16.グレイシー
訓練所の裏に転移し、すぐさま駆け出す。グレイシーは昼食後、一人で訓練をしているのはリサーチ済みだ。丁度いい場所に移転した。急いで正面へ回り、三人で訓練所に入る。するとそこにはやはり、グレイシーがいた。
「グレイシー先輩」
「あら。どうしたの、そんなに息を切らして」
剣を鞘に仕舞い、腕で汗を拭った彼女を見て、ズキリと胸が痛む。この自主練は、魔物を殺すためだけにしているものではないと、そう思う。だが、今は感傷に浸っている場合ではない。
「ジャジー」
「はい」
ジャスミンに預けていた魔導書を受け取り、開く。幻術の魔術を解き、人払いの魔術を発動すると、本が浮き文字の羅列が渦を巻いた。
「何をしているの!?」
警戒したグレイシーが剣を抜く。構えられたがお構いなしに、一歩踏み出した。
「グレイシー二級退魔師。魔物の無差別殺傷事件の犯人は、貴女ですね」
「な、何を言っているのよ!」
「何で脅されているのです」
「なっ」
もう一歩踏み出し、鬘を外す。さらりとした純白の髪が現れる。ヴィオレットの瞳で彼女を見据えると、淑女の礼をした。
「改めまして。わたくし、シャーロット・フローリーと申します」
「シャーロット・フローリー!?」
彼女は驚いた様な声をあげて、一歩下がる。剣を構える手は震えていた。
「騙していてごめんなさい。わたくしは、フローリー家の娘、シャーロットです。魔物の無差別殺傷事件について調べていました。そこで、貴女が魔物を撃ち落とすところを目撃いたしました」
愕然とした表情でグレイシーは剣をかまえる。だが、その手はひどく震えていた。
「貴女が脅されているのも知っています。その理由を教えて欲しいの」
「そ…っ、それは…」
戸惑う様な声を出し、狼狽える。口を何度か開いた後、諦めた様に剣を下ろした。
「私はドウェイン一級退魔師と以前…恋仲でした。その時に……動画を、撮られて…」
その言葉だけで充分だった。意味を悟った三人は、顔を曇らせる。
「なんてことを…」
ジャスミンがそう呟いた時、グレイシーが膝から崩れ落ちた。涙を流し、ついには嗚咽まで漏らしている。そっと側に寄り、シャーロットはグレイシーの肩を抱く。
「話してくれてありがとう。もう大丈夫よ。大丈夫」
「俺に任せてください。魔法でちゃちゃっと消して見せますんで」
オスカーの言葉に頷くと、オスカーは外へと飛び出していった。
「彼は一体…」
「魔王様の側近のオスカーよ。彼は優秀だから安心して頂戴。もう貴女を苦しめるものは無くなるわ」
そう言えば、グレイシーは泣き崩れた。
「本当は魔物を殺傷することなんて、望んでいなかったのでしょう?」
グレイシーは頷く。何度も何度も頷いて、両手で顔を覆った。
「私は…共存派、です…」
あの言葉を再度言い、そのまま泣き崩れる。
その肩を抱いて、深い溜息を吐いた。安堵と心の痛みの混じる、深いため息を。
「ドウェイン一級退魔師は罰せられます。ですが、貴女も罰せられる。もう退魔師には戻れないかと思います」
「…ええ。覚悟、していたわ」
グレイシーは涙を拭い、前を見据えた。
「自首します」
そう言い、唇を強く噛む。彼女の肩を軽く叩き、頷く。
午後の鐘が鳴る時、彼女は教会本部へと足を進めた。その様子を後ろから眺め、ふっと息を吐いた。




