!すごいわエレフィー!貴方は天才ね!」
「えっ、そ、そうかしら」
「えぇ、そうよ!すごいわ!わたくしも魔法が使えちゃったわ!ありがとうエレフィー!」
嬉しくてはしゃいでいると、エレフィーがくるりと頭の上を回った。そして耳元にきて囁く。
「貴女のことちょこっと気に入ったわ。あたしはエレフィー、炎のフェアリーよ。またね、シャーロット」
「あぁ待って!お礼にこのクッキーをあげるわ」
食事の後のティータイムで出されたクッキーを、袋に忍ばせていた。それを一枚渡すと、エレフィーは機嫌良く羽を羽ばたかせた。
「ありがとう。じゃあ、またね」
そう言って、窓から外へ飛び立っていった。いつでもすぐ側にいるわけではないらしい。
「フェアリーは自由気ままな奴が多いんだ。ふらっと現れてふらっとどこかへ消えていく」
「そうなのですね」
興奮冷めやらぬ様子のシャーロットに、スティーヴンが笑う。
「どうだ、魔法は」
「とても貴重な体験をさせてもらいました!」
魔王様の魔法の手の様に、私もいつか魔法を操ってみたい。バンターキッシュ王国では、魔法の訓練もつけてもらおう。
「でも何故、わたくしには見えなかったのですか?」
「フェアリーは姿を隠さないと狩られてしまうからな。俺が幻術の魔法をかけいる。この世界でフェアリーを目にできる人間はごく僅かだな」
強力な魔法を使っているのだとわかり、驚く。それも、世界に存在するフェアリー全員にかけているとなると、とんでもない仕事量だ。
「スティーヴン様は凄いですね」
「何を言う。シャーロットの方が凄いぞ」
「スティーヴン様こそ、何を仰いますか」
笑って言うと、スティーヴンは指を顎に当ててくすりと笑う。
「侯爵令嬢にも関わらず、退魔師協会に潜入したことをもう忘れたか」
「それは…!」
「そしてたった数日で成果を上げてみせた」
手放しに褒められているとわかり、どぎまぎしてしまう。スティーヴンからの褒め言葉は、嘘偽りなく真っ直ぐなものだから少し照れてしまう。
「君は凄い。自信を持て、シャーロット」
「はい」
気恥ずかしく思いつつも礼を述べ、手元の本へと集中した。




