5.VS宰相
シャーロットは夜通し、魔物や魔術、そして退魔に関する書籍を読み漁った。
元から詳しい分野ではあったが、退魔に関しては元の情報量が少ないということもあり、興味深い記述を多く見つけた。ただ、退魔に関する資料の大半は退魔師協会が所有しているため、肝心の退魔方法については知ることができなかった。
退魔師の歴史は古く、魔女が存在したといわれる千年以上も前から続いている。その頃は人間と魔物は争い合い、戦争も頻発していたと記述がある。オルシャキア王国は次第に魔物と折り合いをつけ、人間に危害を加えた場合のみ退魔する現在の形へ変化してきたようだ。退魔師協会の歴史も古く、魔王と国王が条約を交わした際に設立されたらしい。
現在の退魔師は、人間に危害を加えた魔物の確保、聖神力を用いた魔物の浄化、そして黒魔術や呪術の取り締まりを行っており、魔術や魔物を専門とした騎士団のような役割を担っている。
「あまり詳しい記述がないわね」
ここまで情報が少ない理由も、わからなくはない。多くの者が聖神力を使いこなし、退魔を行えるようになれば、それこそ暴動が起きかねない。この国はまだまだ、魔物への偏見が強いのだから。
「シャーロット様、お時間です」
いつもよりも固いジャスミンの声に気が引き締まる。今夜は養父としてではなく、宰相としてのフェリクスに話がある。奇跡的に時間を取ってもらえたこのチャンスを逃してはならない。
決意を胸に、フェリクスの執務室へと足を運んだ。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
「駄目に決まっているだろう!」
返答は想像通りだった。想像通り過ぎて少し緊張が解れた。
「退魔師協会へ潜入なんて、そんな危険なことを!」
初めは宰相の顔をしていたフェリクスが、次第に養父の表情へ戻っていくのを見ながらも、自身は釣られないよう意識して会話を続ける。
「わたくしが、他所の侯爵令嬢だったらどのようにご返答しましたか?」
「ぐっ…」
言いよどんだフェリクスに畳みかける。
「魔物に好かれ、情報を収集しやすいうえに、魔王様の婚約者です。万が一、この国の魔物たちが暴動を起こそうとしても、危険を回避できる可能性も高い。そして容疑が掛かっている張本人が無実を晴らすべく、危険を顧みず潜入すると申し出たら、宰相であるフェリクス侯爵は、どのような言葉を掛けますか」
フェリクスは苦虫を噛み潰したかのような表情で嘯く。
「……頼むと一言、申しただろうな」
「でしたら」
「でもロティーは俺の娘だぞ。危険なことは一切させたくない」
苦い顔のまま黙り込むフェリクスに参ってしまいそうだが、ここまで来て引き返すわけにもいかない。
「わたくしは、オルシャキア王国宰相フェリクス侯爵の娘で、バンターキッシュ王国王太子殿下、魔物を統べる魔王様の婚約者です。誇り高きフローリー家の名を汚すことは、わたくし自身が許せないのです。一度で構いません。機会を恵んではいただけませんか」
そんなこと気にしなくていいと、きっとフェリクスは言う。でも、それではいけない。
「このままでは、安心して他国に嫁ぐことができません」
ここまで言って受け入れてもらえなかったら、強行突破でもしようかと考えだした頃、フェリクスが折れた。
「………わかった」
心底嫌そうで、今すぐにでも発言を撤回しそうな雰囲気だ。
「ありがとうございます」
「但し、条件がある」
フェリクスが渋々示した条件は三つ。
一つ、ジャスミンを連れていくこと。二つ、潜伏期間は一週間。それ以上は認めない。三つ、一度でも危険な目に合えば即終了。帰ってきなさい。
承諾したシャーロットに、フェリクスはソファーに腰かけるよう促す。腰かけるなり、書類の束を渡された。
「退魔師協会最高指揮官ルーク・ワグナー氏から調査依頼があった。退魔師協会でも幾つか派閥が存在し、過激派が起こした騒動の可能性が浮上している。明日から新人退魔師として潜伏しなさい。最高指揮官の承諾を得るからといって職務や訓練は免除されない。職務を熟しながら調査をしなさい。わかったね」
「はい」
「今から十五分で資料すべてに目を通して燃やすように」
(……鬼だわ。この量を十五分って。)
資料は退魔師協会に所属する退魔師全員の履歴書、派閥について、協会の見取り図、諸注意に細かい決まりなど、内容は多岐にわたった。小さく呟きながら資料の内容を暗記し、全ての資料に目を通し終わったと同時に、魔術で燃やして塵にした。
「さすが、私の娘だ」
フェリクスは困ったような笑みを浮かべていた。
「必ず、期待以上の成果を持ち帰ります」
退室する前にそう述べると、フェリクスは小言を言いたそうに口元を動かしていたが、何とか堪えたようで、小さく「期待しておこう」とだけ返答した。
「お養父様、ありがとうございます」
閉まった扉に向かって呟いた声は、養父に伝わっただろうか。
―――こうしてシャーロットは、新人退魔師カロリーナとして潜入することとなった。




