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1.旅立ち

迎えにやって来たスティーヴンの馬車はとても豪華だった。黒鹿毛の馬四頭に引かれるキャリッジも漆黒で、アカンサス模様が彫られている。中から出てきたスティーヴンと目が合った。艶やかな暗い色の髪の隙間から角が二つ生えている。魔王の姿で、スティーヴンは迎えにきたらしい。

「ジャジー、行きましょうか」

ボストンバックをオスカーに手渡しているジャスミンに声をかけると、頷いた。

「お義父様、お義母様、お世話になりました」

義母に貰った刺繍の繕われたワンピースの裾をつまみ、淑女の礼をする。これから、バンターキッシュ王国で過ごすため、両親に会うことも、暫くはなさそうだ。そのことを少し寂しく思う。

「行ってらっしゃい。いつでも帰ってきていいんだからな」

「行ってらっしゃい、ロティー」

二人の目には涙が浮かんでいた。自分まで涙ぐみそうになりながらも、笑って見せる。

「お二人ともお元気で」

「嗚呼。スティーヴン王子、どうか娘を頼みます」

「ええ。必ず幸せにします」

スティーヴンが深くお辞儀をした。一つも無駄のない丁寧な動作に見惚れる。魔王の気迫を感じつつも、同じ様に頭を下げる。

「行って参ります」

「引き止めてしまわない内に行ってくれ」

義父の声に少し笑いながら、頭を上げる。どうか健康で、幸せに、穏やかな暮らしをしてほしい。暫くは忙しいだろうが、体を崩さない様に。そう伝えてから、スティーヴンのエスコートによって馬車へと乗り込む。ジャスミンはオスカーとロゼッタがいる、馬を操作する専用座席に座っていた。御者の訓練もつけてもらうと言っていたのを思い出す。何でも熟してしまおうとするジャスミンには、気が気じゃない。無理はしないで欲しいが、言ってもジャスミンは耳を貸さないだろう。

「ジャスミン殿が気掛かりか?」

「…えぇ」

スティーヴンと話をするのは、久しぶりだ。何だか少し緊張してしまう。

「彼女は楽しみだと言っていた。技術を多く学んで、貴女の役に立ちたいと」

嬉しい言葉に頬が緩む。

「無理はしないで欲しいのだけれど…」

「それはオスカーもロゼッタも見ている。大丈夫だ」

確かに、二人は訓練も厳しそうだが、身体を休めることに関しても厳しそうだ。少し安心して、背もたれに背を預ける。フローリー家の馬車と違い、ソファーの様になっているため、お尻も腰も痛くならない。とても良い優遇に恐れ多いと思いつつも、甘えて馬車の乗り心地を堪能することにした。

「シャーロット、昨晩は眠れなかったのか?」

「はい。少し…悪夢を見まして」

昨晩は、雷鳴が轟く嵐の様な夜だった。この様な夜は決まって、昔の夢を見る。昔の、辛く苦しい思い出の夢を。

「隈ができている。少し眠るといい」

「大丈夫ですよ。それに、これから進む道はこの目に焼き付けておきたいのです。行ったことのない国へも行きます。楽しみで仕方がありません」

そう言うと、スティーヴンが少し笑う。

「シャーロットはそう言うと思った」

見透かされている様で気恥ずかく思いつつも、一つ頷いた。

「今夜はクーンメイン王国にある別邸に泊まる予定だ。クーンメイン王国は初めてか?」

「はい。訪れたことはありません」

クーンメイン王国は、水の都と呼ばれている。海に連なる湖の上に建てられた水の都だ。水産業が盛んで、街の民の多くが漁業を営んでいるらしい。貿易も盛んで、オルシャキア王国にも、クーンメイン王国の魚介類が食卓に並ぶことが多かった。そんな栄えた水の都に行けるだなんて。

「パエリアが最高に美味いんだ。楽しみにしてるといい」

「はい!楽しみです」

そう言うと、ぐぅとお腹が鳴った。

「まだ食べられないぞ」

「わかっております!」

くつくつとスティーヴンに笑われ、頬が熱くなる。品のないお腹の虫に文句を言ってやりたい。

「もう少ししたら腹ごしらえだ。シャーロット、君の好きな城下町に寄って昼をとろう」

「はい」

後でジャスミンにローブを貰わないといけないなと思いつつ、楽しみで口元が緩んだ。

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