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26.素敵な卒業パーティー(前半)

 会場へ到着した。馬車から降りると扉の隙間から眩い光が漏れ出ているのが見えた。

 扉の前に立つ騎士は見慣れない顔の者だったが、そのような変化にわざわざ寂しさなんてもう感じない。

 頬の火照りを夜風が冷ましてくれるようで心地が良く、漸く騒がしかった心臓も落ち着いてきたように思うが、今度はまた違う緊張が押し寄せてきた。

 あのようなことがあったばかりだ。大丈夫だとわかっていても、少しだけ心がざわついてしまう。

「ずっと傍にいる。何も心配しなくていい」

 差し出された大きな手を取ると、スティーヴンの手は冷たく感じなかった。

(嗚呼、わたくしの手が冷たいのね。)

 緊張していることをこうも自覚させられると苦笑いが漏れてしまう。だが、スティーヴンの優しい手に触れていると酷く安堵し、少しずつ心に静寂が戻ってきた。

「今夜は魔王様の姿のままなのですか?」

「嗚呼。ロティーは魔王(おれ)の婚約者だと見せつけるためにな」

「……もう、すぐそういうことを仰るんだから」

 せっかく元に戻った頬の色が、また血色の良い色になってしまったのではないかと、空いた片手で摩る。

 スティーヴンにエスコートされながら、会場に足を踏み入れた。




 それはもう、予想通りの反応だった。会場に入ると一斉に全員の視線を独占する。先日のことを思い出して怯みそうになったのも一瞬のことで、直ぐにシャーロットは侯爵令嬢としての行動を取った。ドレスの裾を軽く摘まんで挨拶の形を取ると、スティーヴンも横で紳士の挨拶をする。

 堂々と美しく。

 真っ直ぐ前を見据えると、貴族たちも釣られるかのように挨拶を返した。

 爪先から頭の天辺まで気を抜いてはならない。皆が望む気高い侯爵令嬢の姿を演じ、見せつける。

 スティーヴンにエスコートされながら、会場の中心へ歩みを進めた。

 シャーロットからは既に恐怖心は消えていた。

 スティーヴンとシャーロットを避けるかのように人の波が動く様子に、笑ってしまいそうになる程度にはシャーロットは落ち着いていた。

「行ってこい」

「はい」

 少し力の籠った手の平からエールを受け取り、その手を離す。

「首席、シャーロット・フローリーから未来への誓いを」

 『鬼の宰相』から言葉が掛かった。国王夫妻とフェリクスがいる壇上へ上がり、最敬礼をする。

 毎年行われる恒例行事の一環である未来への誓いの言葉は、オルシャキア学園の生徒ならば誰もが記憶している。

 異常な静寂に包まれる中、シャーロットは口を開いた。

「わたくしたち卒業生十五名は、これから先、よりよい未来を、そして平和を築き上げていくために、学園での学びを生かすことをここに誓います」

「誓います」

 卒業生一同が声を揃える。練習していないのに大した適応力だ。

 とりあえず誓いの言葉は噛まずに言えた。

「それでは、これより夜会を開催いたします」

 シャーロットの言葉を合図に、会場はオーケストラの生演奏と人々の話声で溢れた。




 内心で安堵しながら壇上を降りようとしてギョッとする。フェリクスが号泣している。国王夫妻の後方で。

 シャーロットの視線の先に気が付いたらしい国王夫妻は、なにやらフェリクスに話したかと思えば、フェリクスは足早にこちらへ向かってきた。

「お養父様!」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたフェリクスに、思わず笑みが零れる。全く、困った養父だ。

「よく頑張ったなあ…偉いぞロティー。私は本当に幸せ者だよ」

「何を仰るのです。わたくしの方が幸せ者です。お養父様、わたくしは貴方の娘であることを、何よりも誇りに思います」

 最敬礼したシャーロットに、フェリクスは更に泣き、愛おしそうにシャーロットの頭を撫でる。

「このドレスは、彼に選んでもらったのかい?」

「はい。少し落ち着きませんが」

 小声で耳打ちすると、フェリクスは漸く笑みを浮かべた。

「お養父様、わたくしと踊ってくださいますか?」

 シャーロットの言葉に、フェリクスが目を丸く見開き、スティーヴンを見る。

(婚約者を差し置いて一番初めに踊るなど、とか思ってそうね。)

「スティーヴン様には許可をいただいております。寧ろ勧められてしまいました」

「……そう、なのか」

 瞬きを数度した後、フェリクスは今までで一番嬉しそうな表情でシャーロットの手を取った。




 こんなにも幸せでいいのだろうか。

 心から満たされる幸福感に、胸やけがしそうだ。涙の所為で目元が熱を帯びているのがわかる。帰宅したら妻に笑われてしまいそうだ。

(大きく、なったなあ。)

 初めてこの子と出会ったあの日、兄ウェルバートの良くない噂を確かめるために彼の屋敷へ向かっていた。あの時の絶望感、そして何の罪もない無垢な子どもを兄が苦しめたという事実に沸いた怒り、罪悪感、そして同情の念。

 初めはそのような感情から、彼女、シャーロットを引き取った。

 罪悪感と同情の念から世話をしていたのが、いつ愛おしさに変わったかは今でも覚えている。

 ウェルバートの屋敷へ調査で足を踏み入れた際、細かな記録が残っていた。

 目を逸らしたくなるような記述ばかりだった。恐ろしい儀式の様子も事細かに記され、実際にその部屋には生々しく、夥しい血の痕が残されていた。

 募り募った罪悪感と、兄が罪人として処刑される運命への悲しみと後悔。負の感情に支配されそうだった私に、小さく痛々しいまで痩せた彼女は言った。

「ごめんね。悲しいよね。ごめんね」

 その謝罪の意味は、直ぐにわかった。わかったと同時に、泣きながらその小さい体を抱き締めていた。

 たった六つだ。たった六つの少女の、このやせ細った小さな身体にどれ程の悲しみが押し込まれているのか。あんなことをされても、この子は人を思いやる心を失くさないのか。

 自分の所為で大事な人を失くさせて申し訳ないなどと、思っているのか。

 自分の心の汚さを、醜さを恥じた。

 優しいこの子に、愛情を教えてあげなければならない。与えるだけではなく、与えられる心地良さを。

 心からの安堵を。

(その時やっと、私は君の親になる覚悟ができたんだ。)


「お養父様」

「ん?」

 今、成長した娘は好きな相手から貰ったドレスを身に纏って、美しい姿で微笑みを浮かべている。これだけでも幸せだというのに。

「大好きです」

(嗚呼、なんて私は幸せ者なのだろう。)

「鬼の目にも涙、ですね」

 悪戯っぽく笑みを浮かべたシャーロットに、声を上げて笑う。

「その通りだな」

 幸せに生きてくれ。誰よりも幸せに。

(でもやっぱり嫁に行かれるのは寂しいな。)

 娘はやらん!と怒鳴る準備でもしておこうか、と無意味なことを考えた。


次でepisode1完結です。

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