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25.魔王様の鼓動

「本当に、本当に変じゃない?」

 何度、この台詞を侍女に言っただろう。口を開けば尋ねている気がする。

 シャーロットは今、夜会の準備をしていた。先日、馬鹿王子の所為でパーになったあの卒業パーティーの仕切り直しが今夜、改めてあの場で開かれる。

 正直言うとあの場所にまた足を運ぶのは気が引けるのだが、毎年の恒例行事だ。文句を言ったり欠席をしたりでもすれば、国王夫妻からの謝罪を拒否したと捉えられかねない。

「ねえ、本当に大丈夫?やっぱり…いつものやつに…」

 シャーロットが今、一番気がかりにしていたことは、苦手なダンスをどう乗り切るかとか、あの場にいた貴族たちや同級生たちにどのような表情をすればいいのだろうとか、そのようなことではなかった。

「スティーヴン様がお選びになったものを着ていかないなんて選択肢はありませんよ」

「で、でも…」

「よくお似合いです」

 シャーロットは、スティーヴンから贈られたドレスを身に纏っていた。

 いつも身にしていた黒いドレスではなく、瞳と同じヴィオレットのベルラインドレスだった。子供っぽく見えてしまいそうであまり着たことがない型だったが、微かにグレーがかったヴィオレットカラーと繊細なビーディングによって、大人っぽく、そして上品さまでも感じられる出で立ちに仕上がった。ふんわりとした透け感のあるチュール素材のスカートが可憐さを演出しており、華奢なシャーロットによく似合っている。

 髪型はジャスミンに任せたところ、器用に髪を編んだり編み込んだりを数度繰り返して完成した。「編み下ろし」と言うらしい。

「髪飾りも贈られていましたよね。えっと……あった」

 ジャスミンが大事そうに、髪飾りの入った箱を運ぶ。

 スティーヴンはドレスだけではなく、髪飾りや装飾品まで用意してくれていた。そこまでしなければシャーロットは着てくれないだろうと思ったのが半分、シャーロットが身に付けるもの全てが自分の選んだものであることで独占欲を満たすため半分なのだが、そんなことをシャーロットは知る由もない。

 箱の中には、出掛けた時に貰った耳飾りと同じ、水晶のようで不思議な輝き方をする真珠の髪飾りが綺麗に仕舞われていた。

「わたくしは、頂いてばかりでいいのかしら…」

 手元に落とした呟きをジャスミンが拾い上げる。

「頂くだけではいけませんよ。実際に着て、お見せしなければ駄目です。気に入らなかったと示してしまうようなものですからね」

 ジャスミンはそう言って髪飾りをシャーロットの髪につけた。

「よくお似合いですよ、シャーロット様」

 ジャスミンはお世辞を言わない。だから、きっと似合っているのだろう。

「温かいミルクティーをご用意しますね。王子様のお迎えまでゆっくり寛いでいてください」

 からかうような口調を含ませながら、ジャスミンは楽し気に笑った。




 時間通りに迎えはやってきた。緊張で微かに指先が震えてしまう。

 普段と大きく異なる装いに落ち着かない。

(スティーヴン様は、似合っていると言ってくださるかしら。)

 ジャスミンの後ろを隠れるようについて歩く。

 スティーヴンは屋敷の前で待っていた。

 以前の純白な正装とは真逆の漆黒の正装で、これがきっと魔王の正装なのだろうと見ただけでわかる。

 金刺繍がとても細やかで、スティーヴンの瞳の色によく似ていた。長く重そうなマントと、闇のように深い、黒く長い髪が夜風に靡くだけで、この夜を支配しているかのような威圧感と高貴さを感じる。

 見慣れていない魔王の姿は、留学生の姿よりも蠱惑的で妖しい美しさがあり、心臓が大きく鳴ってしまう。

(なんでそんなに色気が駄々洩れなの…。)

 月の光を宿した狼のような瞳が向けられ、思わず視線を逸らしてしまう。

「ドレス、とても似合っている。綺麗だ」

 掛けられた声に心底安堵した途端、急激に恥ずかしさが込み上がってくる。

「シャーロット、手を」

 俯いたままそっと手を取り、スティーヴンのエスコートに身を任せた。

 馬車の中で向き合って座る。漸く慣れてきたと思っていたが、魔王の姿のスティーヴンにはやはり緊張してしまう。

(だって!だって、物凄く素敵なんだもの…!)

 心の中で黄色い悲鳴を上げながらスティーヴンをこっそり伺うと、窓の外を眺めていた。これはいい機会だとスティーヴンを盗み見る。

(睫毛長いし髪が綺麗…。お手入れはどうしているのかしら、今度ロゼッタさんに聞いてみよう。本当に端正なお顔立ちよね、端正と言うか、悪魔と契約でもしたの?ってくらいの美しさと格好良さ…。うぅ…直視できない!)

「……ふはっ」

 スティーヴンが肩を震わせて笑い出した。急なことに驚いて肩が跳ねてしまったが、スティーヴンは構わず笑っている。

 今回は口に出していない自信があっただけに首を傾げると、その様子を見たスティーヴンは眉を下げて笑う。

「見すぎだ」

「――っ!!」

 全く盗み見れていなかったことを知り、一気に体温が上昇する。

「みっ、見ておりません!」

 動揺のあまり口にすると、スティーヴンは意地の悪い顔をして笑う。

「何故そんなに見つめる。珍しいからか?それとも怖いからか」

「違いますっ…!」

「シャーロット!」

「きゃっ」

 勢いあまって乗り出してしまい、バランスを崩してしまったシャーロットをスティーヴンが抱き留めた。

 正面に座っていたスティーヴンに抱き着くような形になってしまったシャーロットは、恥ずかしさと混乱で固まるしかない。

「ご、ごめんなさい…」

 その場を退こうと思ったが、スティーヴンはシャーロットを離さない。腰に手を回したまま隣に座らせる。相変わらず抱き締められたままの状態に、耐性のないシャーロットは息をするのもやっとだ。


「なんでそんなに可愛いんだ」


 耳元で聞こえた声に、恥ずかしいくらいに全身が震えた。

 ただ固まっているシャーロットが可笑しいのか、スティーヴンが笑う。耳元に当たる吐息に、ぎゅっと目を瞑って気がついた。

 スティーヴンの温かくて優しい心音が、少しだけ早い。

 そっとスティーヴンの心臓の位置に手を添えると、とくとくと鼓動が感じられた。

「……まだ、可愛いことをするのか」

 参ったような声に顔を上げると、スティーヴンの頬が僅かに赤らんでいた。

 驚きとその新鮮さに目を輝かせたのも束の間、スティーヴンの腕の中で見上げた状態のまま――柔らかいものが唇に触れた。

 その行為が何か理解したシャーロットが瞳を大きく開いたと同時に、再び唇が重なる。

 先程の触れるだけの口づけではなく、唇の柔らかさや甘美さを味わうかのような口づけに、シャーロットの腰は簡単に砕けてしまう。

 両手でスティーヴンの胸板を押すが、びくともしない。ドロドロに甘やかされて溶けてしまいそうな感覚が気持ちよく、それと同じくらいに怖い。

 漸く離れたスティーヴンの唇が艶やかに湿っている。舌舐めずりしたスティーヴンの凄艶さに眩暈がした。

「俺以外の誰かの前で、あんまり可愛いことはしてくれるなよ」

 状況が未だに呑み込めていないシャーロットは黙っていたが、スティーヴンにそっと顔に手を添えられ、慌てて頷いた。


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